国王・ネムネム⑧
ネムネムランドの人気コンテンツのひとつはショウだ。
俺は今までお目にかかったことがなかったが、日付や時間の告知なく、唐突にショウが行われることがあるらしい。
しかもそのショウは一度切りで、同じ内容が披露されることはないのだという。
そんなことあるか? と今まで半信半疑だったが、ピニャータを見て理解してきた。
この遊園地で行われる一度限りのパレードというのは、おそらくこうした襲撃のことである。
ピニャータが投げ、配るお菓子を、多くのネムネムが必死でかき集めている。
これは不審者の配布する食物が、ゲストの口に入らないようにしているのだろう。
事情を知らずに見れば、ネムネムって甘いものに目がないんだなあ、と微笑ましくなるような光景である。
前方の人だかりがピニャータの菓子を拾う。
それに気づいたネムネムは、その人に向かって両手を合わせ、おねがい! というポーズをした。
これを断れる人間はいないだろう。
お菓子を受け取ったネムネムは跳びあがり、お礼とばかりに、お菓子をネムネムグッズと交換していた。
俺は感心して頷いた。
ピニャータはネムネムの管理下にはないが、これを見ればショウとしか思えない。
――単独にして群。
先ほど澪が、ネムネム城の中で発した言葉だ。
その時は意味がわからなかったが、これを見て理解した。
ネムネムが同時に操れるぬいぐるみの数は膨大だ。
手動なのか自動なのか、感覚や意識を共有しているのかどうか、など謎は残る。
だがなんにせよ、数とは力だ。
「ひゃは、ひゃは、ひゃは。名残は名を残さず残り香だけ!」
狂笑ヴィランの名にふさわしく、ピニャータは高らかに笑った。
「チケット拝見、見るだけ本編。取り出したら増えたから、この辺で減るね」
相変わらず意味はわからない。
わからないのだが、なんとなく、これが別れの言葉であることが理解できた。
文章として成立していないのに理解できるのが気持ち悪くなって、頭が痛い。
「挨拶を先払い、会ってからお言い」
ピニャータはひゃははと笑いながら、拳大もある巨大なキャンディを取り出した。
高々掲げたかと思うと、ピニャータは叫びながら、大きなキャンディを地面に放った。
「¡Cuánto tiempo!(どれだけ時間の経ったことか!)」
地面へ叩きつけられたキャンディは、ただの甘いお菓子ではなかったらしい。
キャンディが砕ける音がすると同時、包み紙からピンク色の煙が噴き出した。
あっという間にピニャータの姿が煙に包まれる。煙玉を使う忍者みてえだ。
煙も普通ではなかったらしい。
色の濃いピンク色の煙は、不自然にすぐ消えた。
煙のように見えただけで、そうではなかったのかもしれない。これが彼の異能なのだろうか。
ともかく、当然のように、ピニャータはもうそこにはいなかった。
甘い匂いだけが、名残のようにあたりへ漂っている。
襲撃というには攻撃性がないが、それと同じくらい疲弊させられた。
これは確かにヴィランと呼ばれてしかるべきだろう。迷惑だ。
「ネムネム、お前って苦労してるんだな」
ネムネムは眉をきゅっと寄せて、仕方なさそうに笑う。
澪は、ネムネムがピニャータをここに釘付けにしたと言っていた。
どうやったのかは不明だが、なぜやったのかは想像できる。
こんな狂人をあちこちに出没させては、皆が困るからだろう。
いつの間にか、人力車の隣の澪はいなくなっていた。
脅威が去ったので、またどこかへ引っ込んだのだろう。
人力車――そういえばネムネムが動かしているのだから、これはネム力車というのが正しいのかもしれない――に乗って、俺とネムネムは城へ戻ってきた。
相変わらず、ネムネムは俺をエスコートした。断る気力もなかったので、大人しく彼の手を取る。
ロビーには仁もD.E.T.O.N.A.T.E.もいなかった。
俺の視線を辿って、彼らの不在を不審に思ったのを察知したのだろう。
ネムネムは仁が座っていた席を指さして、階段の向こうにある扉を指さした。
続いてD.E.T.O.N.A.T.E.が突っ立っていた場所を指さしてから、別の扉を指さす。
「部屋ン中に案内してくれたってことか?」
こっくり頷くネムネムに、俺はとりあえず「ありがとうな」と伝えた。
にこにこ笑うネムネムは、俺のことも別の部屋へと案内してくれた。
そこはおそらく客間だった。
生活に不自由しない家具が揃っていて、シャワールームもある。
上等なホテルといった内装だ。
ネムネムは部屋のベッドを指さして、そろえた両手を片頬につけ、首を傾げた。
ここで寝なさいというジェスチャーだろう。
俺に家がなくなったというのはネムネムの知るところである。
この申し出は大変ありがたく、断る理由もない。
だが気になることはあったので、俺はネムネムへ尋ねた。
「俺っていつまでここにいていい感じ?」
ネムネムは口元を押さえ、肩を揺らし、心底おかしそうに、声なく笑った。
それから彼はベッドまで歩き、枕元に置いてあった目覚まし時計を指さす。
ネムネムは秒針を人差し指で追いかけるように、ぐるぐると指を回し始めた。
何回転するかで時間、あるいは日付がわかるかと思ったが――ネムネムはぐるぐる回す指を一向に止めない。
俺はトンボか。目が回りそうだ。
頭を振って気を取り直し、尋ねる。
「永遠に?」
人差し指を回すのを止めたネムネムは、微笑みながら俺を見た。
正解のようだ。永遠にここにいていいとは、太っ腹――では済まない。
「あー、俺には面倒見なきゃいけねえ居候くんたちがいてだな。俺だけここで世話になるわけにも」
ネムネムは俺の発言を手で制し、首をゆっくり横に振った。
再び目覚まし時計を指さし、くるくると人差し指を回す。
その意味を考える。
「……俺だけじゃなくても、永遠にいて良い?」
心の底から嬉しそうに、ネムネムは笑った。
その純粋さに気後れする。
人からまっすぐに好かれると、後ろ暗いところのあるやつはドギマギしてしまうものだ。
俺は自分のことを悪人だと思っているわけではないが、森の動物たちと同じくらい純朴な存在であるとは考えていない。
ネムネムはぬいぐるみでなく人間だとわかってからも、ファンタジーランドの住民といった雰囲気は失っていないのだ。
「なんでお前はそんなに俺のことを気に入ってくれたんだろうな? 俺はそれほどネムネムのことをわかってやれてる気しねえけど」
ネムネムは自分を指さし、続いて俺を指さした。
それを何度か繰り返す。
ネムネムの指が彼と俺の間を何度も行き来するのを見て、俺は言う。
「お互い様?」
俺の言葉に、彼はにこにこと頷いた。
ネムネムも俺のことをわかってやれていない、と感じているということだろうか。
「ま、別に言葉が通じても、心が通じ合えるかってのは別の問題だしな。俺たちは心で通じ合ってるってことで」
俺の言葉を聞いたネムネムは、両手で口元をおさえた。
驚きの表現である。
馴染みのある動作だったが、その先はいつもと違った。
着ぐるみではなく人間であるネムネムの白い肌には、徐々に赤みがさしていった。
頬と耳、指先が赤く染まっていく。
血の通った人間相手だと、言葉を使わなくとも、情報量が増えるんだなあ。
なんだか俺も照れちゃう。




