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斬月記  作者: 祭谷一斗
一章 川辺にて
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贈り物

「貝は網を置けば育てられる。一方で、川魚はそういかない。もし宝石を抱えさせてとして、その回収には手間がかかる」

「そもそも回収できるとは限らないか。なら、なんでこんな真似を?」

「ふむ――まだ分からない。分からないが、貴重なものなのは確かだ。ともあれ 山民サンミン、この真珠は君に返そう」


 手元に宝石・・が返ってくる。

 乳白色に鈍く光る、親指の先端ほどの珠玉。

 正直なところ、理解はできない。

 これを身につけたとして、武術の何になるだろう。


「宝石、か」


 しかし一方で、世での価値はあるらしい。

 矛盾。この矛盾を果たして、どうしたものだろう。

 ひとまずの結論を、山民サンミン は下す。

 この真珠は、自分には扱いかねるものだ。

 わずかに思案し、自らの考えを口にする。


師尊シズン。こいつはお前が受け取ってくれ」

「ふむ。確かに、だ。落とし物をこの時代の官憲に渡したとして、まともな使い方をされるとは思えない――それが高い代物なら、なおさらだろう」


 そのことならば、山民サンミン も理解できる。

 臨時収入・・・・を懐に入れる官憲は後を絶たない。

 皮肉でも諦めでもない、ただ事実としてそうと言うだけだ。

 落とし物を届けたとして、落とし主に渡るとも思えない。


「落とし物は拾い主のもの。その道理であっても不思議はない。つまりこの宝石は」

「なら、なおのこと受け取ってくれ」

山民サンミン。君は自分で思うより、ひどく大胆なことをしようとしている――この宝石について、私は高い(・・)と言ったはずだが」

「聞いてたさ。そいつが高いかどうか俺には分からねえ、でも俺の命ほどじゃねえのは確かだ」


 決して強がりではない。

 山民サンミンにとって、それは事実でしかない。

 今はただ、思うがままを述べているだけだ。


「宝石よりは俺の命だ。そして俺の命は、師尊シズン、助けてもらったお前のものだ」

「――ふむ」

「だから、俺のものはつまり、お前のものって訳だ」

「うまく言い負かされた気もするが――ともあれ受け取っておこう」


 渡した宝石を、師尊シズンは胸元にしまった。

 ひとときの沈黙。

 焚き火の音、川の流れる音だけが聞こえる。


「たとえ話をしていいか」

「? ああ、もちろん」

「知らぬでもない相手から、物を贈られたとする。そのときの感情についてだ」


 何がどうなのか、よく分からない。

 あるいは、と 山民サンミン は考える。

 宝石の価値より、よほど難題なのだろうか。


「貰って嬉しいかどうか、てことか?」

「そんなところだ。なにがしか贈り物をされて、相手をどう思うか――つまるところ、相手への好き嫌いの話だ。 山民サンミン 、君の基準はどうだ」

「……俺の基準、か」


 好き嫌いの基準など、簡単なはずだ。

 簡単なようでいて、存外むずかしい。

 いざ真正面から問われると、その事を痛感する。


「……大層な物かどうかは関係ねえ、そいつがくれた奴であれば何であれ嬉しい。磨いた石ころでも、その辺の川原からんだ花でも。なにか貰ってそう思えるなら、そりゃ相手が好きって事だろ」

「ふむ――それなりに簡潔だな」

「悪かったな、単純で」

「悪いとは言っていない」


 ふたたび、沈黙。


「では 山民サンミン、もし――」

「……話は後だ」


 刀を手に取り、山民サンミン は構える。

 対岸の気配は友好的と言いかねた。

 構えながら、師尊シズンの前に出た。

 いざと言うとき、自分が盾になるように。

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