夢見る少女・薄井ゆら②
俺は煙草をふかす薄井ちゃんに向き直った。
衝撃を感じた瞬間こそ、俺ごとゆらちゃんを抱きしめていたが、今は既にはなれている。
眉をぐっと寄せて、不満ですよという顔をしてやる。
「薬は澪に渡しときゃよかった。あんま無茶すんなよ、おじさん」
「ここで無茶せずいつやんのよってハナシ」
「それもそうか」
かっこよかったぜ、と続けようとしたが、俺の腕の中のゆらちゃんが窮屈そうに動いた。
いい加減離してやって大丈夫だろう、と手すりを掴むのをやめる。
ゆらちゃんは薄井ちゃんに向き直った。
「生きてたんなら、言えーッ!!」
「うぐっ」
――薄井ちゃんのみぞおちに、綺麗なストレートが決まった。
「おー、いいパンチだ」
「うん、才能があるね。将来有望!」
ライデンは俺の隣で親指を立てた。暴力を肯定していいのか?
ヒーローっつーのはヴィランを暴力でなんとかしてるから、まあ、いいのか。
薄井ちゃんも一応ヴィランだしな。
体を煙にできるのだから、少女のパンチなど当然無効化できる。
ならばわざと受けたのだ。別に心配することなどないだろう。
ライデンはうんうん頷いている。
「特に親指を握りこんでないところがいいね、手を痛めにくい。誰かに指導されてるのかな? 格闘技じゃなさそうだけど」
「母直伝です!」
ゆらちゃんは、ライデンの疑問に元気よく答えた。
俺も感心した。
「薄井ちゃん、女の好みいいな」
「ドーモ……」
結局、ゆらちゃんは薄井ちゃんの娘らしい。
言われて見りゃ顔も似てるかな。
どういう意味かな、と考えていた「生きてたんなら言え」という言葉を、ゆらちゃん本人が説明してくれる。
「ママが死んじゃって、これからどうしようってときに、パパまで死んだって聞かされたときの私の気持ち考えた!?」
「すまなかった」
「しかも、風の噂でヴィランになったとか聞いたし! なんか急にさらわれるし! 縛られるし! 殺されかけるし!」
そろそろ耳を塞いだ方がいいだろうか。
彼らの深い家庭状況まで聞いてしまうのは本意ではない。
だが、ゆらちゃんは俺が思うよりもずっとしっかりしていた。
適当おじさんであるヘイズフォグの娘とは思えないほどである。
薄井ちゃんを反面教師にしたのか、母親に似たのか、その両方か。
ゆらちゃんはわずかに滲んていた涙を拭うと、俺達へ深く頭を下げた。
あんな目にあったというのに、凄まじい精神力である。
「助けてくれて、ありがとうございました」
「どういたしまして」
ライデンがさらっとそう言えるようになったのを聞いて、俺はにやにやしてしまった。
成長を見守る親ってのはこんな気分なんかね。
いやあ、随分ヒーローらしくなったもんだ。
「あのっ、祈さんのヒーロー名ってなんですか!?」
ゆらちゃんは、目をキラキラさせながら、俺にそう言った。
思わずライデンと顔を見合わせる。なんか俺の方に憧れてんなこれ。
ライデンあんなに頑張ってたのに。つうか俺何もやってねえんだけどな。
「ヒーロー名はな、ねえんだ。秘密のヒーローだから。ゆらちゃんも俺のことは内緒にしといてな」
「……はいっ! この秘密は墓まで持っていきます! ご恩は一生忘れません!」
「そんな気にするな〜。大したことしてねえだろ〜」
「かっこいい……!」
俺は薄井ちゃんとも目を合わせた。
教育に悪いことしたか、俺? 憧れの先がこれでいいのか?
謙遜ではなく、正しくそんなに大したことをしていない。
ゆらちゃんの肉壁になった程度で、その役目は回ってこなかった。
単純接触効果が発動するにははやすぎるだろ。
「さーて、これからどうすっかな。おじさん優秀だからこのまま古巣に戻るっちゅーのもできそうだけど」
「万年人手不足らしいもんな。薄井ちゃんがしっかり優秀なのもあるだろうけど」
人質を取り戻したのだ。
薄井ちゃんは、これ以上デルタの言いなりになる必要などない。
俺としても一安心だ。D.E.T.O.N.A.T.E.みてえなことになったらまた落ち込んじまう。
ゆらちゃんが、きっぱり言い切った。
「パパはヒーローになります」
「ええ? 勝手に将来決められちゃった」
「子供の前で違法なことして恥ずかしくないの!?」
「すごいグサッとくること言うよねえ、さすがオレの娘」
その違法なことを推奨しているのが国である、ということを薄井ちゃんは言わなかった。
デルタにゆらちゃんを人質に取られたが故に、ヴィランになったという話も。
この年齢の子供に話すには酷な話だ。言い訳しないところがかっこいいぜ。
「一件落着って感じ?」
相変わらず、フラックスが現れるときは音もない。
さっきまではおそらくいなかったはずだ。会話の内容を尋ねる質問をしてくるくらいだしな。
「たぶんな。こっからどうやって地上に戻んのかは知らねえけど」
「少し行ったらはしごがあるわよ」
脱出は簡単そうだ。一安心である。
澪は続けた。
「一応ね、地上の方の安全確認をしてたの。地下がこうなったら、陥没とかが怖いでしょう? 詳しいことは専門家に任せるけど、ひとまずは大丈夫そうね」
「お前は本当にスマートだな」
周囲の影響に気を配れるほど、俺には余裕がなかった。
このあたりは経験の差だろうか。
澪がどこでどんな経験を積んできているのかは知らないが、きっとすげえんだろう。
解散する前に、これだけは聞いておく。
「ゆらちゃんはどんな能力者だ?」
「ちょっと――」
「夢に関する能力です。人の夢にお邪魔したり」
父譲りの能力ってわけか。
あっさり能力を開示した娘にではなく、あっさり聞き出した俺に対して、薄井ちゃんが非難の目を向けてくる。
俺は肩をすくめた。悪いことをしたつもりはない。
「ここには異能者しかいねえんだ。相談相手は多い方が良いだろ。なんでもかんでもパパに相談できるわけじゃねえぞ」
「そうだそうだ!」
「すでにオレより娘の支持を得ている……祈ちゃん、やるね……」
薄井ちゃんは肩を落とした。
味方がいないことを悟ったのだろう。
普段から適当な雰囲気を醸し出しているとこういうとき不利になる。
勉強になったな、薄井ちゃん。
本質は俺と似ているが、俺には真面目に見えるよう取り繕うだけの甲斐性があるって話だ。
ゆらちゃんに尋ねる。
「俺の夢にも来れるのか?」
「顔と名前がわかってれば、ベッドの位置を知らなくても、ちょっと時間かかるかもだけど見つけられると思います! 行ってもいいんですか!?」
「おう、いいよ。パパに言えねえ相談は俺にしな」
「やったあ!」
ゆらちゃんは可愛らしく、きゃあきゃあ喜んでいる。
それをパパ・ヘイズフォグは複雑な顔で見ていた。
「祈さんみたいなヒーローになれるよう、パパを教育しておきますね!」
俺と薄井ちゃんは目線を合わせ、苦笑した。
俺はヒーローじゃないが、ゆらちゃんを安心させるためにヒーローを演じた。
実際ゆらちゃんを救ったのはライデン、フラックス、ヘイズフォグだが――ま、憧れをわざわざ否定することもないだろう。
「にしても今回ははやかったな、ライデン」
「そりゃ前回は目の前でヘイズフォグにさらわれたんだからね。対策をとらないわけないだろ。何度も同じ失敗はできないよ」
そういうところがヒーローなのだ。
「ヘイズフォグにもフラックスと同様に、煙の中に思考回路を走る電気パルスが見られる。おそらくなにかに同化する能力者はみんなそうなんだろうね、お陰様で見つけやすいよ」
「うわしんどいなあそれ。やっぱヒーローやっときますかね」
「だからやるんだって!」
「はいはい」
返事は適当、顔は苦笑、だが薄井ちゃんは真面目に娘の話を聞いているのだろう。
ま、この2人は大丈夫そうだな。
ライデンに続きを促すと、さらに説明してくれた。
「それから、フラックスと連携を取った。祈がいなくなったらすぐに教えてくれたし、速攻で現場にたどり着いたから、祈がどこへ消えたかも追跡できた」
「澪、ナイス!」
「俺も褒めてよ!」
「ライデン、Goodboy」
「いい発音だね!」
俺に褒められたライデンは、俺の発音を褒めた。




