表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒーローにゃなれねえから犠牲者やる  作者: 九条空


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

85/86

国王・ネムネム⑧

 ネムネムランドの人気コンテンツのひとつはショウだ。

 俺は今までお目にかかったことがなかったが、日付や時間の告知なく、唐突にショウが行われることがあるらしい。

 しかもそのショウは一度切りで、同じ内容が披露されることはないのだという。

 そんなことあるか? と今まで半信半疑だったが、ピニャータを見て理解してきた。


 この遊園地で行われる一度限りのパレードというのは、おそらくこうした襲撃のことである。


 ピニャータが投げ、配るお菓子を、多くのネムネムが必死でかき集めている。

 これは不審者の配布する食物が、ゲストの口に入らないようにしているのだろう。

 事情を知らずに見れば、ネムネムって甘いものに目がないんだなあ、と微笑ましくなるような光景である。


 前方の人だかりがピニャータの菓子を拾う。

 それに気づいたネムネムは、その人に向かって両手を合わせ、おねがい! というポーズをした。

 これを断れる人間はいないだろう。

 お菓子を受け取ったネムネムは跳びあがり、お礼とばかりに、お菓子をネムネムグッズと交換していた。


 俺は感心して頷いた。

 ピニャータはネムネムの管理下にはないが、これを見ればショウとしか思えない。


 ――単独にして群。


 先ほど澪が、ネムネム城の中で発した言葉だ。

 その時は意味がわからなかったが、これを見て理解した。


 ネムネムが同時に操れるぬいぐるみの数は膨大だ。

 手動なのか自動なのか、感覚や意識を共有しているのかどうか、など謎は残る。

 だがなんにせよ、数とは力だ。


「ひゃは、ひゃは、ひゃは。名残は名を残さず残り香だけ!」


 狂笑ヴィランの名にふさわしく、ピニャータは高らかに笑った。


「チケット拝見、見るだけ本編。取り出したら増えたから、この辺で減るね」


 相変わらず意味はわからない。

 わからないのだが、なんとなく、これが別れの言葉であることが理解できた。

 文章として成立していないのに理解できるのが気持ち悪くなって、頭が痛い。


「挨拶を先払い、会ってからお言い」


 ピニャータはひゃははと笑いながら、拳大もある巨大なキャンディを取り出した。

 高々掲げたかと思うと、ピニャータは叫びながら、大きなキャンディを地面に放った。


「¡Cuánto tiempo!(どれだけ時間の経ったことか!)」


 地面へ叩きつけられたキャンディは、ただの甘いお菓子ではなかったらしい。

 キャンディが砕ける音がすると同時、包み紙からピンク色の煙が噴き出した。

 あっという間にピニャータの姿が煙に包まれる。煙玉を使う忍者みてえだ。


 煙も普通ではなかったらしい。

 色の濃いピンク色の煙は、不自然にすぐ消えた。

 煙のように見えただけで、そうではなかったのかもしれない。これが彼の異能なのだろうか。


 ともかく、当然のように、ピニャータはもうそこにはいなかった。

 甘い匂いだけが、名残のようにあたりへ漂っている。


 襲撃というには攻撃性がないが、それと同じくらい疲弊させられた。

 これは確かにヴィランと呼ばれてしかるべきだろう。迷惑だ。


「ネムネム、お前って苦労してるんだな」


 ネムネムは眉をきゅっと寄せて、仕方なさそうに笑う。

 澪は、ネムネムがピニャータをここに釘付けにしたと言っていた。

 どうやったのかは不明だが、なぜやったのかは想像できる。

 こんな狂人をあちこちに出没させては、皆が困るからだろう。


 いつの間にか、人力車の隣の澪はいなくなっていた。

 脅威が去ったので、またどこかへ引っ込んだのだろう。


 人力車――そういえばネムネムが動かしているのだから、これはネム力車というのが正しいのかもしれない――に乗って、俺とネムネムは城へ戻ってきた。

 相変わらず、ネムネムは俺をエスコートした。断る気力もなかったので、大人しく彼の手を取る。


 ロビーには仁もD.E.T.O.N.A.T.E.もいなかった。

 俺の視線を辿って、彼らの不在を不審に思ったのを察知したのだろう。

 ネムネムは仁が座っていた席を指さして、階段の向こうにある扉を指さした。

 続いてD.E.T.O.N.A.T.E.が突っ立っていた場所を指さしてから、別の扉を指さす。


「部屋ン中に案内してくれたってことか?」


 こっくり頷くネムネムに、俺はとりあえず「ありがとうな」と伝えた。

 にこにこ笑うネムネムは、俺のことも別の部屋へと案内してくれた。


 そこはおそらく客間だった。

 生活に不自由しない家具が揃っていて、シャワールームもある。

 上等なホテルといった内装だ。


 ネムネムは部屋のベッドを指さして、そろえた両手を片頬につけ、首を傾げた。

 ここで寝なさいというジェスチャーだろう。


 俺に家がなくなったというのはネムネムの知るところである。

 この申し出は大変ありがたく、断る理由もない。

 だが気になることはあったので、俺はネムネムへ尋ねた。


「俺っていつまでここにいていい感じ?」


 ネムネムは口元を押さえ、肩を揺らし、心底おかしそうに、声なく笑った。


 それから彼はベッドまで歩き、枕元に置いてあった目覚まし時計を指さす。

 ネムネムは秒針を人差し指で追いかけるように、ぐるぐると指を回し始めた。

 何回転するかで時間、あるいは日付がわかるかと思ったが――ネムネムはぐるぐる回す指を一向に止めない。


 俺はトンボか。目が回りそうだ。

 頭を振って気を取り直し、尋ねる。


「永遠に?」


 人差し指を回すのを止めたネムネムは、微笑みながら俺を見た。

 正解のようだ。永遠にここにいていいとは、太っ腹――では済まない。


「あー、俺には面倒見なきゃいけねえ居候くんたちがいてだな。俺だけここで世話になるわけにも」


 ネムネムは俺の発言を手で制し、首をゆっくり横に振った。

 再び目覚まし時計を指さし、くるくると人差し指を回す。

 その意味を考える。


「……俺だけじゃなくても、永遠にいて良い?」


 心の底から嬉しそうに、ネムネムは笑った。

 その純粋さに気後れする。

 人からまっすぐに好かれると、後ろ暗いところのあるやつはドギマギしてしまうものだ。

 俺は自分のことを悪人だと思っているわけではないが、森の動物たちと同じくらい純朴な存在であるとは考えていない。

 ネムネムはぬいぐるみでなく人間だとわかってからも、ファンタジーランドの住民といった雰囲気は失っていないのだ。


「なんでお前はそんなに俺のことを気に入ってくれたんだろうな? 俺はそれほどネムネムのことをわかってやれてる気しねえけど」


 ネムネムは自分を指さし、続いて俺を指さした。

 それを何度か繰り返す。

 ネムネムの指が彼と俺の間を何度も行き来するのを見て、俺は言う。


「お互い様?」


 俺の言葉に、彼はにこにこと頷いた。

 ネムネムも俺のことをわかってやれていない、と感じているということだろうか。


「ま、別に言葉が通じても、心が通じ合えるかってのは別の問題だしな。俺たちは心で通じ合ってるってことで」


 俺の言葉を聞いたネムネムは、両手で口元をおさえた。

 驚きの表現である。


 馴染みのある動作だったが、その先はいつもと違った。

 着ぐるみではなく人間であるネムネムの白い肌には、徐々に赤みがさしていった。

 頬と耳、指先が赤く染まっていく。


 血の通った人間相手だと、言葉を使わなくとも、情報量が増えるんだなあ。


 なんだか俺も照れちゃう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
可愛い!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ