夕食
まずは水桶を洗い、水で満たした。
そのまま、焚き火まで水を持ち寄る。
焚き火に大鍋を置き、その四分の三、水を入れた。
しばらく後に、水は湯へと変わる。
「よし、と」
水桶の残りを、ふたつの小さな手桶に分ける。
ひとつは飲み水用に。
もうひとつは、手ぬぐい用に。
手ぬぐい用の手桶には、沸かしたての湯を足していく。
程よく冷めた湯は、身体を拭うに良い加減だろう。
湯を入れた手桶と、替えの手ぬぐい。
手ぬぐいはぬるま湯に浸し、軽く絞っておく。
これをまず、師尊の枕元に持ち寄った。
「……湯と手拭い、ここに置いておくぜ」
「――ふむ」
返事があり、まずは安堵する。
熱はあるようだが、先程より具合は良さそうだ。
額に触れかけ、思わず手を引っ込めた。
師弟でもなければ、家族でもない。
こんな状況であれ、許可なく触るのはためらわれた。
その代わりに、顔色を見た。
目をつむり、寝床に横たわっている。
心なしか、呼吸も安定して来た気がする。
安心は出来ないが、今すぐ危うい程でもない。
「あまりきついようなら、背中と四肢くらい拭うが」
「――ふむ。その位ならば、何とか」
「無理はするなよ。もうじき夕飯にする、なにか希望があれば」
「ならば、塩を。薄く」
「了解。半刻ほどで戻る」
そのまま、山民 は火元に戻った。
焚き火の前、残すは夕食の準備だけだ。
大鍋にたぎる熱湯で、まずは柔らかく米を炊く。
むろん、粟を混ぜるのも忘れない。
少し歯ごたえが出て、いい舌触りになる。
「そろそろ、飽きるだろうしな」
焦げないよう、柄でかき混ぜる。
しゃもじではない、刀の柄だ。
水で洗ったとはいえ、用途違いもはなはだしい。
「おちおち、しゃもじも買いに行けねえからな……悪気はねえんだ、許せ」
血にまみれるよりは幾分かいい。
そう言い聞かせながら時折、刀の柄で鍋をかき混ぜた。
やがて、粥は炊きあがる。
塩はどこだろう。荷物の中か。
いや、全体に振っては加減がむずかしい。
師尊の口に合うとも限らない。
味つけは、むこうで行うとしよう。
いったん火を止め、器を取りに戻る。
洗い立て掛けておいた食器。
木の椀とひしゃくは、それぞれ乾いている。
「……しまった、この 杓 で混ぜれば良かったか」
いつもなら、すぐに思い浮かびそうな所だ。
何だかんだで、気が動転していたらしかった。
頭を振り、木の椀ふたつに粥をよそう。
冷めない内に、匙をそえて師尊に出した。
「俺は食べる。そっちは食べられるか?」
「ふむ。いい匂いだ。水をもらえるか」
「おっと、すまねえ」
手桶の水と湯呑み茶碗を差し出した。
もちろん、筒に入れた塩も。
「味つけはまだか」
「好みが分からねえからな。振るか?」
「ふむ。ならば頼もう」
山民 は動揺する。
自分でやるとばかり思っていたのだ。
そう察されぬよう、師尊の椀に軽く塩を振る。
「……味を見てくれ」
「もう少し頼む」
「これでどうだ」
「ありがとう。すまないな」
言葉少なく、夕飯になった。
粥を啜る音。
器を置く音
水を飲む音。
静かに、時は過ぎていく。




