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斬月記  作者: 祭谷一斗
二章 看病
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思考錯誤

 決してぬかるみを進んでいる訳ではない。

 木も草も道も、等しく後ろへ流れていく。

 視界としては、確かに進んではいた。


 音も踏みごたえも、風を切る感覚もない。

 あるはずの草の匂いも、照りつける夕陽の暑さも。

 結果として、歩く実感に乏しかった。

 乏しいだけで、進めはする。

 ならば、やる事は決まっていた。


 砂利もほこりも、石ころも見当たらない。

 おそらくは、と山民サンミン は考える。

 おそらくは、己の想像の範囲をこえるのだろう。


 己の心が作り出した、夢現の幻。

 自分の想像には、おそらく限りがある。

 仔細までの想像は、己の限界をこえるのではないか。

 ゆえにこの幻は、作れる部分しか作らないのだ、と。


 歩みながら、とりとめもなく考える。

 おそらくは、意味ある行為ではない。

 思考が有限の資源であるなら、無意味に考えるのは。

 それでも、なお考えてしまう。

 考えることこそが、うつし世との糸だと信じて。


 考え続け、歩み続ける。

 止まることは許されない。

 もし止まれば、と 山民サンミン は考える。

 考えて、過去の経験を探った。

 迷い道の中で今まで、止まったことはない。

 もし仮に、止まったとしたら。

 一歩一歩。足を動かしながら、考える。

 あまり良い事は起こらない、そんな気がした。


 ともあれ、少し思い出してきた事もある。

 夢は、記憶を整理する為に見るものだ。

 山民サンミン はかつて、そう聞いた事があった。

 誰からだっただろう。

 いや考えるまでもない。

 ほかでもない、師尊シズンからだ。


「……こういう事は、だいたい師尊シズンからだな」


 まるきりの嘘か、あるいはまことか。

 考えることはあれど、問いただしたことはない。

 その必要はないと考えるからだ。

 話の真偽について、山民サンミンいたことはない。

 師尊シズンに対しそう訊くのは、どうにも違う気がした。


 師尊シズンが述べるのは、単なる風聞ではない。

 それがほとんど、事実であるように。

 あるいは、純粋に事実であるように語るのだから。

 嘘をついている様子はない。

 それでいて、絵空事に近い内容を話す。

 そんな素振りは、とても常人にはできまい。


「……よく分からねえよな」


 足音を立てるかのように、わざと歩む。

 当たり前のように、音はしない。


「自信満々って訳じゃねえ。その癖、妙に説得力がありやがる」


 自惚れではない。

 盲信でもない。

 では、何なのか。

 ただただ、真実を話している口ぶり。

 そう 山民サンミン は考えている。


「おかしな奴だろうが、気がまぎれるのは確かだな」


 自分自身以外で、考える事がある。

 その事実が、少しだけ不思議だった。

 不思議な、けれど興味深い感覚だ。

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