珠玉
「すまねえが、こいつを川で洗っておいてくれ」
小太刀を渡し、魚の中身を確かめる。
引っかかるは当然であった。
珠玉、とでも言えばいいのか。
親指の先ほどに丸く、乳白色に光る玉。
これが貝なら、内に実を結ぶこともある。
だが目の前の生き物はどうか。
流れるような線の形に、胸びれ背びれ、そして尾びれ。
貝殻などあるはずもない。どう見ても魚だ。
念のため、珠玉の周囲を確かめる。
石以外、目立った痕跡は見当たらない。
おそらく、と山民は考える。
この珠玉は、自然に生まれたものでは無い。
「山民、これでいいか」
川から戻ってきた師尊に頷き返す。
小太刀を受け取り、そのまま懐に収めた。
そうして山民は、右手で珠玉を取り出してみせる。
「串が通せないのも道理だ、こいつが仕込まれてやがった」
「ふむ。それが仕込みならば、なぜ魚は釣り鉤に食いつけた」
「傷が浅くなる細工だったんだろうさ。少しだけ切って、仕込んだら縫う。後は放流すればいい」
左手に乗る、半身と半身になった魚を眺める。
石の他には特に、何もまぎれていない様に見える。
「……魚の中身、確かめてもらえるか」
「ふむ。だが何を確かめる」
「毒か入ってるかどうか、だ」
師尊は顔をしかめる。
もっとも、眉をわずかに寄せただけだ。
山民以外にはそうと知れまい。
「――食べる気か。この魚も」
「ああ」
「興味本位、という訳ではなさそうだが」
それ以上は言わなくてもいいと、軽く制する。
「こいつの命を断った以上、無駄って事にはしたくねえ」
むろん、自己満足だ。
それを言えば、恩義も武術も自己満足と言えた。
自己の満足を捨ててまで、生きてはいけない。
そう山民は考えている。
「無論、自己満足なのは分かってる。で、どうだ?」
「――見たところ、毒はない」
「ならいいさ」
半身と半身を串に刺し、焚き火の脇に立てた。
身が薄くなった分、火の通りは早くなるはずだ。
「あくまで見たところだ。私としては薦められない」
「意地の問題だからな」
わずかに落ち着かない表情。
心配をしてくれているのだと、山民は受け取った。
「気持ちだけは、ありがたく頂いておくぜ」
「腹を壊したら」
「その時は、存分に笑ってくれ」
魚の件は済んだ。
しかしながら、この珠玉はどうするべきか。
「ついでに、これが何だか分かるか?」
「まあ真珠、だろうな」
「宝石で間違いねえんだな」
「この大きさと乳白色、かなりの額になるはずだ。まだ養殖も何もないだろう」
「養殖?」
「ふむ。貝に石を抱かせて、それを宝石で覆わせる方法だ」
師尊に言わせればこうだ。
真珠とはつまり、あらかたが貝の分泌物なのだと言う。
貝は中に入り込んだ異物に対し、分泌物を出すことで対抗する。
その異物は、貝が育つほど大きく成長する。
「つまり……こいつみたいに、か」
焚き火で焼かれる、魚の姿を見る。
石を取り出されたことに変わりはない。
変わりはないが、より好かない気持ちはあった。
「ふむ。魚に真珠を抱かせるとは聞かない」
「年のために聞くが、そうやっても育たないのか?」
「魚と貝は違う。第一、川魚は容易くあるまい」




