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斬月記  作者: 祭谷一斗
一章 川辺にて
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珠玉

「すまねえが、こいつを川で洗っておいてくれ」


 小太刀を渡し、魚の中身を確かめる。

 引っかかるは当然であった。

 珠玉、とでも言えばいいのか。

 親指の先ほどに丸く、乳白色に光る玉。


 これが貝なら、内に実を結ぶこともある。

 だが目の前の生き物はどうか。

 流れるような線の形に、胸びれ背びれ、そして尾びれ。

 貝殻などあるはずもない。どう見ても魚だ。


 念のため、珠玉の周囲を確かめる。

 石以外、目立った痕跡は見当たらない。

 おそらく、と山民サンミンは考える。

 この珠玉は、自然に生まれたものでは無い。


山民サンミン、これでいいか」


 川から戻ってきた師尊シズンに頷き返す。

 小太刀を受け取り、そのまま懐に収めた。

 そうして山民サンミンは、右手で珠玉を取り出してみせる。


「串が通せないのも道理だ、こいつが仕込まれてやがった」

「ふむ。それが仕込みならば、なぜ魚は釣りはりに食いつけた」

「傷が浅くなる細工だったんだろうさ。少しだけ切って、仕込んだらう。後は放流すればいい」


 左手に乗る、半身と半身になった魚を眺める。

 石の他には特に、何もまぎれていない様に見える。


「……魚の中身、確かめてもらえるか」

「ふむ。だが何を確かめる」

「毒か入ってるかどうか、だ」


 師尊シズンは顔をしかめる。

 もっとも、眉をわずかに寄せただけだ。

 山民サンミン以外にはそうと知れまい。


「――食べる気か。この魚も」

「ああ」

「興味本位、という訳ではなさそうだが」


 それ以上は言わなくてもいいと、軽く制する。


「こいつの命を断った以上、無駄って事にはしたくねえ」


 むろん、自己満足だ。

 それを言えば、恩義も武術も自己満足と言えた。

 自己の満足を捨ててまで、生きてはいけない。

 そう山民サンミンは考えている。


「無論、自己満足なのは分かってる。で、どうだ?」

「――見たところ、毒はない」

「ならいいさ」


 半身と半身を串に刺し、焚き火の脇に立てた。

 身が薄くなった分、火の通りは早くなるはずだ。


「あくまで見たところだ。私としてはすすめられない」

「意地の問題だからな」


 わずかに落ち着かない表情。

 心配をしてくれているのだと、山民サンミンは受け取った。


「気持ちだけは、ありがたく頂いておくぜ」

「腹を壊したら」

「その時は、存分に笑ってくれ」


 魚の件は済んだ。

 しかしながら、この珠玉はどうするべきか。


「ついでに、これが何だか分かるか?」

「まあ真珠、だろうな」

「宝石で間違いねえんだな」

「この大きさと乳白色、かなりの額になるはずだ。まだ養殖も何もないだろう」

「養殖?」

「ふむ。貝に石を抱かせて、それを宝石で覆わせる方法だ」


 師尊シズンに言わせればこうだ。

 真珠とはつまり、あらかたが貝の分泌物なのだと言う。

 貝は中に入り込んだ異物に対し、分泌物を出すことで対抗する。

 その異物は、貝が育つほど大きく成長する。


「つまり……こいつみたいに、か」


 焚き火で焼かれる、魚の姿を見る。

 石を取り出されたことに変わりはない。

 変わりはないが、より好かない気持ちはあった。


「ふむ。魚に真珠を抱かせるとは聞かない」

「年のために聞くが、そうやっても育たないのか?」

「魚と貝は違う。第一、川魚は容易くあるまい」

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