190 シシャモ
───死亡───
やられた。
『警備部』での攻防はすぐにも決着しそうだ。
ムックさんもたぶん、あの『マギミスリル』の攻撃に倒されてしまったはずだ。
復活した。
僕の復活位置は『城』の中、宝物庫前だ。
周辺にはNPCドールの騎士たちが忙しなく準備をしている。
「周辺の様子は?」
僕は赤い馬のマークがついたNPCドールに尋ねる。
───街まで攻め込まれました。城に入られるのも時間の問題です───
NPCドールの騎士たちは少ないながらもスキルが使える。
使えるスキルはまちまちだけど、数が揃えばそれなりの戦力にはなる。
そんなスキルの使用音が城の中で響く。
言ってるそばから入り込まれたようだ。
僕は動かない。
大首領様の謁見の間に行くには、この宝物庫の前を通らないと行けない。
戦闘音が近づいて来る。
周囲のNPCドールたちが音の方へ動き出す。
曲がり角から、NPCドールが吹き飛ばされてきた。
僕は『動く棺桶四型』をインベントリから出すと、急いで乗り込んだ。
そのヒーローはキラキラと輝いていた。
『マギクリスタ』に似た少し丸みのある全身鎧だけど、透明な水晶で覆われている部分が細かく平面の多い虹色に光る透明な石になっている。
『マギダイヤ』だろう。
煮込みさんくらいの身長で小柄な印象がある。
「また怪人なの?」
『リビコフ四型』の目を光らせる。
「ロボット?」
「ここは通行止めだよ」
僕は『リビコフ四型』専用装備の巨大斧槍を一振りして言った。
「ふーん。大きくても、ボクの硬さをどうにかできるとは思えないけどネ」
僕は話す代わりに斧槍を振り下ろした。
「わっ! いきなりとか卑怯だぞ!」
腕を上げて頭を守る『マギダイヤ』だが、それなりのダメージが通る。
「いっつー!」
斧槍を振り払って、『マギダイヤ』が手をぷるぷると振る。
なんだか今までにない反応だ。
「まさか、ボクの防御力を抜ける攻撃力なんて、想定外だよ、いたた……」
「これで終わりだと思うな!」
斧槍で『マギダイヤ』を振り払う。
「あぶっ……とと、こんのっ! 【金剛力】」
ごうんっ! と破鐘のような音が響く。
ダメージは「1」点だが、『リビコフ四型』が凹んだ。
なんだこのパワー……。
「ええっ! これで一点なの? ば、化け物?」
「こっちのセリフだよ!」
斧槍を振るう。
『リビコフ四型』の大きさは通路に合わせた設計で、敵の逃げ場がほぼないくらいの幅だ。
少しの動きで斧槍はどこでも届く。
十合、二十合とやりあうが、『マギダイヤ』の硬さで決定打が打てない。
『マギダイヤ』も埒が明かないと思ったのか、距離を取った。
「こうなったら、ボクの必殺技だ! 【人造ダイヤモンド】!
MP全部、持っていけー!」
『リビコフ四型』の動きが止まる。
つまり、装備重量とは別の要因で動きが止まっている。
べこんっ! と『リビコフ四型』が凹む。
「くっ……まずい……」
装甲の薄い関節部が……。
「まだまだ、怖いのはこれからだよ!」
ポコ……ポコポコ……。
何の音かと思えば、『リビコフ』の動きを支える内部機構が温まってきていた。
人造ダイヤモンドは高熱、高圧力によって作られる。
確かそんな話を聞いた記憶がある。
人肌の温かさが熱い風呂を超えて、どんどん加熱されていく。
「うぅ……排出!」
熱で膨張したスライムと共に『リビコフ四型』から吐き出される。
「げほっ……げほっ……」
「まだ子供……あっ……まずい……」
べきべきっ……と、『リビコフ四型』が潰れていく。
『マギダイヤ』はMPの使いすぎか、ふらふらして、どうにかアンプルを取り出している。
僕は口元を拭い、『マギダイヤ』を睨む。
『リビコフ四型』はダメになったけど、修理が終わった『リビコフ一型』を取り出している暇はない。
肉体的な問題は、少しダメージを受けているだけだ。
僕は駆け出した。
「グレンさんだって戦闘員の時にやってるんだ! 僕だって! 【神呑み】」
僕の右腕が蛇頭に変化する。
体力がぐんと減る。
右腕の蛇頭が伸びる。
「えっ、蛇……」
大きく口を開けた蛇頭が『マギダイヤ』を呑み込む。
「きゃあ!」
バクンッ!
蛇頭の中に『マギダイヤ』の上半身が消えた。
少しずつ、少しずつ『マギダイヤ』が消える。
呑み込んでいく。
ゴツゴツとした鎧。でも、不思議と嫌じゃない喉越しだ。
エネルギーが満ちる感じがする。
『マギダイヤ』が消えた。
───神・金剛夜叉明王を呑みました───
蛇頭が伸びる。蛇頭に角が生え、鱗が逆立ち、背鰭と毛が生えてくる。
あ、あ、まずい……取り込まれる……。
暗い。暗くて重い。冷たい。冷たくて重い。
誰もいない。何もいない。
孤独。
海の底。
追放処分。
こいつは際限なく大きくなる。危険だな。
待ってくれ。性格的にも大人しい。ちゃんと教えてやれば大丈夫だ。
なにが大丈夫だ? この前は森ひとつ呑み込んだぞ!
力も強い。生まれて間もないというのに、マグニですら持ち上げられなかったんだぞ。
そうだ。それにこのぶくぶくと太った身体を見ろ! 巨人よりも醜悪で意地汚いじゃないか!
お前たちが恐れるからだ! 恐れ近づかなければ、こいつは食うことしか知らん。
ちゃんと教育してやれば……。
テュール。そう言って教育したあの狼はどうなった? ヴィーザルを殺しそうになったんだぞ!
そうだ。それに父親はあの悪神だ。何を仕込まれているやもしれん。
フェンリルは繋いだ。確かに多少わんぱくになったが、お前が恐れるフェンリルはもう何もできない。
片腕を喰われておいて、何を偉そうに……。
それなら、もう片腕もくれてやる。こいつには何もしないでくれ。
待て。両腕をなくした戦神など糞の役にも立たん。それは許さん。
だが、それではあの怪物に全てを呑まれるぞ!
それも許さん。
片眼の叡智よ! ならば残った腕はお前の物だ。どうかこいつには慈悲を!
よかろう。ならば、こいつには何もさせぬ。我らも何もせぬ。それで赦そう。
ありがたい。
ヨルムンガンド。お前は海底に追放とする。
テュール、お前の腕は俺の物だ。俺の代わりに剣を持て。俺の代わりに敵を討て。いいな。
……分かった。俺の腕はお前の物だ。片眼の叡智よ。
大きいとダメなんだ。よく分からない。
重いのもダメらしい。よく分からない。
生まれてきちゃダメだったのかな?
それも、よく分からない。
いいか。お前は海の底で自由に生きろ。
それでも兄よりはマシなのだから。
永遠の苦しみに苛まれることはない。
一人で生きろ。
独りになった。お腹が減った。海の水を呑み込んだ。呑み込んだら大きくなった。
どれだけ呑んでも怒られない。どれだけ大きくなっても、どれだけ重くなっても怒られない。
どれだけ呑んでも、満たされない。
最初は楽しかったけど、やがて飽きた。
昼も夜もない。そもそも何もない。
何もできないし、何もされない。
僕は独りだった。
僕ってなんだろう?
微睡みの中で、ふと思う。
兄がいるらしい。妹もいる。
遠い、遠い記憶。
微睡みの中に浮かぶ澱みたいなものだ。
仕方がない。僕にできるのは、呑むことだけだ。
しゅうあくでいじきたない僕は独りだった。
実は静乃の提唱する痛みは信号説を一番忠実に再現しているシシャモくん。
痛みと死を別々に捉えているので、痛みは感じますが、恐怖はありません。
彼が感じる恐怖に死への恐れはありません。
やっばい、身体動かなくなっちゃう!はあっても、死にたくない!はないです。
そんなマヒした感覚に惹かれて、彼はやってきましたw




