国王・ネムネム⑥
ネムネムランドでは人力車が採用されている。
園内の雰囲気が西洋寄りなので、人力車の装丁も豪奢な馬車のようだが、引っ張るのは馬ではなく人間だ。
利用者はそれなりにいるようだ。
かなり広いランド内、反対側から反対側まで歩こうと思えば疲労がたまる。
とはいえ、やはり移動手段というよりは、アトラクションとしての意味合いが強い。
人力車を押す人――車夫によって話されるおすすめスポットガイドや、ネムネム秘話など、そういったものを楽しみにする人が多いのである。
噂話程度に、人力車は時折着ぐるみのネムネムが押していることがある、という話もあるが、俺は今まで見たことがなかった。
今までは、だ。
ネムネムにエスコートされ、俺が乗った人力車は、当たり前のように車夫が紺色のネムネムだった。
グッと親指を立てた後、紺のネムネムは軽快に人力車を押し始める。
人力車を引くネムネムを見て、皆が振り返る。
なんとなく、カワイイ犬を散歩させている飼い主の気持ちがわかってきたぜ。
進んでいくと、喧騒が近づいてきた。
人だかりがある。人力車は人だかりの後方で止まった。
それでも人力車の席は、群衆の頭より高い位置にあるため、皆が何に集まっているのかは見えた。
少年、あるいは少女が、不規則な笑い声をあげている。
裸足で飛び跳ねながら、勢いよくなにかをばらまく。
色とりどりのそれは、包装紙に包まれたお菓子に見えた。
投げられ続けるお菓子を、ミニネムネムたちが必死になって跳びついてキャッチしている。
群衆たちは、それを拍手しながら見ていた。
「なんじゃありゃ」
「あら。ネムネムランドによく来ている祈なら知っていると思っていたわ?」
人力車の隣には、いつの間にか澪が立っている。
人間の姿だ。頭にはネムネムカチューシャをつけ、ランド内限定ドリンクを片手に持っている。
遊園地に遊びに来た人、として完璧な変装だ。
人間の姿で俺の隣に現れるとき、澪は毎度服装の違うおしゃれさんだが、今回はネムネムランド仕様ということだろう。
「狂笑ヴィラン・ピニャータ。今となってはネムネムランドにしか現れない厄介者ね」
その口ぶりは、ショウの設定を話しているものではなかった。
つまり、目の前で大笑いしながら菓子を放り投げているあの人影は、ヴィランという設定ではなく、真実ヴィランなのだろう。
「……じゃあ今目の前で行われてるのはイベントではなく、ヴィランの襲撃?」
「そう。そうよね?」
澪が肯定したあと、そのまま俺の隣のネムネムへ確認する。
ネムネムは眉を下げ、困りきった顔で肩をすくめながら頷いた。
「ネムネムがここにピニャータを釘付けにしてくれたの、本当にありがたいと思ってるのよ。公安時代、相手したくないランキングナンバーワンだったもの」
「俺は知らんが、結構古参なんか」
「ヴィランって名称がこの国で使われるようになる前からいるわよ」
そりゃ相当な古参だ。アイアンクラッドより前から活躍しているのかもしれない。
今までに聞いたことがないのは、澪の言うことから推測するに、ネムネムランドにしか出没しないからだ。
ピニャータは、世間にヴィランとして認識されていない。
ミニネムネムへお菓子を投げるピニャータを囲む人々は、呑気そのものだ。
せいぜい、ネムネムランド所属のオリジナルキャラクターとでも思われているのだろう。
ネムネムは遺憾そうだが、どういう経緯でネムネムランドにだけ現れるようになったのか。
「厄介な理由は?」
「狂ってるから」
澪の返答は単純明快だった。
どう狂ってるか、その内訳を聞きてえんだけどな。
「澪、お前は狂ってるやつのことあんま好きじゃねえんだな。同族嫌悪か?」
「あら、言うじゃない」
にやりと笑いながら言えば、澪からも口角を上げるだけの笑みが返ってきた。
「アタシ、好みのタイプはお話が通じる相手なの」
だからD.E.T.O.N.A.T.E.にも当たり強かったんか。
俺は非常に納得した。
澪は世渡りがうまいのだろう。誰に対しても基本、フラットな対応だ。
好きだと公言しているライデン相手でさえ、普段の澪とさほど変わらない。
今まで澪が明確に嫌悪を現したのは、D.E.T.O.N.A.T.E.に対してくらいだ。
俺が実験としてD.E.T.O.N.A.T.E.に分解してもらったという話をした際にも過剰な反応だった。
もしかすると澪も、幸也のように、D.E.T.O.N.A.T.E.によって大切な誰かを殺されているのではないか――というのは、杞憂だったか。
「その割に仁のこと結構好きそうじゃん?」
「あら。彼なら、話してくれなくとも丸わかりじゃない?」
「その通りだ」
顔見りゃ何考えてるかわかるもんな。
澪にとってそれはお話が通じる、の範囲内らしい。
視線を人だかりの中央へ戻す。
古参というわりに、年齢は若く見える――というかやはり、ピニャータの見た目は少年だった。
華奢で小柄、少女と言われても納得できるほど、曖昧な体格。
男と判断したのは、喉仏が隆起しているのが見えたからだ。
少年にしか見えないが、第二次性徴は終えているということだろう。
ピニャータは、複数のペンキ缶を頭にぶちまけたような髪色をしていた。
ピンクや水色、紫や黄色のまだら模様。
異形に産まれてくる者も少なくないのだから、こういうカラーリングで産まれてくるやつがいてもおかしくない。
同時に、凄腕美容師に染めてもらっていてもおかしくないわけだが。
それから、長袖の服をめちゃくちゃに着ていた。
右腕はきちんと袖に通っているが、左の袖はだらりと垂れ下がっている。
代わりに首を出すべき襟ぐりから、首と一緒に左腕が飛び出していた。
当たり前だが襟は伸びきっているし、左肩は無防備に露出されている。
ピニャータの声は甲高い。
ひゃははは、という笑い声が、笛の音のようにあたりへ響く。
「はじまりがつづいて、まだはじまらない! Open the closed, 開園の閉幕!」
彼の話している言語がなんなのか、俺の中で検索が行われたが、これはほとんど日本語だった。
ただし意味はわからない。
顔をよく見れば、左目が斜視だ。あるいは義眼か?
虚空を見つめている左目はそのままに、ピニャータの右目がぐるんと動いてこちらを見る。
どことなくD.E.T.O.N.A.T.E.を思い出す仕草だ。
狂人ってのには、それなりに共通点があるものなのかもしれない。
「¡hola! お菓子の非常口は口だよ」
変人は独自言語を話さなければならないというルールでもあるのか?
頭が痛くなってきた。片手で顔を覆うが、指の隙間からピニャータを見る。
「……いや、まだこの段階で狂ってると判断するのは早計だな。異常にハイテンションなだけかもしれない」
「慎重な判断ね」
澪の返事はそっけない。
俺は辟易しながら、彼の言葉のどこかが暗号になっていて、意味を理解できるものに変換できる可能性を模索した。
その間にもピニャータは両手を大きく広げ、高らかに叫んだ。
「おお、兄上の皮、姉上の綿。君は中身が外側の代理人、おいらは外側が中身の代理店。共同経営だね、敵対的合併!」
しばし考えてから、目線をネムネムにやる。
彼は困った顔をして肩をすくめた。意味が分からないのはネムネムも同じのようである。
ひゃはひゃはと笑いながら、その場でバレリーナのようにぐるぐる回転するピニャータを見やる。
「狂ってると思われたい、ようには感じるな」
「狂人を演じたら狂人でしょう」
「じゃあ俺も狂人になってみっかあ」
しばらく彼の話を聞いたが、文脈に法則性を見いだせない。
ナナメさんのように、何か文献からの引用ではないかと頭の中を探したが、特に思い当たる節もない。
オリジナルの言葉だと思う。
創造性に優れているんだな、ウン。




