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第34話 マツザ肉はうまいと評判だ

「ちゃんとつかまってくださいね」

「うん、メイさん。大丈夫だよ」


ロジャーに比べたらずっと乗りやすいから。

メイさんは乗馬と得意で速い割には揺れがすくない。


「でも、すごいですね。あんなにあった果物が消えてしまうんなんて」

「消えてはいないよ。時空収納しただけだから」

「普通はアイテムボックスって言われているあれですね」

「うん。時空魔法の一番ポピュラーな物。正式には時空収納って言うんだ」

「時空に倉庫があるんですねー」


うーん、そうなのか?

ちょっと違うかな。


「えっと、時空にもいろいろあるみたいで、スピ界ってとこにある一時預かり所?」

「スピ界っていうんですね。すると、この世界はなんて言うんですか?」

「えっと……知らない」


そうか。アイテムを預けるのがスピ界で、その上にある市場がソル界。

この時空にも名前はあるのかな。


「知らないんですね。だけど、ちゃんと時空魔法が使えるのはすごいです」

「そうかなー」


ロジャーはそんなに褒めてくれないから、メイさんだと一緒に行動していると楽しいな。

だけど、もうちょっと胸があったらいいんだけとなー。

後ろに乗って抱き着いているんだけど、ロジャーとあんまり変わらない。

あ、全然。胸がない訳じゃないんだけどね。


「だって早馬で隣街に1日で果物3000㎏を届けるなんて。普通じゃありえないです」

「そうだよね」


大型荷馬車って普通の馬車より遅いからな。

普通の馬車が3日で着く隣街が5日も掛かる。

途中で馬を替える早馬から1日だけどね。


「エイヒメ特産の朝採れ果物が翌日には市場に並ぶんですよ。すごいじゃないですか」

「そうだね。だけど、僕だけだと早馬に乗れないから、メイさんのおかげだね」

「メイなんてロジャーさんのいいつけ通りにしているだけです。まだまだ見習いです」


ずいぶんと腰が低い商人さんだなー。

年齢が19歳だから、僕より6つ上でロジャーより1つ下。

それで商人経験が8年かぁー。

11歳の少女のときからやっているんだね。


「もうすぐ、街に着きますよ。マツザの街は初めてですか?」

「うん。ここは何が特産なの?」

「マツザ街は牧畜が盛んなところですから畜産物ですね。特に牛肉がおいしいんですよ。マツザ牛って言って国外でも人気で交易の主力にもなっているんです」

「マツザ牛かぁー。ステーキ食べてみたいな」

「はい。ロジャーさんから経費を預かっていますから、一緒に食べましょうね」


本当はお金、一杯もっているんだ、僕。

剣とか売ってへそくりしている。

さすがにロイヤルドワーフ印の剣はやばそうだから、普通のドワーフ印の剣を冒険者に売ってる。

酒屋のおっちゃんが紹介してくれるから簡単に売れるんだ。


だいたいソル市場のクレジットはたまりまくっているから、ちょっとくらいドワーフ剣をソルダしても全然減らない。

ロジャーはどうも、そのあたり無頓着みたい。

領主依頼の品をソルダすれば、あとは勝手にやっていいみたいだし。


「メイはマツザ街は良く来ていたんですよ。エイヒメのジャムとかを持って。果物だとフレッシュさが落ちるからジャムの方が高く売れるんです」

「すごいね。メイさんはなんでも知っているんだね」

「商人を8年やっていますから。この国の6つの街の市場はだいたい把握していますよ」


この国には6つの街があってふたつの街道で結ばれている。


東は端にあるのがオーマ街。


そこからふたつの街道が出ていて北街道(きたかいどう)南街道(みなみかいどう)

街道の間には山脈があって行き来が難しい。


エイヒメ街はオーマ街から北街道を通って西に向かい馬車で3日のところにある街。

マツザ街はエイヒメ街から北街道をさらに西に向かって馬車で3日のところにある。


ずっと農園にいたからこの国に6つの街があるってことも知らなかった。

農園じゃ、街に行くのは農園主と家族くらいだから。


11歳から街から街へと商売してきたメイさんは知識の宝庫だなー。


☆  ☆  ☆


「スピダ」


僕が時空収納から3000㎏のフレッシュフルーツを取り出したら、マツザ街の商会の人がびっくりしていた。

じっくりと品定めして値段を提示した。


「金貨30枚でどうだ?」


おっ、エイヒメで買い集めたときの倍の値段だ。

経費を引いても大儲けだね。


「ちょっと待ってください。エイヒメの最高級フルーツですよ。それも朝採れ。貴族だって喜んで買いに来ますよ」

「それは分かっている。では、金貨35枚だ、これ以上は無理だ」

「残念です。これらも定期的に輸送しようと思っていたんですが。なかったことに」

「ま、待ってくれ。金貨38枚だ。それ以上は…」

「金貨40枚。それが無理なら、マツザ市場に持ち込むだけですね」

「わ、分かった。金貨40枚。ただし、定期的な交易を約束してもらうぞ」

「もちろんです。得意先は大切にしますので」


うーん、メイさんはやり手だなー。

あっという間に金貨10枚上乗せになった。

ロジャーとどっちが商売上手なんだろう。


「ということで、ロジャー商会の初商売はうまくいきました」

「えっ、ロジャー商会? メイさん。うちは商会じゃないよ」

「いいえ。もうすぐ商会になる予定です。昨日のうちに手続きしましたから」

「そんなことロジャーは言ってなかったよ」

「おかしいですね。ちゃんと了承をもらっているんですが」

「うーん。本音ではロジャーは商会にしたくないのかもね」

「無理ですよ。一回で金貨40枚にもなる取引をするんですから」

「そういうものなの?」


商会になると何が違うのか知らないけど。

大きな取引をするには商会にする必要があるんだって。


「まだ、この街で売る物は時空収納してありますから。今日中にあと金貨20枚はいけますよ」

「なんか楽しそうだね。メイさん」

「もちろん。金貨がこんなに手にできるなんて。商人冥利につきるわ」


うん、メイさんは商人ぽいなー。

儲けに対して貪欲。

儲かるのにぐうたらしたがるロジャーが変なんだね。


「こんな儲かる方法を授けてくれるなんて。ロジャー会長はすごい人ですね」

「ええー、そうかな」


単に押し付けただけだと思うよ。


「それも粗利の10%もいただけるなんて。すごいわ」

「そうなの?」


僕とロジャーは山分けって前から決まっているから、10%がメイさんで、僕とロジャーが45%づつ。

メイさんががんばると、僕らが儲かってしまう。

なんて、ぐうたらな仕組みなんだ。


「私の分は1日で金貨3枚にはなるわ。驚きだわ」

「すごいねー」

「最高級マツザ肉のステーキをおごるわ。シオンさんがあっての利益ですから」


おごるってことは、経費からじゃないんだ。

メイさんって、太っ腹だなー。

もっとも、僕がその何倍も儲かってしまう仕組みなのは黙っていよう。


「さて、次の商売ね。農具はどこに売りにいこうかしら」


儲けることにハツラツとしているメイさんを見て、楽しそうだなーと思ってしまった。



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