伝承
「じゃあ、喰いながら聞くか」
「――あきれる度胸だな」
「ふふ。こちらの話を聞いて頂けるのでしたら、それで構いませんよ」
山民 に反対はない。
師尊の方を見る。
表情のどこが動くでもない。
こちらも、特に反対はないのだろう。
うなづき、山民 は話を促す。
「宝石を持ち、生まれてくる赤ちゃんがいる、そんな話はご存知ですか」
「そういう伝承がある、と聞いたことはある」
「私たちの村にも、そんな昔話がありました。少なくとも、何世代か前には」
「意外と最近の話なのだな」
「記録が残っているのは、というだけです。お爺さんのお爺さんから聞いた話が、もう何十回と繰り返されたそうですから」
数十世代に渡る、村の宝。
仮にひと世代が15、6年とすればどうか。
「ふむ。ざっと3,400年以上か。今度は気の遠くなる話だ」
「あくまでも、昔話ですけどね。それでも代々続けば、それなりに風格は出てきます。そうなるように、伝わっていきますから。でも、それでは足りなかったんでしょうね」
明寧 は笑顔だ。
あくまでも、笑顔ではある。
「村には、長く続く祭事があります。川に網をかけ、とれた魚で吉凶を占う。そんな祭事です」
「……つまり、その仕掛けを横取りしたのが俺たち、てことか?」
「ええ。横取り、という程の意図ではなかったでしょうけど」
つまるところ、こうだ。
祭事で魚をとる。
その魚からは、無くなったはずの宝が出てくる。
何としたことだ、これぞ吉兆に違いない。
「私が 村長 につくには細工が必要、そう思われていた事になります」
「ふむ。それは良くないな。小細工が必要と考えるのは、一種の不信任に等しいだろう」
「あら、そこまでは言ってませんよ」
「では、どこまでなら言える」
明寧 は返さない。
ただ笑顔があるだけだ。
「資質だけでは足りないと考えた、その事自体は責められまい」
「ええ。事実として、私が若いのは確かですから。風格が足りないと思われても不思議はありません。何かひと言でも相談があれば、私も考えたと思います」
「つまり、凶崖 ご老人の独断という事か」
否定の返事はない。
何よりも雄弁な返事だ。
「その真珠、なかなかの代物なんですよ。赤ちゃんがその玉を手にして生まれてきた、名をあげ、落ち着いた先がこの村だったと聞きます。ですが、必ずしも望ましいとは言えません。もうひとつ、伝承がありますから」
「厄介そうな話か」
「ええ。。私たちの村の話ではないんですけどね。生まれながらに玉を手にするものは、やがて天下をおさめる。そんな言い伝えのことです」
確かに、それは厄介と思えた。
偶然を偶然と割り切れるほど、今の世は安定してなどいない。
「大事にすればするほど、目をつけられる事があり得るでしょうね」
「ふむ。つまり、これを機にした厄介払いか」
「かも知れませんね」
「――山民」
真顔で、師尊は言う。
「経緯 は聞いていただろう」
「そりゃ目の前でやられたら、嫌でも聞こえるだろ」
「ならいい、君に改めて聞こう」
改めて、師尊は向き直る。
「私の考えはこうだ。落とし主が所有を放棄した以上、落とし物は拾い主のものだ。この宝石を、山民 、君はどうしたい」
今度も、山民 は迷わなかった。
「俺の考えは変わらねえ。命を救われた身の上だ、俺の命はお前に預けてる。つまり俺の物は、師尊、お前のものだ」
「――ふむ」
宝石を取り出し、師尊は眺める。
頬を緩めた、わずかな笑み。
ほんの一瞬、そう見えた。
その笑みは、宝石の価値には向いていない様にも。
「では、もらっておこう。明寧 、代わりと言っては何だが、君の村の前途を祈ろう」
「ふふ。ありがとうございますね」
「では 山民 。気が変わらない内に出るとしよう」
「あ? 魚がまだ全然……」
「なら、行きながら食べるといい」
言って、師尊は一串をとる。
程よく焼けた、いちばん大きな魚だ。
「あっ、一番いいのを」
「二番目と三番目は君のものだ。望むなら、もっと」
魚を一口、かじる。
覗けたのは、しかめ顔だ。
恐らく、はらわたまで食べたのだろう。
「――では、行くとしよう」
あわてて、山民は後を追う。
果たしていつまで付いて行けることだろう。
ほんのわずか、そう思いながら。




