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灰色の全身タイツ。
それはどこのレギオンにも属さない野良戦闘員たちだった。
「ええと、レオナって人と肩パッドが保証してくれるってSIZUに聞いたんだけど?」
「シズ?」
レオナが俺に視線を向ける。
従妹が俺に、楽しみにしていろって言ってたのは、もしかしてコレか?
いや、待て、そもそもなんで参加者以外が『信楽焼の狸』を壊せる?
ルールでは、魔法文明所属レギオンには、今回のレギオンイベントが告知され、それらに対して参加者は不可侵となります、とあった。
そうか、これも抜け道か。
魔法文明所属だが、レギオン員じゃない野良戦闘員は不可侵じゃないということか。
「ゐー〈たぶん、従妹だ〉」
「なあ、供給してくれる武器のレベル、どうなの?」
野良戦闘員の代表らしきやつが、業を煮やして、もう一度、聞いてくる。
「え、ええ、大丈夫です。協力してくれるなら、報酬もお約束します」
レオナが答える。
「ひゅー!」「やったぜ!」「SIZUの言う通りだったな!」
「OK。そういうことなら、契約成立だ」
野良戦闘員が銃を乱射し始める。
そのほとんどが状態異常弾だ。
もしかして、それも静乃の指示か?
まるで、ヒーローレギオンの戦い方だ。
だが、ここで攻撃できる戦闘員の参加はありがたかった。
野良戦闘員がサメ人間の動きを止めてくれるので、こちらも攻撃し放題だ。
『メガロメガロドン』の動きが止まった隙に、シシャモのドリルパンチが決まる。
レオナに聞いたところ、『リビコフ三号』が片腕なのは、ドリルの動力がやっぱり『ジンリキ』だかららしい。
シシャモは中で、片腕を動かしながら、反対の手でハンドルを回しているらしい。
どうりでドリルの回転力がたまに速くなったり遅くなったりするわけだ。
それでも、それが悪い訳じゃない。
装備のギミックとして作る分には、シシャモの【装備重量無視】で重さは無視できる。
中に歯車がアホみたいに噛み合っていて、少ない回転数を増幅しているらしい。
ギア比が大きいほど、力がいる。それを無視しているわけだ。
確か、装備部のやつが操作が難しいとか言っていたと思うが、ハンドルを回しながら身体を動かすとなれば、それは確かに難しいだろう。
そんな中で、『メガロメガロドン』の腹に穴を開けたシシャモは、よくやっていると言える。
「この雑魚メガ〜っ!」
「ああ、卑劣な手段だけじゃなくて、正攻法で戦闘員に負ける気分はどうだ、鮫島!」
「まだ負けてない、負けてないメガーっ!」
『メガロメガロドン』が平手を張る。
【TSUNAMI打ち】というやつだろう。
「見苦しいぞ! そんな大人! 修正してやるー!」
『ドリルパンチ』が『メガロメガロドン』の頭を打ち抜くと同時、【TSUNAMI打ち】が『リビコフ三号』の胴体に入る。
『リビコフ三号』の身体から液状化したスライムが、ごぽぽ……と零れる。
「かはっ……」
【TSUNAMI打ち】は予想通り、防具無視攻撃だった。
『メガロメガロドン』が振り向く。
双頭のひとつを無くし、腹に穴が空いた状態で、状態異常弾をくらい一瞬を連続して止められて、コマ送りのような動きになりながら、それでもまだ死んでいなかった。
背後で『リビコフ三号』がゆっくりと粒子化していく。
『メガロメガロドン』は残った頭を俺へと向けた。
「は……はははっ……まだ同点メガ。
大規模レギオンなんか目じゃねえメガ……ここから更にデカくなって……お前らを潰してやるメガ……さぁ、俺に恐怖するメガ……お前が惨めったらしく泣く姿を見せるメガ……かんばぁ……」
俺をご指名らしい。
突きつけられた指を噛みちぎられたいらしいな。
ボロボロの身体で、何を言ってるんだろうか。
サメ人間たちは順調に排除されていて、残り三匹。
オオミたちはもうすぐ、最後のひとつの『信楽焼の狸』を持ってくる。
指定位置Aはヒーローが押さえていて、ボランティア部隊が頑張ることで封鎖状態だ。
今さら『信楽焼の狸』を獲得しても、指定位置Bまでは運ぶ時間がない。
ここに今いるサメ人間たちを倒してしまえば、やつらは基地に戻されるだろう。
セーブ位置を変えている余裕はなかっただろうし、復活したサメ人間は『幕間の扉』から出てきている。
オオミ班を追っているサメ人間もいるようだが、オオミ班の方が早い。
それ以外は先回りしようと、第五島からこちらに向かっているようだが、それにしたって、オオミ班の到着には間に合わない。
つまり、ここにいるサメ人間を全て排除すれば、俺たちの勝ちは余程のことがない限り、揺るがない。
鮫島の言葉は既に現実味のない夢物語になりつつある。
昔、多少ヤンチャしていた頃の仲間が語る、俺はいつかビッグになってやるぜ、と同じくらいの空虚さがある。
まあ、あの頃は空虚だとは思っていなかったが、今、考えれば中身のない言葉だった。
大事なのは、最初の一歩だ。
漠然とした夢は形にするのが難しい。
「ゐー〈鮫島、恐怖じゃ心は変えられない。
縛って操ったつもりでいても、恨まれるだけだ。
……まあ、伝わらないだろうけどな〉」
「その身体に恐怖を刻んでやるメガ! 【糞山の王】」
大事なのは、最初の一歩だ。
さっき使ったばかりのユニークスキルのウエイトタイムが既にあけているのは予想外だが、それでもやることは変わらない。
「ゐーっ!〈【夜の帳】!〉」
動き出したのは和邇の死体だった。
死亡したはずなのに、いつまでも粒子化しないと思っていたが、どうやら鮫島の派生アーツの効果だったらしい。
和邇の死体が震えたかと思うと、一斉にそこから蝿が飛び立った。
蛆虫が羽化したのか……速いな。だが、俺のウエイトタイムも終わっている。
油断している『メガロメガロドン』に接近、スキルを使う。
「ゐーっ!〈【誘う首紐】!〉」
エレベーターのように『メガロメガロドン』の首まで移動。
途中、『メガロメガロドン』の手が俺を叩こうとするので、腹の穴に狼頭で噛みついて、少しだけ位置をずらす。
───神・糞山の王を喰らいました───
どうもこの神との相性が悪い気がするな、おぇぇ。
首元まで来た時、捕まった。
「バカメガ! どこに来るか分かっていれば、逃がさんメガ!」
蝿が追いついて来る。
目の前が蝿で埋まる。
掴まれている下半身以外のところに蝿が集る。
ぶちゅ……。
痛っ……。
ぶちゅ、くちゅ、ぶちゅ、くちゅ、ぶちゅ、くちゅ……。
くそ、痛い、やめろ、痛い、剥がれろ、痛い……。
頭の中がおかしくなりそうだ。
細かい痛み、全身を這い回るおぞましい感触。次第に痛みが激しくなる。神経を捲られ、裏返されるような痛み。
身体を振ったところでどうにもならない。
「ゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐぃぃぃっ!」
穴という穴へと侵入してくる。
───神経負荷が危険領域です。ログアウトしますか?───
甘美な誘惑だ。
ログアウトしたら、これは終わるのか……。
終わらせたい。この感覚には耐えられない。
イエスと答えたら、この地獄は終わる。
「くくく……死ぬメガ……なにが教育メガ……お前から教わることなんて、何ひとつないメガ……親父も耄碌したってことを教えてやるメガ!」
『メガロメガロドン』の指の力が強まり、掴まれている下半身への圧力が強く、強くなる。
全身の血が上に集まって爆発しそうだ。
───神経負荷が危険領域です。ログアウトしますか?───
鮫島の言葉が耳にこびりつく。
社長から、俺のやり方を見て学べとか言われてたか。
それの反発から、俺への当たりが強くなっていたのかと、少し理解できた気がする。
───神経負荷が危険領域です。ログアウトしますか?───
『───次がある。
だから、ゲーム内の死は慣れるものなの。
身体の痛みは確かに大事だけど、それってこのままじゃ活動に支障があるって信号でしょ。
死ぬ前提なら身体の痛みは怖くない。
たぶん、怖いとしたら、自分の為すべき事ができないから怖くなるのよ───』
俺の脳裏に言葉が浮かぶ。
───神経負荷が危険領域です。ログアウトしますか?───
『たぶん、怖いとしたら、自分の為すべき事ができないから怖くなるのよ』
そうか、俺はこの嫌悪感や痛みを死の恐怖として捉えているから、か。
俺が為すべき事。それはここでログアウトしてしまったら、為すべき事が為せないで終わる。
身体の中を動き回る蛆虫どもが神経に触るのも、鮫島の殺意が血液を沸騰させるほど精神に障るのも、同じことだ。
最初から鮫島に教育を施してやろうなんて俺は思っちゃいない。
俺は俺の仕事をしようとしていただけだ。
社長には別の思惑があったのかもしれないが、その恨みを俺にぶつけて来られても、迷惑でしかない。
なんのことはない。
昔の俺だ。
子供すぎて、全てを怒りの中に隠してしまっていた、あの頃の俺と鮫島は同じことをしている。
なるほど、怒りという感情はとても便利だ。
悲しみも悔しさも寂しさも、全て怒りに隠してしまえば、自分自身は気づかずにいられる。
何かに、誰かにぶつけている間は、その怒りの裏側にある本当の感情に目を向けなくて済む。
ただ、自分の嫌な感情を見つめなきゃ、大人になんてなれないんだぜ、鮫島。
いつのまにか、蝿たちは消えていた。
効果時間が過ぎたようだ。
「はははっ! 死んだメガ! ようやくこの手で殺してやれたメガ! 見ろ、俺に歯向かうやつはこうやって俺のアクセサリーになるんだメガ……くくく……はははははっ!」
首に鎖をつけてやったからって、俺はアクセサリーじゃない。
「ゐー……〈誰がペンダントトップだ……〉」
もう、神経負荷はなくなったようだ。
いや、俺が負荷だと感じなくなっただけか。
HPはまだ残っている。
なんだ、実際には一分ほどの出来事だったか。
じゃなきゃ死んでる。
俺の上半身は皮がずるむけで、風が吹くだけで痛みを感じるし、蛆虫どもの這い回る痛みもあるが、もう心には響かない。
和邇を起こした代償かね。
『メガロメガロドン』は俺から手を離すと、俺をペンダントにしたまま、他のやつらを始末することにしたようだ。
でもな。殺したかどうかは、ちゃんと確認しなきゃな。
ほら、遅ればせながら、俺の【夜の帳】がようやく届いた。
「なんだ、暗いメガ!」
「ゐーっ!〈【正拳頭突き】〉」
ペンダントトップが『メガロメガロドン』の顎に突き刺さる。
「ぐぶっ……メガ……」
俺の右手の狼頭は毛皮も禿げて、一部は骨も見えている。
でも、本能のように喉笛に噛みついた。
「ゐーっ!〈お前に教育する気はないんだがな。ひとつだけ教えてやるよ……。
これが敗北の味だ!〉」
喉笛を噛みちぎる。
「が……あ……」
『メガロメガロドン』のHPに限界が来たようだ。
鮫島の粒子化を眺めながら、俺は全身を真っ赤に染めたまま、地に降り立った。
───全属性耐性、成功───
何を弾いたのか分からないが、俺はそのまま意識を失った。
───神経負荷が危険領域ですが、ログアウトを選択しなかったため、一時的に意識をシャットダウンします───
───神経負荷軽減のため、意識領域を洗浄します───
───洗浄中───
───洗浄中───




