168
場面が切り替わって、青い光に照らされた空間。
風化しかけた玉座では大首領の黒いモヤが悲しそうに蠢いていた。
「悲しいことだ……我は動くことすらままならん……皆が戦っているというのに……くっ……」
俺は復活した。
「お……おお、グレンよ、死んでしまうとは情けない! セーブするか? それとも旅立つか? おっと、この世界にセーブはなかったか!」
「ゐーんぐ……〈俺の顔見た瞬間にテンション変えるのやめろや……〉」
さっきまでの悔しそうな怨嗟のことなどなかったかのように嬉々としてどこかで聞いたようなネタをぶち込んでくるなよ。
二分半、きっちり大首領が苦しみと悲しみの声を上げ続けている姿を観させてもらったよ。
「いや、求められると、ついな……」
「ゐーんぐっ!〈求めてねえ! それはそうと、俺の防衛位置ってここかよ……〉」
「うむ。防衛位置の設定は来たことのある場所にしかできぬゆえな」
まさかの最後の砦に選ばれているとは思わなかったよ。
「ゐーんぐっ!〈この城に一回しか来たことがないから、道が分からねえ。どうやって出る? 早くみんなのところに戻りたいんだ〉」
「たしか、翼があったな……ならば早いのは大扉を出て右、ひとつめの左手の扉を抜ければ外廊下があるぞ」
「ゐーんぐっ!〈了解! あ、あと大首領様よ。嘆いていても何も変わらない。そんなんなら俺たちの勝利を信じて応援してくれ!
他のやつらにそんな顔……そんな悶え苦しむモヤは見せないでくれよ〉」
「ああ、すまんな。もういい歳だというのに……」
「ゐーんぐっ!〈大人だって泣いたり苦しんだりするさ。ただそれを感じさせない度量はあっていいと思うぞ!〉」
大首領の横や入り口扉に並ぶNPCドールたちの顔に浮かぶのは、全員「……。」だ。
そいつらをチラと窺ってから大首領を見る。
「うむ、たしかに我とて一人の大人ゆえな。
では、グレンよ。我らの勝利のため、頑張ってくれ! 期待している!」
「ゐーんぐっ!〈おう、我が王の期待に恥じることのない働きを!〉」
俺は胸に手を当て、斜め四十五度で手を挙げた。
そのまま振り向いて走り出す。
NPCドールの兵士たちが、俺に合わせて大扉を開けた。
右、少し進んで左手の扉を抜ける。少しの廊下があって、その先の扉を開けると外からの光が射し込む外廊下だった。
外を見る。『街』が広がっている。
煙が上がっているのは工房関係だろう。
おそらく、ポーションや武器の増産を休みなく続けている。
子供のNPCドールまでもが荷車にポーションを積んで、押している。
そのくせ『街』は静かだ。忙しく立ち働いている姿は見えるが、遊んでいたり、休憩するNPCドールの姿がない。
まさに戦時下という雰囲気だ。
早く終わらせてやらなきゃな。
俺は【飛翔】して街の出口を抜けて、走って『大部屋』に駆け込む。
俺のテイムモンスターたちが待っていた。
そうか、俺が死ぬとテイムモンスターたちも全滅するんだった。
「赤の扉だ。黄色は囮だった。赤の扉が本命だ」
『大部屋』に入って黄色い扉に向かったところで、今日の司令官オオミがハッキリと言った。
「青も黄色も動かせる人員がいない。
グレン、頼む……」
俺は頷いて赤い扉を開けた。
「うききっ! どこで知ったかしらないが、そいつは唱えさせねえ! 【身外身の術】」
大量のメカ猿が『ゴクウスター』から放たれ、メカ猿はミニゴクウスターの姿となってあちこちに走っていく。
『りばりば』戦闘員に張り付いて爆発。
四桁ダメージ。
何故か強くなっている。
「て、天界・仙界……あひゃあ、猿ばっ……!」
ズドン!
かなり攻め込まれている。
ヒーローが四人。
『ゴクウスター』と『マギクリスタ』、それから鹿頭のヘルメットと機械式鎧のヒーロー。何スターだろうか? 暫定『シカスター』。
さらに『イナリスター』は再生ヒーローだ。
既に全ヒーローが『りばりば』側の陣地近くまで来ていて、『ゴクウスター』と『マギクリスタ』は後衛で陣地の外からスキルを放ち。
『イナリスター』は変体してキツネ姿で魔法壁の内側に混乱を齎している。
『シカスター』はやはり魔法壁の内側まで入り込んでいて、鹿角が銃になって乱射したり、突進、ジャンプからのキックと大暴れしている。
「コーン! いくら速くても、小回りなら負けない!」
『イナリスター』を『ダチョウランニングシューズ』と『アンブレミンゴ』が追いかけていて、『シノビピロウ』が『マギクリスタ』とスキル戦闘をしている。
『カマスコティッシュ』は『シカスター』と戦っているが、劣勢だ。
『ゴクウスター』には果敢にも戦闘員が金箍咒を聞かせようと走るが全て言い終わるまえに潰されている。
自陣の奥で唱えても無駄なようだ。
俺の【言霊】も声が届かない相手には効かないしな。
どいつも邪魔だが、『イナリスター』の『もふもふ恍惚』がダントツでウザい。
『りばりば』戦闘員の最大火力を引き出し味方を攻撃させる状態異常は一瞬とはいえ、トラウマレベルに後味が悪くなる状態異常だ。
まず捕まえる。そう決めて俺は自陣の中を進む。
「肩パッド!」「肩パッドだ……」「肩パッドが来たぞ!」
「はんっ! 英雄気取りか肩パッド!
お前がそこらのお仲間を虐殺したら、どうなるだろうな?」
『イナリスター』が小さなキツネのまま器用にこちらへと向かってくる。
またフジンに怒られても知らんぞ。まあ……
「ゐーんぐっ!〈俺の肩は満員だから乗せないけどなっ! 【誘う首紐】〉」
キツネの首に鎖の首輪をかけて、引っ張る。
そのまままずはパンチだ。
ずん! と鈍い音がして、「1」点ダメージ。
へ、変身するの忘れてた。
「感じねえな! 【媚び売る妖体】」
「ゐーんぐっ!〈【飛翔】! 変身!〉」
俺は空へと舞い上がることで肩に乗られるのを拒否。それから変身した。
これは後から聞いた話というか、半ば伝説として語られるようになった俺の汚点だ。
✣彼は地より飛び立つ。生贄の獣を引き連れている。ゆっくりと空を目指すかに見えた彼は、神々しい光と共に招来した。黒き翼、頭頂に戴く光輪、光をもたらす者。その天使語を理解できたのは僅かだが、彼は自らを闇の堕天使・フォールン・ジェットと名乗った。暗闇に射し込む一条の光。地獄を統べる者。それを見た総ての亡者たちは我知らず祈った。それを見た総ての使徒たちは凍りついた。まるで彼の世界に招待されてしまったかのように✣
「ゐーんぐっ!〈まずは地獄を味わえ、クソ狐! 【一揆呵成】〉」
✣彼の尻尾が生贄の獣へと伸びる。生贄の獣は地獄の熱を浴びて悶え苦しむ。それを愉悦交じりの嘲笑で一瞥すると、本性を表した。融合体化である。爪は恐ろしいほどに長く鋭く、顔はケダモノで牙と角が伸びる。天より神鳴る怒槌を降らせると、使徒へと降り注ぐ。彼自身が怒槌のように墜ちると、使徒へと亡者の怨嗟を聞かせる。使徒は頭を抑え、苦しみ始める✣
「ゐーんぐっ!〈全員、声を揃えろ!〉」
「声を揃えてって言ってるランニン!
行くランニン……せーのっランニン!」
「「「天界・仙界・冥界、三界の重みによって、汝を縛る箍なり! 天界・仙界・冥界、三界の重みによって、汝を縛る箍なり! 天界・仙界……」」」
「うぎぎぎぎぎぃぃぃーっ! やめ……割れる……」
「ゐーんぐ……〈これの痛みは分かるのか……スキル効果だからか? まあいい、五分休憩して来いよ! 【神喰らい】……〉」
✣使徒を喰らい愉悦に浸る顔は悪魔であり、だが美しき翼と光輪は天使である。その様はまさに闇の堕天使。凡百の使徒が如何に光ろうとも、その昏い輝きに吸い込まれるばかり✣
「く、来るな! 【光線乱舞】」
「ゐーんぐっ!〈正面からなら数発は耐えられるんだよっ! 【神喰らい】〉」
✣やがて、使徒の光は彼の牙に傷をつけるものの、昏い輝きに呑み込まれるに至る。なんということか、彼の動きは雷火の如く、最後の使徒へと迫る。使徒は獣に変じて逃げようとしたが、彼の動きは月喰らう獣。遂に獣を捕らえると、その血をほしいままに飲み干した✣
「ゐーんぐっ!〈【雷瞬】!〉」
「ひっ……【変体神使】【草食の逃げ足】!」
「ゐーんぐっ!〈逃がすか! 喰らえ! MPパンパン【満月蹴り】〉」
俺の蹴りによって繰り出される満月弾はいつもより膨れ上がっている気がする。何しろ『ゴクウスター』と『マギクリスタ』のMPも上乗せされて三千五百超えてるからな。
『マギクリスタ』のユニークは『太陽の光の神』というやつで、優しい甘辛な感じがした。積極的にいただきたい感じだった。
「くおっ! なっ……一撃でこの『ロクヤスター』のHPが全損……バ、バカな……」
『シカスター』じゃなかった。
「くっ……ああ……熱い……いっそ殺し……て……くれ……」
俺の左腕から結ばれている『イナリスター』がまだ悶えていた。
【神喰らい】。
ユニークなしか。残念……。意外と甘い脂が、ジュワジュワ出てくる。味は良いな。
「すげ……」「や、闇の堕天使様、すごすぎん?」「俺は伝説を見た……」
「今の内に押し返すピロ!」
「「「イーッ!」」」
「グレンさん、すごいランニン!」
「ゐーんぐっ!〈ばよえ〜んやムック、みんながヒーローと向き合ってくれていたからな。隙を突かせてもらったよ。まともに対峙していたら、こうは行かなかったと思う〉」
「え、えへへランニン……」
「ゐーんぐ……〈それより、これで終わりじゃない。ちゃんと傷を治しておけよ。相当、痛いだろ、それ……〉」
『ダチョウランニングシューズ』だけに留まらず、怪人たちは全員ボロボロだ。
「痛いけど、りばりばのみんなと離れ離れになるの嫌だから、頑張れるランニン!」
「こけー……」
「あ、キウイちゃんランニン!」
キウイが台車を引いてやってくる。
同じ飛べない鳥同士だからか、ばよえ〜んとキウイって仲良いよな。
「グレンさん、助かったピロ」
「ゐーんぐっ!〈ムック、お互い無事で良かったよ!〉」
「この霧胡瓜はもらっていいやつピロ?」
ムックはお互いの健闘を称えあうというより、胡瓜狙いだな。もちろん、胡瓜を渡してやる。ムックはバランス型だが、結構MPスキルが多いはずだしな。
野菜モンスターたちも頭に載せたり、口で咥えたり、持てるやつは普通に手に持ってレッドマンイチゴや霧胡瓜を配って回る。
ほんの少しの休憩時間だ。
「ゐーんぐ?〈そういえば、ムックはなんで痛みに耐えられるんだ?〉」
「心の痛みの方が痛いって知っているからピロ」
分かるでしょ。という顔をされてもな……。
深淵をのぞいて、深淵からのぞかれたくないので、ウンウンワカルワーと答えておく。
PKK部隊は意外と身体の痛みに強いのかもな。『カマスコティッシュ』も平気そうな顔をしている。
さっと辺りを見回すと、一部で俺を拝んでるやつらがいる。
やめてくれ。
俺はそちらから顔を背けて、敵陣を睨んだ。
散発的な攻撃。
あきらかに士気が低下している。
今がチャンスかもな。
✣✣←このマークの間はあやふやな記憶の『りばりば』戦闘員が少しでもラグナロクイベントの状況を伝えようと総合グレンスレに書き込んだもので、後に伝説となりました。
誰かの偉業を称えるレスを書き込む時に十字マークで挟むのが流行ったとかなんとか……。
✣彼はその時、不屈の闘志を持って嗤ったのだ。ヒーローは勝つからこそヒーローなのだと✣
✣彼はその時、不屈の闘志を持って嗤ったのだ。農業は諦めないからこそ農業なのだと✣
定型文が生まれていますw




