対峙
対岸の気配は剣呑だった。
雑木林の向こう、複数の気配がある。
数人ではなく、数十には遠い。
恐らくは十数。その者たちは、およそ友好とは程遠い。
明らかに血の気は多く、しかし勇み足には至らない。
その事がかえって、油断のならなさを示している。
十数人程度なら物の数だ。
かつての自分なら、もう踏み込んでいる。
そう、自分一人ならそれでもいい。
だが今は師尊がいる。
逃走や敗北を想定できない以上、無闇には動けない。
「……」
挑発の文言を辛うじてこらえる。
安い言葉は、相手に情報を与えるだけだ。
無言の対峙に焦れたか、やがて向こうから姿を表した。
黒い。黒ずくめの衣服の集団だ。
そんな中、一人だけ灰色が目立つ。
服はむろん、髪も髪も灰色の老人。
だが老いを見せるのはそこだけだ。
中肉中背の見た目は、存分に若々しい。
その老人が、集団の前に立ってみせる。
「若くして武を修めた者とお見受けしておったが、自ら弱みをさらすとは」
その位置取りから、師尊の細腕を見て取ったのだろう。
同時に、こちらの力量も相応に把握されている。
ますます、油断はならない。
「俺はそこまで自信満々じゃねえ。いくら見え見えだろうが、刹那の時間を稼げるならそうするだけだ」
「お主ほどの者をその気にさせるとは、果たしてどれだけの貴人やらのう。深い。実に、実に興味が深い」
「へっ、貴人だから守ってるとでも思うのか。案外、見る目がねえや」
確かに、見る目はないかも知れない。
その事は決して、技量のなさとはつながらない。
堂々と近寄って来ている以上、むしろさらに警戒すべきだ。
「わしの名は凶崖。下流の村で裏方をやっておる。わしらの目的はその宝石。いま渡しさえすれば考えなくもない、と言って、もはや無駄かのう」
「俺の名は山民。よく分かってるじゃねえか、じいさん」
興味がそれで尽きるとも考えにくい。
むしろ大人しく渡したならどうか。
かえって師尊に興味を持つこともあり得る。
後顧の憂いは、今この場限り断っておくべきだろう。
「ならば、しばしの時間、つき合って貰おうぞ」
「いいぜ……魚が焼けるまでならな」
「ざっと四半刻の半分か、大した自信だのう」
老人は視線で、部下たちに指示を送る。
黒ずくめたちの反応は、あえて言うなら困惑。
素直に下がる気はないらしい。
無視するでもなければ、鵜呑みにするでもない。
忠誠はまずまずと見えた。
「お前たち、下がっておれ。今からどうあっても、手は出さぬ方がよい」
「正々堂々って奴かい」
「無駄を好かぬだけじゃ。怪我には手も金もかかりおる」
「そっちは怪我じゃ済まねえかもな」
「ぬかしおるわ」
川越しの対峙から、老人は近づいてくる。
ひと飛びでは難しい。
二、三足、それも半ばの岩経由。
山民は刀を構え、老人は飛んだ。
来たるべき道へ、斬月刀を薙ぐ。
「……っ!」
あるべき手応えはしかし、容易に裏切られる。
老人が刃を受け止めたからだ。
両手でとは言え、山民の一撃を。
暗器? いやその様子はない。
老人の手袋に、金属らしき仕込みは見当たらない。
あるとすれば手袋より薄い仕掛け。
あるいは。
「……火浣布か」
「さよう」
文字通り、火で浣える布。
火にさえ耐えるならば、刃に耐えるも道理だ。
だが。
「ふむ。寿命が縮むぞ、ご老人」
「駆け引きにしては稚拙じゃのう、嬢ちゃん」
「単に事実だ。火浣布とやらは初めて見るが、つまるところ石の綿だろう」
燃えず腐らず、火で洗える布。
その布はしかし、長所ばかりではない。
「使えば使うほど、布から目に見えぬ針が飛ぶ。針は肺に刺さり、やがては不治の病を得る――早死にする気がないなら、すぐに手放すことだ。ことに、呪いとなる道具は」
「目に見えぬ針をどう見る、知れたものよ」
「ふむ。遠見鏡について説明してもいいが、ご老人は聞く耳を持つまい――いずれにしろ、呪いにかわりはないが」
老人は黙り込む。
作り話にしては仔細に過ぎる、そう考えて不思議はない。
刃から手を放し、老人が言う。
「呪いか、かかかっ」




