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12話




 別の日。同じ日に午後から半日オフだった賢志と蒼太は、一緒に買い物に出た。賢志が運転する車で行き、渋谷駅周辺でそれぞれの買い物を終えると、蒼太が小腹が空いたと言うので、スマホで近くのカフェを検索し、スペイン坂近くの店に入った。外観は個性的な緑色でありながらレトロで、中はバル風のカフェだ。

 賢志はアイスコーヒー、蒼太はジンジャーエールとホットドッグを注文し、奥の席で落ち着いた。小腹が空いていた蒼太は、席に着いてものの五分ほどでホットドッグを完食してしまった。蒼太はメンバーの中で食べるのが一番早い。

 ピークの昼時を過ぎて近くの席に客がいなかった二人は、『黒須』探しについて話し始めた。


「『黒須』のことだけどさ。雑誌の撮影現場だけじゃなくて色んな現場で聞いてるんだけど、誰も相手してくれないんだよね。みんな口が固いよー」

「警戒されてると言うか、慎重に僕たちの様子を窺ってる気がする。そういう人は『黒須』の商売を知ってるんだ。相手にしてくれるのは、知らない人だけだよ」

「SNSにもなかなか新情報来ないし。この人じゃないですかってバケットハット被ってる人の写真送ってくれるけど、ボクたち顔知らないし。と言うか、盗撮ダメだよみんなぁ」


 澤田と情報提供をしてくれた記者などに許可を得て、監視カメラに映っていた『黒須』の写真を公式裏アカウントに載せて情報提供を求めていた。それを見て善意で情報を寄せてくれているのだが、明らかに罪に抵触する投稿がいくつかあった。「犯罪にならないようにリサーチをしてほしい」との旨を固定で投稿してあるが、純粋に協力したい思いが強いだけだろうが、それも少し困っていた。


「公に行動すれば注目も集まって情報も集まるだろうって考えで始めたけど、浅はかだったかもね」

「あと来るのは、ボクたちのやってることを避難する投稿だし。不浄の輩とか、善行だと勘違いしてるとか、一日十件くらい来るし。アンチ投稿もお腹いっぱいだよー」


 蒼太はげんなりして項垂れた。彼の言う通り、四人の行動を非難する投稿は毎日来ていた。多い日は二十件にはなる。


「賢志くん、何かいいアイデアないの?」

「僕? それなら、僕よりも頭が良さそうな蒼太の方が」


 謙遜した賢志から言われた蒼太は、ないない! と手を振る。「ムリムリ。知恵は浮かばないよ」


「でも青学出てるし、国家資格も取ってるじゃないか」

「ボクはめちゃくちゃ勉強頑張っただけ。大学行ったのも、資格を四つも取ったのも、昔イジメたやつらを見返したかっただけだし」

「あ。それって……」


 それが、東斗の事件と同時期に出たスキャンダルのことだと賢志は気付いた。


「そう。あの記事のこと。だから、実際使おうなんて端から考えてないんだ」

「……そっか」


 当時触れることのなかった件に思わぬタイミングで触れ、蒼太も気にしている様子はなく事も無げに話したが、賢志は深く訊くことはしなかった。

 話していると、一人の若い女性客がドリンクを片手にやって来て、二人の二つ隣の席に座った。ショート丈のプリントTシャツにワイドパンツ、ピンクのキャップを被ったオシャレな女性だ。彼女が座って落ち着いたのも束の間、すぐに賢志と蒼太の存在に気付いた。


「あれ。もしかして。F.L.Yの賢志くんと蒼太くん?」


 普通に自分たちのファンに声をかけられたと思った二人は、「あ。はい」と彼女に軽くファンサービスをしようと顔を向けた。ところが。


「違う違う。あたしだよ、あたし」彼女は帽子を脱いで、自分の顔を指差した。


「あっ。璃里(りり)璃里ちゃんだ!」


 ファンと勘違いしたのは、同業者の生天目(なばため)璃里(りり)だった。彼女は元・夢色オトメ学園(略して「ゆめオト」)のアイドルで、顔も歌声もかわいいく長年センターを務めてきた。グループはつい半年ほど前に卒業し、今はモデルと俳優をやっている。F.L.Yとも同世代で歌番組でもよく一緒になっていたので、わりと仲が良い間柄だ。

 璃里は、二人の隣の席に移動した。


「久し振り〜。今日なに。休みなの?」

「そうだよ。賢志くんと買い物」

「なに買ったの?」


 璃里は、二人の足元に置いてあった大きめの店の袋を上から覗いた。


「間接照明がほしくて、良さげなのあったから買ったんだ。璃里ちゃんも今日は休み?」

「うん。久し振りに一日オフ。だから前から気になってた、恵比寿の香水専門店に行って来たの」


 璃里は小さなショッパーから箱を出し、購入した香水を見せてくれた。コロッとした丸い形の瓶にポンプ式の蓋が付いた、マリリン・モンローが使っていそうな香水瓶だ。その店では様々なタイプの香水瓶とキャップが揃えられていて、自分で好みの組み合わせを選べるらしい。


「香りも自分好みでブレンドすることができて、あたしが行った恵比寿本店にはその店舗にしかない香りがあるから、それ目当てで作りに行ったんだ」


 蒼太は特別に香水の匂いを嗅がせてもらった。本店限定の香りを含め、三種類ほどブレンドしてもらったという香りは、フローラルの中にフルーツの甘い香りがほんのりし、数滴だけ入れてもらったシナモンの甘さとその奥にスパイシーな香りがする香水だ。


「それじゃあ、他の人とかぶらない自分だけの香水が作れるんだね」

「誰かのプレゼントに迷ったらオススメだよ。賢志くんは何買ったの?」

「僕はそんな大したものは……」

「賢志くんは、ドンキでお菓子ばっかり買ったんだよ」

「お菓子だけじゃないから。日用品も買ったし」

「意外。お菓子好きなの?」

「うん。まぁ。家で一人飲みのアテにしたり」


 気恥ずかしいのか、賢志は歯切れ悪く答える。


「全部一人で食べるの? それならボクにもちょうだい。うまい棒のプレミアムチーズ味、大人買いしてたよね。分けてよ!」

「あげる相手がいるからダメ。と言うか安いんだから買えるでしょ」

「でも賢志くん一人暮らしでしょ。近所の子とかにあげるの?」

「やだ賢志くん。近所の小さい子を餌付けしてるの?」

「そんなことしてない! 妹にあげるんだよ」


 変なレッテルが貼られそうだったので慌てて訂正した賢志だが、言った直後に「あっ」と口を小さく動かし、気不味そうにした。その僅かなリアクションに気付かない蒼太は、意外そうに口にする。


「賢志くん、妹いたんだ」

「蒼太くん、メンバーなのに初耳なの?」

「うん。賢志くんて、プライベートなこと自分から話さないから。妹がいるの知らなかった」

「別に、面白いエピソードがある訳じゃないし。みんなの話を聞いてるだけで十分楽しいから」


 賢志は遠慮するように、何の変哲もないごく普通の家族だと言う。そんな妹ファーストな賢志に、璃里は尊敬の眼差しを向ける。


「そっか。妹いるんだぁ。お菓子買ってあげるなんて、家でも優しいお兄ちゃんなんだね。賢志くんて仕事とプライベートのギャップがなさそうだから、めちゃくちゃ想像できる」

「そういう璃里ちゃんも、裏表なさそうだよね」

「よく言われるー。でも、グループのセンターやってた時は、『猫被ってる』ってよくアンチに言われてたよ」長年言われてきたことでもうグループも卒業もしたので、璃里も過ぎたことをあっけらかんと言った。

「聞いたことある。普段しゃべる声と歌う時の声が違うからでしょ? 好き勝手に言って酷いよね」


 アンチが事実無根を言い触らすのはよくあることだが、同じアイドルとして不本意な噂は許せないと蒼太は璃里に同情する。ところが、いつもの璃里なら蒼太の同情に乗っかるところだが、大変気不味そうに「実はさ……」と切り出した。


「あの歌声、あたしの能力だったんだよね」

「えっ。そうだったの?」

「あたしの特性能力は〈声を自在に変えること〉なの。だから、オーディションでもかわいい歌声が印象的だったから合格したんだよね。もちろん顔も歌唱力も評価されたけど。でも、ある日から急に能力に()()が出始めて」


 璃里の話に賢志と蒼太は身を乗り出す。能力にむらが出るなどという話を聞いたのは初めてだったので、気にならずにはいられなかった。


「調子が悪いって言われてた時期があったよね。でも、むらって。能力が操れなくなったの?」

「病院でも診てもらったんだけど、そうじゃないって言われた。能力は普通に操れるはずだって」

「何かの薬の副作用とかは?」

「サプリを飲んでたけど、美容効果があって喉にもいいやつだったから、たぶん関係ないと思う。で、一応、能力安定の薬をもらって飲んでたけど、段々いつもの歌声が出なくなって、センターからは降ろされて、フォーメーションでも後ろになっちゃって」真相を話す璃里の表情も声も、次第に悲しみの陰に覆われていく。「そのうち歌番組に出ても一〜二回しかカメラに映らなくなって、卒業記念の歌も公演なかった」


 声の不調は一時的なものだと、璃里も周囲も思っていた。しかし、週に一回通院して注射をしてもらうことを何ヶ月も継続しても、回復する兆候はみられなかった。


「今も、あの頃の声を出そうとしても無理なの?」

「うん。全然」


 人間が『特性能力』と呼ばれる力を備え始めたのは、第二次世界大戦後間もなくだったと言われている。当時は、なぜ他の人間よりも突出した力のある人間が現れるようになったのかを解明できなかったが、一九九〇年代末期に、イギリスの遺伝子研究の権威と言われている学者が原因を突き止め発表した。

 元々人間には、備わった能力を最大限に活かせる遺伝子が存在していた。ところが、能力発現のDNAが遺伝子内にきつく折り込まれてしまっていたために制御され、能力を活かせずにいた。それが何かしらの要因で解除され、一部の能力が発揮できるようになったのだと推測されている。それは『エピゲノムの開放』と言われ、これまで芸術や科学や物理学などの分野で偉業を成した著名人たちは、その“始祖”ではないかとも言われている。

 能力の開花により、将来に希望を抱き夢の実現を果たせた者は現在、世界中に数え切れないほどいる。璃里もその一人だ。声を自在に変えられる能力のおかげで、憧れのアイドルになれた。能力はなくなったりしない。だからこの現実は一生夢に戻らないと、信じて疑わなかった。しかし璃里は、現実から夢へと押し戻されてしまった。


「あたしは、輝ける場所をなくした。だから、アイドルをやめたの」

「やめる時に引き際って言ってたけど、本当はそんな理由があったんだ……」


 蒼太は酷く同情する眼差しを向けた。賢志も深刻そうな表情だった。


「治療法は探したの?」

「こんなこと、前例がないんだって。遺伝子検査をしたら、能力に関係するDNAが完全に封じられちゃったって言われたの」

「封じられた!?」




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