188 side︰煮込み
私の仕事は『食堂部』の怪人として黒部隊十名とNPCドールを導き、敵を誘導することだった。
もう、最奥部まで突破されて、この『食堂部』はミスルートだとバレてしまったから、守る意味はほぼ無い。
『食堂部』の重要施設は人間アバター設定機くらいで、どうにかこれだけは前回も守りきったけれど、黒部隊として守備についたはいいものの、敵はこちらに来る様子がない。
ホント言うと、少しだけホッとしてしまっていた。
痛いのが嫌だからだ。
凄い心臓の鼓動が高鳴る。それこそ死んじゃうんじゃないかと思うくらいに。
このまま、残りの一時間半が過ぎればいいのに、なんて意味の無いことを考える。
私は怪人『マンティスミザリー』なのに、戦わないで時間が過ぎればいいとか思ってしまう卑怯者だ。
三回、死んだ。
死ぬ度に恐怖が膨らんで、痛みの怖さを知る。
リアル設定じゃない時なら、私は勇敢でお茶目でプリティな戦士だ。
でも、今の私は役立たずだ。
グレンからMP切れで死ぬ時は痛くないと聞いて、『死にワープ』を使う時はそうしてしまう。時間が掛かるから褒められた行動じゃない。
『リヴァース・リバース』が好きだ。
他のレギオンと違って、自由がある。
自由なだけじゃない。みんなで考える自由だ。
ただ、好き勝手やっていい自由じゃない。
ちゃんとみんなでルールを作り、それを何度も考え直す自由だ。
何度か幹部にならないかと聞かれた。
私は幹部にはならなかった。手伝いはしたけど、信頼があるから、私が幹部じゃなくていいと思えたからだ。
現場でヒーロー相手に戦うのが好きだから、仲間たちと力を合わせて頑張ることが好きだから、私は幹部にならなかった。
このゲームには達成感がある。
ヒーローに勝てなくても、ある種の達成感を得ることは可能だ。
少しづつ攻略法を探ってみたり、動きのパターンを探ってみたり、やることはたくさんある。
みんなの自由な発想を試して、検証するのは楽しい。
でも、痛くて苦しいのは楽しくない。
じゃあ、なんで参加しているのか。
頑張るみんなを見捨てられなかったからだ。
グレンはバカだ。もしくはドMだ。
普段からリアル設定にしてるから、こういう時に輝いて、まるで勇者のような扱いをされて、自分だって死ぬ思いをしたい訳じゃないのに、自分しかいないと思って頑張ってる。
サクヤはバカだ。
『ブラッククロニクル』を捨てられないと言いながら、心はとっくに『りばりば』に移しているのに、経験者だから、復讐だからと自分自身に言い訳して、頑張ってる。
ムックはバカだ。
散々心が死ぬような思いをして、そんな思いを他の人に味あわせたくないからと、PKK部隊なんてものを組織して、いざ、ラグナロクイベントになってから戦っているのは、肉体の痛みなら気にならないからだなんて、嘯いて。
本当は痛くて苦しいはずなのに、『りばりば』がなくなって悲しむ仲間を出さないために頑張ってる。
幹部はバカだ。
特にレオナは大バカだ。
幹部だけは強制参加なんてルールを作った。
レオナはこのイベントのために有給休暇を全部消費する気らしい。
寝る間を惜しんで、ログインを続けて、わざわざ痛くて苦しい思いをしようとしている。
つまるところ、みんな自分の居場所を守りたいから頑張ってるのだ。
私はどうだろう?
これでもベータの頃からやっているおかげで、他のレギオンにも友達はたくさんいるし、ノルマ無しにしてやるからウチに来いよ、と言ってくれる幹部を何人も知っている。
いざとなれば、そういう人を頼ってもいいのだ。
このイベントから外れる唯一の方法は、このレギオンを抜けることだというのは、当初から気づいていた。
でも、そうしない。痛みの記憶がなくなるから、いつも通りにログインしてしまうというのはある。
だけど、それでも毎回、避難所にも行かず、レギオンを辞めもせず、怖い、怖いと思いながら参加する。
好きなのだ。今の仲間たち、作り上げてきたレギオンの雰囲気、それからこのイベントをクリアできたとして得られる達成感。
それらを考えると、レギオンを辞めることも、避難所に行くこともできなくなる。
怖いし、痛くて苦しいのは嫌だけど、仲間たちに顔向けできなくなるのも嫌だ。
グレンみたいに痛みを怒りに変えたり、ムックのように、サクヤのように、レオナのように、辛さを乗り越えたり、義務として受け入れたりはできないけれど、私もやっぱりみんなと頑張りたいと思ってしまう。
終わってから、自分が笑顔でいるために。
大首領︰全体チャットにて我が命を伝える。
我が剣、怪人・闇の堕天使に敵首魁の討伐を命じた。
全レギオン員は我が剣のRTAを全力で支援せよ!
最速ルートを解放せよ!
なお、我が命尽きる時、この攻略は失敗するものとする!
全体チャットに大首領様の言葉が流れる。
グレンはすぐにも応じて動くだろう。
責任重大な役だ。
ダメージを出せなくても、敵を倒せる技を持っているから、適任と言えば適任だ。
でも、条件は厳しい。
「なあ、煮込みちゃん、どうするてぶ?
昨日の戦闘で食堂部に道がないのはバレてるてぶ。
最低限の防備だけして、グレンの援護に行く方が良くないかてぶ?
もちろん、俺が行くつもりてぶ」
私と一緒に守りについているムサシが言ってくる。
私が嫌々戦っているのは、さすがに見ていれば分かるだろうから、ムサシは自分が出るつもりで声を掛けてきた。
「いや、私が行くミザ。
最低一人は怪人が残らないと、いざって時に人間アバター設定機が守れないから、それはムサシにお願いするミザ」
「でも、煮込みちゃんてぶ……」
「お願いミザ!」
「……分かった。辛くなったら変わるからなてぶ」
「ありがとうミザ!」
私は『大部屋』へと向かった。
『大部屋』に出た瞬間、グレンが『大部屋』に飛び込んでくるのが見えた。
「なっ……肩パッド! そうか、行かせねえぞ!」
グレンに聞こえているかはともかくとして、『マギシルバー』の声が聞こえた。
「行かせないのはこっちミザ!」
私は『マギシルバー』に突っ込んでいった。
『マギシルバー』の【白銀の矢】をグレンの代わりに受け止める。
【甲虫の鎧】と【オーク材の壁】で防御を高めても、とても痛い。
ちょっと泣きそうだ。
「うーミザ……」
半泣きしながら、私は『マギシルバー』と戦うのだった。




