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斬月記  作者: 祭谷一斗
二章 看病
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夕食

 まずは水桶を洗い、水で満たした。

 そのまま、焚き火まで水を持ち寄る。

 焚き火に大鍋を置き、その四分の三、水を入れた。

 しばらく後に、水は湯へと変わる。


「よし、と」


 水桶の残りを、ふたつの小さな手桶に分ける。

 ひとつは飲み水用に。

 もうひとつは、手ぬぐい用に。

 手ぬぐい用の手桶には、沸かしたての湯を足していく。

 程よく冷めた湯は、身体を拭うに良い加減だろう。

 湯を入れた手桶と、替えの手ぬぐい。

 手ぬぐいはぬるま湯に浸し、軽く絞っておく。

 これをまず、師尊シズンの枕元に持ち寄った。


「……湯と手拭い、ここに置いておくぜ」

「――ふむ」


 返事があり、まずは安堵する。

 熱はあるようだが、先程より具合は良さそうだ。

 額に触れかけ、思わず手を引っ込めた。

 師弟でもなければ、家族でもない。

 こんな状況であれ、許可なく触るのはためらわれた。


 その代わりに、顔色を見た。

 目をつむり、寝床に横たわっている。

 心なしか、呼吸も安定して来た気がする。

 安心は出来ないが、今すぐ危うい程でもない。


「あまりきついようなら、背中と四肢くらい拭うが」

「――ふむ。その位ならば、何とか」

「無理はするなよ。もうじき夕飯にする、なにか希望があれば」

「ならば、塩を。薄く」

「了解。半刻ほどで戻る」


 そのまま、山民サンミン は火元に戻った。

 焚き火の前、残すは夕食の準備だけだ。 

 大鍋にたぎる熱湯で、まずは柔らかく米を炊く。

 むろん、粟を混ぜるのも忘れない。

 少し歯ごたえが出て、いい舌触りになる。


「そろそろ、飽きるだろうしな」


 焦げないよう、柄でかき混ぜる。

 しゃもじではない、刀の柄だ。

 水で洗ったとはいえ、用途違いもはなはだしい。


「おちおち、しゃもじも買いに行けねえからな……悪気はねえんだ、許せ」


 血にまみれるよりは幾分かいい。

 そう言い聞かせながら時折、刀の柄で鍋をかき混ぜた。

 やがて、かゆは炊きあがる。

 塩はどこだろう。荷物の中か。

 いや、全体に振っては加減がむずかしい。

 師尊シズンの口に合うとも限らない。

 味つけは、むこうで行うとしよう。


 いったん火を止め、器を取りに戻る。

 洗い立て掛けておいた食器。

 木の椀とひしゃくは、それぞれ乾いている。


「……しまった、この ひしゃく で混ぜれば良かったか」


 いつもなら、すぐに思い浮かびそうな所だ。

 何だかんだで、気が動転していたらしかった。

 頭を振り、木の椀ふたつにかゆをよそう。


 冷めない内に、匙をそえて師尊シズンに出した。


「俺は食べる。そっちは食べられるか?」

「ふむ。いい匂いだ。水をもらえるか」

「おっと、すまねえ」


 手桶の水と湯呑み茶碗を差し出した。

 もちろん、筒に入れた塩も。


「味つけはまだか」

「好みが分からねえからな。振るか?」

「ふむ。ならば頼もう」


 山民サンミン は動揺する。

 自分でやるとばかり思っていたのだ。

 そう察されぬよう、師尊シズンの椀に軽く塩を振る。


「……味を見てくれ」

「もう少し頼む」

「これでどうだ」

「ありがとう。すまないな」


 言葉少なく、夕飯になった。

 粥をすする音。

 器を置く音

 水を飲む音。

 静かに、時は過ぎていく。

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