第4話 過去の婚約破棄騒動
「ケイトが動揺すれば、それだけ士気に影響するでしょう?
案外、策士なんですわね。ダフネル伯爵令息は。」
ベラドンナは、口元に当てた扇を少し開いて、閉じた。何か対抗策はないかと考えを巡らせていた。
ケイトは少しだけ首を捻った。
「……そうか、心理戦か……。ラッセル・ダフネルは、心理戦が得意そうなタイプではないのだが。」
「あら、そうなんですの?では、偶々起こした行動が結果的にそうなったのかしら。」
ベラドンナはラッセル・ダフネル伯爵令息については名前と遠目で姿を見たことがあるくらいの知識しかなかった。
策士かと思ったが、それほどではないらしい。
「……いずれにせよ。ケイトの婚約者として相応しい発言ではないと思いますわよ。
ケイトはその方と、婚約を継続されたいの?……卒業したらそろそろ結婚ではなくて?」
剣術大会の結果の婚約破棄を阻止するかどうか以前に、そんな発言をする人物は、婚約者としてどうなのかベラドンナは思う。
意図的か、意図せずかは不明だが、少なくともケイトを応援するような言葉では全くない。
婚約破棄されないとしても、ケイトがそんな人物と結婚して良いのか、と考えてしまう。
ケイトは、「うーん……。」と唸りながら、焼き菓子の皿に手を伸ばした。焼き菓子は既に仕舞っており、皿の上は空になっていた。
ベラドンナが薬草茶を入れる際に焼き菓子を隠したのだ。
ケイトは空振りした手でカップを持つと、ゴクゴクと茶を飲み込んだ。まだ熱いと思うがケイトが飲める温度になったようだ。
「婚約は家同士のことだし……。父は、ダフネル伯爵家との婚約は乗り気なんだ。」
「ああ……。」
ケイトの家も王宮騎士として活躍をしている家系だ。
それゆえケイトも幼い頃から剣術の修行を始めていて現在に至るのだ。
騎士団長の家と縁を結びたいという意向は、理解できる。
「ケイトの家の方から婚約解消を願い出ることは難しいということかしら。」
「そうだね……。父は多少の揉め事は自分で解決しろって言うだろうし、
このことを泣きついたところでどうにかなる気がしない。」
「……ケイトは、家の意向がなかったら婚約解消したいのかしら。」
「うーん……。」
ケイトはバサっと長い髪をかき上げた。普段は髪を後ろにまとめているが、今はバサリと肩にかかっている。
「……婚約破棄よりは、婚約解消の方がマシであるとは思う……。
しかし、拗れた場合、卒業後に王宮騎士として働きにくくなる気がしている。
ダフネル騎士団長はとても立派な方だと思うが
ラッセル・ダフネル個人に対して、特に恋情のようなものは感じていない。」
「婚約自体には、拘りはないのね。」
「うん。しかし、婚約破棄は不名誉だ……。」
ケイトは、もう一口お茶を飲み込んだ後、カップを置いてベラドンナを見た。
「ベラドンナのように婚約破棄を回避できると良いのだが……。」
「……私の場合は、そんなに直接的な回避とかではなかったけれどね……。」
ケイトが言っているのは、昨年の卒業パーティでの第四王子殿下の婚約破棄騒ぎの一幕のことだとわかった。
当時、学園内だけでなく学園外でも貴族の噂の的となった。
その事件は第四王子とその側近候補が、一人の令嬢に入れ上げて、卒業式の後のパーティの席で各自の婚約者達に婚約破棄を突きつけたというものだった。
ベラドンナは、その事件の当事者にほんの少しだけ関連していた。
ベラドンナが学園の入学前まで婚約していた人物も、問題の令嬢に懸想していたのだ。
入学前の時点でその事を察したベラドンナはすぐに婚約を解消した。
ベラドンナの元婚約者は、第四王子の側近候補でもあったのだが、
ベラドンナの家からの婚約解消の申し出を発端として、元婚約者とその令嬢との関係や第四王子の周囲の様子を、元婚約者の両親が知ることとなった。
元婚約者は、第四王子の側近候補を辞退させられた。暫くの間、領地で謹慎させられて問題の令嬢とも物理的に距離があけられた。
結果的に、元婚約者は熱が冷めて冷静になったらしく、ベラドンナに謝罪をした。
一応、再度の婚約の打診もあったが、ベラドンナは断ったのだった。




