贈り物
「貝は網を置けば育てられる。一方で、川魚はそういかない。もし宝石を抱えさせてとして、その回収には手間がかかる」
「そもそも回収できるとは限らないか。なら、なんでこんな真似を?」
「ふむ――まだ分からない。分からないが、貴重なものなのは確かだ。ともあれ 山民、この真珠は君に返そう」
手元に宝石が返ってくる。
乳白色に鈍く光る、親指の先端ほどの珠玉。
正直なところ、理解はできない。
これを身につけたとして、武術の何になるだろう。
「宝石、か」
しかし一方で、世での価値はあるらしい。
矛盾。この矛盾を果たして、どうしたものだろう。
ひとまずの結論を、山民 は下す。
この真珠は、自分には扱いかねるものだ。
わずかに思案し、自らの考えを口にする。
「師尊。こいつはお前が受け取ってくれ」
「ふむ。確かに、だ。落とし物をこの時代の官憲に渡したとして、まともな使い方をされるとは思えない――それが高い代物なら、なおさらだろう」
そのことならば、山民 も理解できる。
臨時収入を懐に入れる官憲は後を絶たない。
皮肉でも諦めでもない、ただ事実としてそうと言うだけだ。
落とし物を届けたとして、落とし主に渡るとも思えない。
「落とし物は拾い主のもの。その道理であっても不思議はない。つまりこの宝石は」
「なら、なおのこと受け取ってくれ」
「 山民。君は自分で思うより、ひどく大胆なことをしようとしている――この宝石について、私は高いと言ったはずだが」
「聞いてたさ。そいつが高いかどうか俺には分からねえ、でも俺の命ほどじゃねえのは確かだ」
決して強がりではない。
山民にとって、それは事実でしかない。
今はただ、思うがままを述べているだけだ。
「宝石よりは俺の命だ。そして俺の命は、師尊、助けてもらったお前のものだ」
「――ふむ」
「だから、俺のものはつまり、お前のものって訳だ」
「うまく言い負かされた気もするが――ともあれ受け取っておこう」
渡した宝石を、師尊は胸元にしまった。
ひとときの沈黙。
焚き火の音、川の流れる音だけが聞こえる。
「たとえ話をしていいか」
「? ああ、もちろん」
「知らぬでもない相手から、物を贈られたとする。そのときの感情についてだ」
何がどうなのか、よく分からない。
あるいは、と 山民 は考える。
宝石の価値より、よほど難題なのだろうか。
「貰って嬉しいかどうか、てことか?」
「そんなところだ。なにがしか贈り物をされて、相手をどう思うか――つまるところ、相手への好き嫌いの話だ。 山民 、君の基準はどうだ」
「……俺の基準、か」
好き嫌いの基準など、簡単なはずだ。
簡単なようでいて、存外むずかしい。
いざ真正面から問われると、その事を痛感する。
「……大層な物かどうかは関係ねえ、そいつがくれた奴であれば何であれ嬉しい。磨いた石ころでも、その辺の川原から摘んだ花でも。なにか貰ってそう思えるなら、そりゃ相手が好きって事だろ」
「ふむ――それなりに簡潔だな」
「悪かったな、単純で」
「悪いとは言っていない」
ふたたび、沈黙。
「では 山民、もし――」
「……話は後だ」
刀を手に取り、山民 は構える。
対岸の気配は友好的と言いかねた。
構えながら、師尊の前に出た。
いざと言うとき、自分が盾になるように。




