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斬月記  作者: 祭谷一斗
一章 川辺にて
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対峙

 対岸の気配は剣呑けんのんだった。

 雑木林の向こう、複数の気配がある。

 数人ではなく、数十には遠い。

 恐らくは十数。その者たちは、およそ友好とは程遠い。

 明らかに血の気は多く、しかし勇み足には至らない。

 その事がかえって、油断のならなさを示している。


 十数人程度なら物の数だ。

 かつての自分なら、もう踏み込んでいる。

 そう、自分一人ならそれでもいい。

 だが今は師尊シズンがいる。

 逃走や敗北を想定できない以上、無闇には動けない。


「……」


 挑発の文言を辛うじてこらえる。

 安い言葉は、相手に情報を与えるだけだ。


 無言の対峙にれたか、やがて向こうから姿を表した。

 黒い。黒ずくめの衣服の集団だ。

 そんな中、一人だけ灰色が目立つ。

 服はむろん、髪も髪も灰色の老人。

 だが老いを見せるのはそこだけだ。

 中肉中背の見た目は、存分に若々しい。

 その老人が、集団の前に立ってみせる。


「若くして武を修めた者とお見受けしておったが、自ら弱みをさらすとは」


 その位置取りから、師尊シズンの細腕を見て取ったのだろう。

 同時に、こちらの力量も相応に把握されている。

 ますます、油断はならない。


「俺はそこまで自信満々じゃねえ。いくら見え見えだろうが、刹那の時間を稼げるならそうするだけだ」

「お主ほどの者をその気にさせるとは、果たしてどれだけの貴人やらのう。深い。実に、実に興味が深い」

「へっ、貴人だから守ってるとでも思うのか。案外、見る目がねえや」


 確かに、見る目はないかも知れない。

 その事は決して、技量のなさとはつながらない。

 堂々と近寄って来ている以上、むしろさらに警戒すべきだ。

 

「わしの名は凶崖きょうがい。下流の村で裏方・・をやっておる。わしらの目的はその宝石。いま渡しさえすれば考えなくもない、と言って、もはや無駄かのう」

「俺の名は山民サンミン。よく分かってるじゃねえか、じいさん」


 興味がそれで尽きるとも考えにくい。

 むしろ大人しく渡したならどうか。

 かえって師尊シズンに興味を持つこともあり得る。

 後顧のうれいは、今この場限り断っておくべきだろう。


「ならば、しばしの時間、つき合って貰おうぞ」

「いいぜ……魚が焼けるまでならな」

「ざっと四半刻さんじゅっぷんの半分か、大した自信だのう」


 老人は視線で、部下たちに指示を送る。

 黒ずくめたちの反応は、あえて言うなら困惑。

 素直に下がる気はないらしい。

 無視するでもなければ、鵜呑みにするでもない。

 忠誠はまずまずと見えた。


「お前たち、下がっておれ。今からどうあっても、手は出さぬ方がよい」

「正々堂々って奴かい」

「無駄を好かぬだけじゃ。怪我には手も金もかかりおる」

「そっちは怪我じゃ済まねえかもな」

「ぬかしおるわ」


 川越しの対峙から、老人は近づいてくる。

 ひと飛びでは難しい。

 二、三足、それも半ばの岩経由。

 山民サンミンは刀を構え、老人は飛んだ。

 来たるべき道へ、斬月刀をぐ。


「……っ!」


 あるべき手応えはしかし、容易に裏切られる。

 老人が刃を受け止めたからだ。

 両手でとは言え、山民サンミンの一撃を。

 暗器? いやその様子はない。

 老人の手袋に、金属らしき仕込みは見当たらない。

 あるとすれば手袋より薄い仕掛け。

 あるいは。


「……火浣布かかんぷか」

「さよう」


 文字通り、火であらえる布。

 火にさえ耐えるならば、刃に耐えるも道理だ。

 だが。


「ふむ。寿命が縮むぞ、ご老人」

「駆け引きにしては稚拙じゃのう、嬢ちゃん」

「単に事実だ。火浣布とやらは初めて見るが、つまるところ石の綿だろう」


 燃えず腐らず、火で洗える布。

 その布はしかし、長所ばかりではない。


「使えば使うほど、布から目に見えぬ針が飛ぶ。針は肺に刺さり、やがては不治の病を得る――早死にする気がないなら、すぐに手放すことだ。ことに、呪いとなる道具は」

「目に見えぬ針をどう見る、知れたものよ」

「ふむ。遠見鏡について説明してもいいが、ご老人は聞く耳を持つまい――いずれにしろ、呪いにかわりはないが」


 老人は黙り込む。

 作り話にしては仔細に過ぎる、そう考えて不思議はない。

 刃から手を放し、老人が言う。


「呪いか、かかかっ」

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