夢見る少女・薄井ゆら①
電車というのは、電気で動くから電車というのだ。
ならば電気を操ることのできるライデンがいれば、廃棄された車両でも動かすことができる。
ライデンが現れた瞬間、俺の思考回路はそっちに流れた。
ま、自分で走って逃げるよりは随分現実的だ。
もともと車両を転がして逃げる方向で考えていた。
だからひとまず薄井ちゃんに車両の爆弾を解除させたのだ。
もちろん、人質に最も近い爆発物を処理するのは、安全性を保つのに役立つ。
ヘイズフォグには車両を動かすのは無理でも、俺の家から来た追加戦士が何とかしてくんねえかと――その場合、アイアンクラッド以外は無理だったか?
「シートベルトはないので、みんなしっかり掴まってね!」
ともかく、ライデンならなんとかしてくれそうだ。
軽口もいつもの通り。いつだって口数の多い男だ、それだけは変わらない。
電車の手すりに両手で掴まるゆらちゃんを、バックハグするような形で俺も手すりに掴まる。
別にセクハラではないぞ。この方がゆらちゃんを守れるというだけだ。
肉壁である。ないよりゃマシだろう。
「この先、揺れますのでご注意ください!」
古い車両は、バチバチと心配になる音を立てながら通電した。
寿命を迎えていたらしい蛍光灯がバチンと音を立ててはじける。
あるいは電圧が強すぎるのか――しかし、車両は動き出した。
車掌でもないライデンによる急発進は大変揺れた。
電車でGOくらいプレイしとけやとなじりたいが、要救助者が俺以外にいる場面では、それほどお茶らけてはいられない。
電車はどんどんスピードをあげた。
そういや止まる時のことは考えてなかったな。
ライデンはブレーキまで操作できるだろうか。電車のブレーキは電動なのか?
電車の仕組み知らねえわ、電車でGOをプレイしてねえから。
目の前の空気が揺らめいて、もやが形をつくる。ヘイズフォグだ。
「爆発まであと30秒ってところで、この調子で走れりゃあギリギリ死なねえかってなもんですが、残念なお知らせもあるぜ」
「3秒で言え」
「この先の線路が断線してる」
「くそーっ仁がいりゃあな」
金属を操って線路を直すくらいできたかもしれない。
あるいは車両ごと宙に浮かすくらいできるのかも。
でもこの場にはライデンがいるから、爆発関係なしにライデンを殺しにかかり、もっと最悪なことになっていた気がする。やっぱりいなくてよかった。
俺はポケットに手を突っ込んで、目的のものを取り出しながら言った。
「とりあえず薄井ちゃんは爆発しても死なねえと信じてこいつを託す。即死してなけりゃ使え、普通に助かりそうなんだったら使うなよ、治験段階だから」
「……こりゃどうも」
薄井ちゃんはなぜか目を見張りながら、俺の薬を受けとった。なんだ?
ああ、欲しかったのか、この薬が。
十中八九ゆらちゃんのためだろう。
俺に軽く命を預けた男が、そんな方法で延命を望むとは思えない。
再生能力以外に特技のない俺だ。
他にできることはもう思いつかない。
自分の頭をわしゃわしゃかき混ぜる。
「あとはどうすっかなあ。直前で飛び降りるか?」
「このスピードの車両から飛び降りて生きてられるのは、祈ちゃんくらいじゃねえかなあ」
「その場合俺もやりたくねえわ、ミンチじゃん」
通勤快速くらいのスピードで走る電車から飛び降りたらそりゃそうなる。
ヘイズフォグとフラックスがいるのならば、着地もなんとかなりそうな気もするが。
考えていると、ライデンが自分を指さす。
「おーい、俺への相談は? 祈ったら本当に、いつでも誰とでもすぐ仲良くなるんだから……悪い人についてっちゃいけません! ヴィランの人相くらい覚えてよ!」
「日々新しいの出てきすぎなんだよ、覚えてられっか。薄井ちゃんに関してはヴィランとわかった上で仲良くなってっし」
「余計に悪いよね?」
「悪いのはヴィランで〜す」
ゆらちゃんがくすりと笑った。
俺とライデンは視線を交し、場を和ませるのに成功したことを共有した。
「断線は何メートル?」
「5メートル程度かな」
ヘイズフォグの申告を聞き、ライデンは肩をすくめた。
「オーケー。もう一度アナウンスしておくね。この後車両が大きく揺れますので、しっかりとおつかまりください」
俺の前に現れるライデンはいつも慌てている。
だが、今のライデンには余裕が感じられた。
こいつならなんとかするんだろう、という不思議な安心感がある。
んじゃ、任せよう。
俺は言われた通り、ゆらちゃんを腕の中に入れたまま、強く手すりを握った。
雷のような音がして、周囲が一際明るくなった。
光っているのは地面全体――いや、線路か。
「一応原理を説明した方が良いかな? リニアモーターカーって知ってる?」
「めんどくさそうだからいいよ」
分野が違うので俺もさほど詳しくないが、ライデンがなにやってるかはおおよそ想像できた。
わずかな浮遊感――おそらくこの車両は浮いていた。
電流を流せば、磁場を発生させることができる。
磁石は同じ極同士を近づけたら反発する。
車両と線路、両方に電磁場を発生させ、車両を浮かして進ませているのだ。
浮いているのならば摩擦はゼロ。車両はさらに加速する。
リニアモーターカーは理論上可能な技術だが、大規模な設備を必要とするため、採算がなかなか合わない。
いやあ、俺は今、貴重な体験させてもらってんなあ。
「ライデン、お前ヒーロー辞めても就職先に困らねえだろうな」
「毎日こんなことしなきゃいけないならヒーローのがマシだよ」
軽くやってのけているように見えるが、実は大変らしい。
そりゃ、めっちゃつらそうにしてたらこっちも心配になるから、平気そうにするのはヒーローとして正しいんだろう。
エネルギー問題は簡単に解決しないらしい。
――そして大爆発。
もう5分経ったらしい。意外に長く感じたな。
流れ込んでくる爆風は熱い。そりゃそうだ。
もやが形を作って、ヘイズフォグが目の前に現れた。
俺に覆いかぶさるようにして、手すりに摑まる。
当然、覆いかぶさってるのは俺じゃねえ。俺が覆いかぶさっている、ゆらちゃんだ。
俺は判断を間違えたことを知った。
煙になれるならば爆風で死なないと判断して薬を預けたが、そりゃあ、自分の命より娘の安全を第一にするに決まっていた。
爆風でさらに浮かび上がった車両は、重力に従ってやがて地面に落ちる。
線路には戻れなかったようだ。
けたたましい金属音を立て、しばらく滑った後、停止した。
横転しなかったのは、誰かがなにかやったんだろう。
これだけの面子が揃ってればなんとかなるに違いない。
俺は自分以外の超常現象には詳しくねえ。
「あ、ごめん。眩しいから目を閉じてって言うの忘れてた」
ライデンが気軽に謝った。
確かに、視界が少しチカチカする。
「わーお。こんなすっげえ必殺技持ってたんだな、ライデン」
「そりゃ、リニアモーターカーを即席でつくらなきゃいけなくなる場面なんて、早々ないでしょ」
「良かったな、一生お蔵入りするかもしれねえ特技を披露できて」
「やらなくていいなら、一生やらなくてよかったんだけど」
ヒーローとして理想的なセリフである。
特になにも意識せず、本心からそう言っていそうなのもポイントが高い。
一体いつからこんなことができたのかは知らないが、ライデンのことだ。
最初っからできました、って言いそう。
フラックスを倒すのに手間取ったのも、どうやって手加減をするか、周囲の人を巻き込まないようにするかに気を配っていたせいだ。
ライデンは意外と、幸也と同じ系統なのかもしれない。
強すぎる力を制御するのに手間取るタイプ。
現代社会において、電気は不可欠なライフラインだ。
本気出して暴れたら、文明くらい滅ぼせるんだろうな、と思うが、そんな心配はしなくて済む。
ライデンがヴィランになるところは想像できないからだ。
体を乗っ取るヴィランとかはいそうだから、そういうのにやられたら困るな。
そうでなくとも面影がいるし、ライデンは一度知らぬ間にコピーされている。
あれ? 世界って意外と簡単に滅ぶか?




