途上
先に食べ終わり、山民 は様子を見守る。
師尊はちょうど、湯呑みを傾けるところだ。
少しずつ水を口にし、小刻みに喉が動いていく。
決して力強くはない。
それでも、昨日一昨日までの弱々しさはない。
「――ふむ」
やがて湯呑が置かれ、ひと息がつかれる。
そっと置かれたせいで、水面はかすかに揺れている。
残った水は五分の一ほど。
この量を飲めば、しばらく乾く事もない。
「具合、良くはなってるみたいだな」
確かめるように、山民。
峠は超えたはずだ。
それでも、まだ安心は出来ない。
なにか気配があれば把握しておきたかった。
「山民、君のお陰だ。寝込んでいると、思ったより面倒がかかると知った」
「……どんだけ丈夫だったんだよ」
ぶっきらぼうに返した。
照れを隠すような真似と、半ば思いながら。
「ふむ。決して丈夫という訳ではないが、病にかかりにくい質なのは確かだ」
幸い、師尊にそこまでの体力はないらしかった。
回復の途上にあると、口振りからも察せる。
「まあ何よりだ。手拭いも後で片付けとく。他に何か、気になることは」
「そちらの方は、何かあったか」
「……何かとは、また曖昧だな」
「ふむ、具体的に言えばいいのか」
腹のさぐり合いは苦手だ。
それでも、露骨に表れていたとは思えない。
「……あるなら、言ってみてくれ。具体的にな」
「ない」
拍子抜けするように、師尊は言う。
「ないが、分かる。本調子でこそないが」
「はったりかよ、こっちには分からねえな」
「――きちんと考えれば、分からなくもないはずだ」
ようやく、言わんとすることを察せた。
考えるにも体力がいる。
その体力が、まだ戻っていないのだろう。
「……分かった、素直に言う。無理はしないでくれ」
結局は同じかと思いつつ、述べた。
迷い道のことを。
己の過去のことを。
その最後には、幻と対話したことを。
ただし、その幻が師尊の姿とまでは言わなかったが。
「ふむ。幻との対話、か」
「ああ。最後はお陰で、あまり迷わず帰って来れた」
顎に手を当てながら、師尊はつぶやく。
「我ながら、良い事をしたものだ」
「……冗談だろ」
かろうじて、山民 は言った。
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