15話
「……実はボクも。死のうとしてた時期があったよ」
流哉の告白を聞いた蒼太も、自身の記事について話し始めた。
「蒼太」
「ほら。ボクかわいい顔してるから、昔からよくイジメられてたんだ」
暗い雰囲気にしたくない蒼太がおちゃらけて言うと、「自分でかわいいとか言うのかよ」と流哉がソフトに突っ込んだ。
「児童ポルノサイトに写真が流れたの、本当なんだ。ボクをイジメてた子たちにトイレで撮られたやつとか、色々。そしたら、制服から学校を特定されて、顔は写ってなかったはずなのに知らないおじさんにストーキングされ始めて。それで外を歩くのが怖くなって、不登校になったんだ」
「どうやって克服したの?」
「お父さんが警察に相談してくれたりして、家族が毎日明るく元気づけてくれたんだ。それがとても心強くて、家族のためにもこんなことで負けてられないって思って、積極的にカウンセリングも受けて、また学校に行くようになったんだ」
「蒼太は案外強いんだね」
賢志は尊敬を表したひと言を贈ると、蒼太は気恥ずかしそうにはにかんだ。
「そんなことないよ。一番は、お父さんの『自分自身の力で克服しろ』っていう言葉があったからなんだ。だからイジメにも負けなかった。それからはもっと自分を変えようと決意して、勉強を猛烈に頑張って資格いっぱい取って、イジメた子たちを見返してやろうと思ったんだ。オーディションを受けたのも同じ理由」
「すげぇなソウ。オレだったら絶対ネジ曲がってるわ」
「尊敬する」と蒼太の困難との向き合い方に流哉も感心した。
今の時代、イジメが発覚しても学校側が積極的に原因究明と問題解決に動くようにはなっているが、体裁を優先して事実を隠そうとするニュースもよく耳にする。蒼太の父親は学校を信用していなかった訳ではないだろうが、犯罪に巻き込まれそうになった息子を守るために、警察に通報することを真っ先に考えたのだ。
しかし、蒼太の全てを愛情で包んだのではなく、自身の足で再び立ち上がり困難に立ち向かう勇気を教えた。その思いが伝わり、蒼太はイジメていた同級生たちよりも一枚多く脱皮することができたのだ。
流哉も蒼太も、困難や過ちと向き合い乗り越えたからこそ、あの頃と違う自分に生まれ変わってここにいる。姉が見た同じ景色を見るために。同級生に強くなった自分を見てもらうために。記事が出なければ、明かす必要はなかった過去だ。けれど、もう一度過去と向き合う機会となった。そして、仲間に本当の自分を知ってもらえた。後ろめたくもある過去だが、もう隠す必要はなくなっていた。
一切顔を伏せずに明かしてくれたその姿勢に、煌も感化される。しかし目の前には、プライドの壁が立ち塞がっていた。煌は、その壁を思い切り蹴飛ばした。張りぼての壁は簡単に倒され、壁の向こうにいた本当の煌が現れた。ずっと隠し続けてきた本当の自分を真っ直ぐに見つめ、本来の自分を曝け出した。
「俺の記事もだいたい本当だ。俺は、水商売をやっていた母親と、客で愛人関係だった男との間に生まれた。上京するまで住んでいたのは青森の田舎町で間違いないが、生まれは神奈川だ。神奈川には八歳まで住んでいたが、愛人関係だった男から突然、一方的に縁を切られ送金を絶たれて、二人で母親の故郷に引っ越したんだ。おかげで、田舎で貧乏生活を送ってたよ」
「煌も壮絶な人生を送ってたんだな」
「オーディションを受けたのも、自分のコンプレックスを払拭するためだ。それにずっと貧乏暮らしだったから、思いっ切り稼いで都心のタワマンに住んでみたかったんだ。母親を一人にさせるのは心苦しかったけど、その分、親孝行はするようにしてる」
「動機がめちゃくちゃ意外過ぎる……」
流哉のリアクションに煌は苦笑いする。
「最低な動機だろ? だから本当は、金が稼げればアイドルじゃなくてもよかったんだ。だけど、みんなの必死な努力を目の前で見て、こんな動機の自分はここには相応しくないから一度は辞退しようと思った。でも、やめられなかった。みんなの熱量にやられて、児童劇団にいた頃の自分を思い出して、真剣にやってみようと思い直した。ここで俺も必死になれば、過去が全部リセットできる気がして」
「そうだったんだね。煌くんはコンプレックスなんて一つもないと思ってた」
「そうか? 本当の俺を知って、ガッカリしただろ」
出生の秘密とこれまでの生活と金目当てという芸能界を目指した動機を告白した自分を知り、さぞ幻滅しただろうと煌は三人の顔を見られなかった。ところが。
「してないよ。出生の秘密は結構パンチがあったけど、ボクの煌くんのイメージはほとんど変わらないよ。歌もダンスも演技もできる、クールでかっこいい自慢のメンバーだよ」
蒼太は笑顔でそう言った。取り繕う素振りもなく、いつもと変わらない、みんなを明るく灯す光のような笑顔だ。
「本当に?」
「どんな過去があったとしても、今の煌くんは変わらないでしょ」
「だな。オーディションを受けた動機だって、オレもソウも自分のためだ。だけど、不純な動機だろうがなんだろうが、お前がこれまで頑張ってきた結果は残ってるだろ。どん底から這い上がって人生のリベンジできてんじゃん!」
と、蒼太も流哉も煌の全てを受け止めてくれた。
自分自身が後ろめたく思って隠していた事実は、正直に明かしてみれば反応は想像とは違った。それは、ただ単にグループのメンバーだからではない。喜びも、苦しみも、辛さも、希望も、全てを分かち合って、家族のように濃密な時間を過ごした仲間だからだ。
アイドルグループというのは友達でも家族でもない、例えようのない特別な関係だ。他にはない絆が生まれ、強く結ばれる。
「オレたちオーディションの時からずっと一緒だったのに、案外知らないことあるよな」
「ハルくんのことも全然知らなかったしね。でも、知って後悔はないかな」
「だな。何も知らないよりはいいよ」
お互いの過去を打ち明けた三人は、朗らかな雰囲気だった。
三人の告白を見ていた賢志は自分も言うべきかと考えるが、口に出せないでいた。記事の内容が本当か嘘かも。自分だけ何も言わないのは不公平ではないかと思うが、言葉がロープでぐるぐる巻きにされ、何も言うなと腹の底から引っ張られている。だが、このまま口を閉ざし続けて自分の隠しごとを明かさずにいれば、陰で「あいつだけ何も言わなかった」など批判されるかもしれないと不安が過る。賢志は、服の上から胸を掴んだ。
賢志は一人で思い悩んでいたが、三人は彼の記事には関心を寄せず、別の話を始めた。
「あ、そうだ。公式裏アカウントに、リュウくん宛にこんな投稿あったんだけど。なんか心当たりある?」
思い出した蒼太がアカウントの画面を見せた。これ、と言って指した投稿には「流哉くん、ありがとう」とだけ書いてある。
「あー。もしかしたら、あの時の子かも」
「あの時ってどの時?」
「三〜四日前、赤坂で仕事があった帰りにラーメン食って帰ろうと思って歩いてたら、黒いバイクが歩行者無視してめっちゃ危ない走り方してたんだよ。その時に足を挫いた子がいて声かけたんだ。たぶんその子だ」
「ちょっとだけニュースになってたよな、それ」
朝と昼のニュースとネットにも載ったが、大して取り上げられずに夜には忘れ去られた些細な事件だ。
「歩道と車道の段差もポールもないから、気をつけないと事故は起きやすい道なんだよ、あそこ。実はオレも危なかったんだ。と言うかあのバイク、オレに突っ込んで来た気がした」
「流哉を目がけて?」
「ボクも同じようなことあったよ」
蒼太が言うと、煌と流哉は同時に注目した。
「ソウも?」
「前に雑誌の撮影してご飯食べた帰りに、横断歩道渡ってたら黒いバイクにぶつかりそうになったんだ。ただの危険運転だと思ったし、怪我もしなかったから誰にも言わなかったけど」
「同じバイク事故に遭いそうになったなんて……偶然か?」
ただの偶然だと思いたいが、二人も同じバイク事故に遭いかけたのはなんとなく嫌な感じがする。二人に起きた出来事を聞いた煌も、他人事には思えなくなって口を開いた。
「実は俺も。バイク事故じゃないんだが、ドラマの打ち上げで飲み物に異物を仕込まれた」
「異物? 毒物か?!」
「俳優の先輩が能力で教えてくれたんだが、身体にも異常はなかったし、毒物じゃないようだった。だけど念のため、そのあとは全く飲食しなかった」
自分たちの身に降りかかった危険が、偶然の出来事では片付けられない予感がする三人は、負の感情が表出してきた互いの顔を見合わせた。
「なんか。東斗が失踪してから、嫌なことが立て続けに起きてるな」
「狙われてるのかな。ボクたち」
事件の真相を追及しようとしている自分たちも、いよいよ『黒須』の標的にされたのだろうかと、恐怖を覚えて三人は口を閉じる。これは、たまたま続いた不運ではない。これは『黒須』からのあからさまな忠告だ。これ以上進めば、さらなる危険が煌たちを襲う恐れがある。
たちまち緊迫した雰囲気が会議室に漂い始めた。その時。
プルルルルッ! プルルルルッ!
静まり返っていたところに誰かのスマホの着信音がが鳴り、四人はビクッと反応した。鳴ったのは煌のスマホだ。かけてきている相手は、澤田だった。出た煌はマイクに切り替えて、みんなに声が聞こえるようにした。
「もしもし、澤田さん?」
「あ。緑川さん。ご無沙汰してます、澤田です」
以前と変わらない丁寧な言葉遣いで澤田は挨拶した。すると、
「ご無沙汰してますじゃないよ澤田さん! 元気なの? 健康体? 病気になってない? ご飯ちゃんと食べてる?」
久し振りに聞く澤田の声を聞いて安心した蒼太は、彼の実家の母親になったかのように矢継ぎ早に訊いた。澤田も突然の質問攻撃に一瞬ぽかんとしてしまったようだが、
「あ……はい。元気ですし、健康体ですし、ちゃんとご飯も食べてますよ。玉城さん」
と、いつもの物腰が柔らかなしゃべり方で答えた。
「澤田さん、緑川です。心配しましたよ」
「本当ですよ! 絶対危ないってわかってんのに、何やってんすか!」
「すみません。本当にご心配をおかけしました。七海さん」
「澤田さん。本当にお身体は大丈夫なんですか?」
「はい。大丈夫ですよ。倉橋さん」
それぞれが澤田に声をかけ、声だけでも無事が確認できて四人は心から安堵した。それも束の間。澤田は四人に言う。
「それでみなさん。近々お会いできませんか」
「もう周囲に危険はなさそうですか?」
「はい。警察の方のご協力もあって、引いてくれたみたいです。なので、僕の身に遭った出来事をお話させてください」




