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11話




 九月中旬のとある日。アケボノテレビの夜の生放送の歌番組に、流哉は一人で出演していた。現在上演中のミュージカルの劇中歌を披露するためで、衣装も舞台で着用している十八世紀のアメリカの軍装をしていた。

 この日の共演者は、ガールズグループ、男性アイドルグループ、韓流アイドルグループ、それから新人アーティスト一人の、出演者は総勢二十七人だ。


「次は、今月デビューしたばかりの新人アーティストの方です。今日は特別に、プロデュースをした仲元(なかもと)(はじめ)さんもいらして下さっています」

「どうも〜」


 進行役の女性アナウンサーに紹介された仲元は、気さくな振る舞いでテレビカメラに向かって挨拶した。仲元始は音楽プロデューサーで、これまで数々の楽曲を生み出し有名アーティストに提供している。そして、この新人アーティストのように新たな人材を生み出す才も持っている。そう。この仲元がF.L.Yが生み出されたオーディション番組の主催者であり、彼らを発掘した生みの親だ。

 新人アーティストの紹介VTRが始まると、出演者たちは自分の前にあるセットの裏に隠されたモニターを観る。流哉もそれを観ていたが、自分の方を振り返って手を振る仲元に気付き、会釈した。

 紹介VTRが終わると、新人アーティストが仲元プロデュースの曲を歌い始める。出演者たちは彼女の透き通った歌声に聞き入り、流哉もその歌声を聞いていた。すると、すぐ横に座っていた『ジャック』のメンバー、リツとルイがこっそり話しかけて来た。


「なあなあ、七海。お前ら本当にあの事件の真相なんて追ってるのかよ」

「周りが色々言ってるの聞いてるぞ。あれって、世間の目を引くためにわざと話題作ったんだよな?」

「じゃなきゃ、こんなハイリスクハイリターンなことしないよな」


 ジャックとは、活動休止前に共演して以来の約四年ぶりだ。ちなみに彼らは、F.L.Y(フライ)と同じオーディション番組の第一弾でデビューしていて、事務所は違うが流哉たちの三年先輩となる。


「リツ、ルイ。やめなよ」


“ジャックの良心”であるリーダーのトキヤが、迷惑を考えないメンバーの二人を注意する。

 歌唱中にはセットの入れ替えもされ、黒子のようなスタッフたちによって爽やかな青空が投影される白を基調とした背景がセッティングされ、別のスタッフに誘導されて韓流アイドルグループが静かに移動する。


「お前らも話題が尽きないよなぁ。活動休止前にもスキャンダル出てたし」

「ああ、あれな! モデルの愛香里(あかり)って、お前の姉貴なんだって?」

「何年前のこと覚えてんだよ」


 ジャックは先輩だが、流哉とリツとルイの二人は昔から相性が悪く、顔を合わせるたびにケンカになりかける。後輩相手でさえ礼儀を欠いている二人なので、流哉は早々に敬語は使わなくなった。


「愛香里って、本当に全身整形してたのかよ。お前はそれ知ってたのか?」

「うるせぇな。仲元さんプロデュースの人なんだから、真面目に聞けよ」


 世間から忘れ去られたはずの記事で冷やかされ若干キレそうになる流哉だが、ワイプで抜かれていることを意識し、表情を乱さずにモニターから視線を外さないようにした。


「そうだよ二人とも。仲元さんに失礼だよ」

「全身整形は詐欺だよな、詐欺!」

「炎上して当然だよな」


 トキヤが注意してもリツとルイが煽るように冷やかしをやめない。しかし流哉は、ギリギリ怒りをセーブしている。今が生放送中でワイプで抜かれていなければメンチを切っているところだが、売られたケンカをすぐに買っていた昔とは違い、グループのイメージを保つということを覚えて大人になった。

 が。やはり我慢できないことは、我慢できない。流哉はモニターから目を離さずに言い放つ。


「いい加減にしろよ。言っとくけどそれ、立派な名誉毀損だからな」

「嘘だって言うのか? なら証拠あるのかよ」


 リツとルイは鼻で笑うが、流哉は真面目な顔で言い放つ。


「実はさぁ。うちの蒼太が司法書士の資格持ってんだよ。だから法律には詳しいんだよね。名誉毀損になることをお前らに言われたから、弁護士紹介してもらおうかな」

「弁護士!?」


 軽い気持ちで冷やかしていたつもりのリツとルイだったが、国家資格をチラつかされた途端にビビる。司法書士と弁護士の区別も付いていない二人は、流哉への目線を上から下にさげた。


「じ……冗談だって。本気にするなよー。て言うか、あいつ頭良いの?」

「あれでも結構努力家で、国家資格とか四つくらい持ってるけど」

「まさか。本当に相談しないよな?」

「どーしよっかなー」


 流哉たちが揉めている間に新人アーティストの歌唱は終わり、次の歌の紹介がされて出演者が座るひな壇側の照明が落とされ、流哉たちの正面で韓流アイドルグループの歌唱が始まった。

 少しすると流哉にもスタッフからスタンバイの誘導があり、移動した。流哉はセットがなく、出演者たちをバックに歌う。リハーサルでバミリの位置は覚えている。韓流アイドルグループが歌い終わるのを静かに待った。

 歌が終わりに向かい始めると、彼らを撮っていた五台のカメラは、その曲でのカメラワークが終わった順に反対側の流哉に方向転換する。一台、二台とカメラがスタンバイし、流哉の出番が近付いて来る。

 流哉は気持ちを切り替えた。今日は一人だ。煌たちといる時や、舞台に出ている時とは違う緊張感に包まれる。

 やがて韓流アイドルグループの歌唱が終わり、曲がフェードアウトしていくと同時に、最後の五台目のカメラがスモークが焚かれた床を映しながら反転する。

 流哉のブーツの足元が見えた瞬間に照明と曲が切り替わり、ミュージカルの劇中歌のイントロが流れ始め、天使の梯子のように照らす白い照明の下に佇む青い軍装の流哉をカメラが捉える。

 そして、流哉の歌唱(ソロ)が始まった。





 十五分後。生放送が終了し、出演者たちはお互いに「お疲れ様でした」「ありがとうございました」と挨拶して続々とスタジオを出て行く。流哉も、ぞろぞろと出て行く集団と一緒にスタジオを後にするが、弁解の余地を求めてジャックの三人が必死で追いかけて来た。


「お前らうぜぇ!」

「七海くん。二人の謝罪だけでも聞いてあげて」

「悪かったよ七海。許してくれよ」

「それが相手に謝罪する態度かよ。お前ら、なんでオレがキレてるかわかってねぇだろ」

「わかってるよ。姉貴を避難したことだよな」

「あのなぁ……」


 なぜ自分がキレているのかその本当の意味をわかっていないリツとルイの態度に、流哉はとうとう喧嘩を買ってやろうとメンチを切った時だった。


「おいおい、きみたち。こんなところで何やってるの」

「あっ。仲元さん」


 スタジオから出て来た仲元は、廊下で何やら揉めている四人が目に入って足を止めた。


「喧嘩なんてしたらダメだよ。四人は僕の子供たちなんだから、仲良くしてよ」

「大丈夫ですよ仲元さん。俺ら、仲良しですよ!」

「だよなー、七海?」


 リツとルイは仲元に厳重注意をされまいと、わざと笑顔で流哉と肩を組む。強引に肩を組まれた流哉は、「は?」と両サイドの犬猿の二人を睨み付けた。


「それならいいけど。喧嘩してるように見えたから、心配しちゃったよ」


 安堵する仲元の隣で、申し訳なさそうなトキヤが流哉に「お願い」と手を合わせる。ここは同じオーディション番組の出身者同士、恩人のために息を合わせてほしいというサインだ。罵詈雑言を吐く準備万端だった流哉だったが、ジャックの中で唯一先輩と認める彼に免じて、ここは怒りを収めることにした。


「七海くん。さっきのソロ、とてもよかったよ。歌唱力にさらに磨きがかかってるね」

「ありがとうございます。今度また、オレたちに曲作って下さいよ」

「活動再開一曲目の『ROAR(ロア)』は別の人に頼んだくせに。カッコよかったから嫉妬しちゃったよ。この前出したやつも別の人だったし。素敵だったけどさ」

「あ……そうっすよね。すみません。今度は仲元さんにオファーします」

「じゃあ、あれよりもかっこいいやつ作ってあげるよ」


 デビューしてからのF.L.Yの楽曲は最初のうちは仲元に作ってもらっていたが、三曲目以降は幅を広げるために様々な作曲家や音楽プロデューサーに楽曲提供を依頼していた。なので仲元とはだいぶ疎遠となっていたが、仲元は嫉妬しながらも、F.L.Yの生みの親としていつでもプロデュースする準備は万端だ。


「さぁ。ジャックの三人は、これから僕とレコーディングだね」

「新曲発表したばかりじゃないっすか」

「アルバムが出るんだ。それ用に新曲をレコーディングするんだよ」親切なトキヤが教えてくれた。


 ジャックの楽曲は、ほとんど仲元がプロデュースしていた。いわばズブズブの関係と言ってもいいが、新曲がリリースされる度にバズるほど、どうやら両者の相性がいいらしい。


「あ。じゃあちょっと時間もらえますか」


 そんなに時間は取らせないからと、流哉は仲元たちにもう少し留まってもらった。


「仲元さんたちは『黒須』ってやつに心当たりないっすか。もしくは『吉岡』って人」

「あの事件に関する人だっけ」

「聞いたことないよな」

「俺もない」

「本当に全く聞いたことないのかよ」


 流哉が疑念をの目を向けると、「ないよな?」「ないない」と三人は顔を合わせて知らないと否定した。


「仲元さんはどうっすか」

「『黒須』ねぇ。どっかで聞いたことがあるような……」

「マジっすか!?」流哉は有力情報に期待するが、

「あ、いや。聞いたことがあるのはドラマの役名だったかな」

「そうっすか……」


 仲元の勘違いだったと知った途端、流哉はがっかりと肩を落とす。


「あ、でも。『吉岡』って名字なら耳にしたことはあるかも」

「本当っすか!?」再び食い付く流哉。

「でも記憶が曖昧で、いつどこで聞いたかが思い出せないんだよね。老化が始まって人の名前とかなかなか思い出せないから、本当に困るよー」

「業界人ですか?」

「確かそうだよ。だけど、裏方か、俳優か、歌手か、タレントか……ちょっと忘れちゃったな」


 仲元は記憶を呼び起こそうとするが、芸能界にいるということまでしか思い出せなかった。


「ごめん。あんまり役に立てなくて。老化は嫌だねー」

「いいえ。ジャックよりは全然」


 流哉はさり気なく、リツとルイに次の喧嘩のきっかけを撒いた。犬猿の二人は律儀にそれを拾い、次回の対戦は予約された。


「じゃあ、そろそろ行こう」


 仲元登場のおかげで喧嘩が勃発することなく安心したトキヤは、メンバー二人を連れて楽屋に戻ろうとした。が、リツとルイは流哉にこんな話題を提供した。


「あ。『黒須』ってやつは知らないけど、森島東斗に関する面白い噂があるのは知ってるぜ」

「ハルの噂?」


 東斗の噂と聞いた流哉は怪訝な表情をするが、不可思議な報道規制の件もあり興味を示した。


「それ、どんな噂だ。下らないやつだったらぶっ飛ばすぞ」

「まあ聞けって。どうやらあいつには、SNSの裏アカウントがあるらしいんだよ」

「裏アカ?」

「そのアカウントの投稿がマジヤバいみたいでさ。他のアカウントに喧嘩を売って、叩き合いが繰り広げられてたんだってさ」

「いわゆる炎上ってやつだな」

「僕もなんとなく聞いたことあるよ。そのせいでだいぶ敵が多いって。だけど、僕はただの嘘だと思ってる。森島くんに限ってそれはないよ」


 ジャックとは何度か歌番組で共演し、東斗の人となりも知っているので、トキヤは東斗の裏アカウントの噂を疑っているようだ。しかしリツとルイは、東斗の二面性を信じているようで。


「トキヤは森島を信じ過ぎだって。人にはな、必ず裏の顔があるんだよ」

「森島にだって裏の顔があるに決まってるじゃん」

「お前ら、今度はハルをネタにするつもりか?」


 性懲りもなく同じことを繰り返そうとする二人に流哉は睨みを利かせると、仲元の前で喧嘩はできないリツとルイは「冗談だって!」と取り繕った。


「二人とも早く行くよ! 七海くん、またね」


 これ以上喧嘩の種を撒きたくないトキヤは二人の腕を引っ張り、流哉から強引に引き剥がすように連れ去った。自分のグループとジャックを比較した流哉は、あんな二人をまとめて引っ張るリーダーのトキヤはだいぶ苦労してストレスを溜めていそうだな、と密かに同情した。


「それじゃあ、僕も行くよ」

「はい。ありがとうございました、仲元さん」

「F.L.Yのみんなのことは、僕も見守ってるからね。無茶は禁物だよー」


 仲元は微笑んでひらひらと手を振り、去って行った。




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