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斬月記  作者: 祭谷一斗
一章 川辺にて
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伝承

「じゃあ、喰いながら聞くか」

「――あきれる度胸だな」

「ふふ。こちらの話を聞いて頂けるのでしたら、それで構いませんよ」


 山民サンミン に反対はない。

 師尊シズンの方を見る。

 表情のどこが動くでもない。

 こちらも、特に反対はないのだろう。

 うなづき、山民サンミン は話を促す。


「宝石を持ち、生まれてくる赤ちゃんがいる、そんな話はご存知ですか」

「そういう伝承がある、と聞いたことはある」

「私たちの村にも、そんな昔話がありました。少なくとも、何世代か前には」

「意外と最近の話なのだな」

「記録が残っているのは、というだけです。お爺さんのお爺さんから聞いた話が、もう何十回と繰り返されたそうですから」


 数十世代に渡る、村の宝。

 仮にひと世代が15、6年とすればどうか。


「ふむ。ざっと3,400年以上か。今度は気の遠くなる話だ」

「あくまでも、昔話ですけどね。それでも代々続けば、それなりに風格は出てきます。そうなるように、伝わっていきますから。でも、それでは足りなかったんでしょうね」


 明寧ミンネイ は笑顔だ。

 あくまでも、笑顔ではある。


「村には、長く続く祭事があります。川に網をかけ、とれた魚で吉凶を占う。そんな祭事です」

「……つまり、その仕掛けを横取りしたのが俺たち、てことか?」

「ええ。横取り、という程の意図ではなかったでしょうけど」


 つまるところ、こうだ。

 祭事で魚をとる。

 その魚からは、無くなったはずの宝が出てくる。

 何としたことだ、これぞ吉兆に違いない。


「私が 村長むらおさ につくには細工・・が必要、そう思われていた事になります」

「ふむ。それは良くないな。小細工が必要と考えるのは、一種の不信任に等しいだろう」

「あら、そこまでは言ってませんよ」

「では、どこまでなら言える」


 明寧ミンネイ は返さない。

 ただ笑顔があるだけだ。


「資質だけでは足りないと考えた、その事自体は責められまい」

「ええ。事実として、私が若いのは確かですから。風格が足りないと思われても不思議はありません。何かひと言でも相談があれば、私も考えたと思います」

「つまり、凶崖キョウガイ ご老人の独断という事か」


 否定の返事はない。

 何よりも雄弁な返事だ。


「その真珠、なかなかの代物なんですよ。赤ちゃんがその玉を手にして生まれてきた、名をあげ、落ち着いた先がこの村だったと聞きます。ですが、必ずしも望ましいとは言えません。もうひとつ、伝承がありますから」

「厄介そうな話か」

「ええ。。私たちの村の話ではないんですけどね。生まれながらに玉を手にするものは、やがて天下をおさめる。そんな言い伝えのことです」


 確かに、それは厄介と思えた。

 偶然を偶然と割り切れるほど、今の世は安定してなどいない。


「大事にすればするほど、目をつけられる事があり得るでしょうね」

「ふむ。つまり、これを機にした厄介払いか」

「かも知れませんね」

「――山民サンミン


 真顔で、師尊シズンは言う。


経緯いきさつ は聞いていただろう」

「そりゃ目の前でやられたら、嫌でも聞こえるだろ」

「ならいい、君に改めて聞こう」


 改めて、師尊シズンは向き直る。


「私の考えはこうだ。落とし主が所有を放棄した以上、落とし物は拾い主のものだ。この宝石を、山民サンミン 、君はどうしたい」


 今度も、山民サンミン は迷わなかった。


「俺の考えは変わらねえ。命を救われた身の上だ、俺の命はお前に預けてる。つまり俺の物は、師尊シズン、お前のものだ」

「――ふむ」


 宝石を取り出し、師尊シズンは眺める。

 頬を緩めた、わずかな笑み。

 ほんの一瞬、そう見えた。

 その笑みは、宝石の価値には向いていない様にも。


「では、もらっておこう。明寧ミンネイ 、代わりと言っては何だが、君の村の前途を祈ろう」

「ふふ。ありがとうございますね」

「では 山民サンミン 。気が変わらない内に出るとしよう」

「あ? 魚がまだ全然……」

「なら、行きながら食べるといい」


 言って、師尊シズンは一串をとる。

 程よく焼けた、いちばん大きな魚だ。


「あっ、一番いいのを」

「二番目と三番目は君のものだ。望むなら、もっと」


 魚を一口、かじる。

 覗けたのは、しかめ顔だ。

 恐らく、はらわたまで食べたのだろう。


「――では、行くとしよう」

 

 あわてて、山民サンミンは後を追う。

 果たしていつまで付いて行けることだろう。

 ほんのわずか、そう思いながら。

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