幻煙ヴィラン・ヘイズフォグ⑤
仁は不機嫌そうな顔のまま、先に帰っていった。
何階建てかもわからないビルから普通に飛び降りていったので、ちょっとビビった。
マジで頑丈なんだな。
最後まで守りきれよ、とかは思わない。役割を交代したという認識なのだろう。
なぜなら、すぐに澪が現れたからだ。
フラックスの姿で、澪は俺の両頬を持った。
「ああ、ごめんなさい祈! ヘイズフォグにあんなことやそんなことされなかった!?」
「いかがわしい感じに言うんじゃねえよ。エロ同人みてえなことにはなってねえわ」
澪は慌てながらも俺の無事を確認し、胸をなでおろした。
何度か謝罪を繰り返されたが、俺はそれほど気にしていない。
つうか、むしろ全然さらわれたって良かったのだ。
さらわれて、デルタと会話してから助けに来てほしかった。
澪はため息をつきながら、ヘイズフォグに関する所感を述べた。
「公安にいた頃より随分腕を上げてるわ。昔はアタシが完封できたのに」
「つよ~」
「水と煙って意外に相性いいのよ。向こうにとっては悪いんでしょうけどね」
シーシャに水を使うようなものだろうか。
煙は水に溶けやすいことを利用して、か?
液体の純度が下がると操りにくいとは澪から聞いているが、ふむ。
能力には相性があるからな。お互い長所と短所はよく理解しているのだろう。
「元同僚ってことだよな? タッグ組んだりしてた?」
「いいえ〜? 向こうの方がエリートだったからね。アタシ、公安じゃ普通の人のフリしてたのよ?」
「あ、そっか。じゃあ完封したってのはお前がヴィランになった後?」
澪が俺の質問に答えるよりも先。
バチッと静電気のような音がして、突然目の前にライデンが現れた。両肩を掴まれる。
「怪我は!?」
「うお、偽物のライデンか?」
「なんで!? どこで本物のライデンかどうか判断してるの!? そもそも偽物って何、偽物の俺がいるの!? ちょっと待ってそれヴィラン!? 俺知らないんだけど!?」
「あ~、落ち着け落ち着け」
距離近かったから面影かと思った。
面影って意外にすげえな。
ライデンに気づかれず、ライデンの姿をコピーしていたのか。
ラットロードは面影のことを知っていたようだが、ライデンの耳には入っていなかった?
たしかに面影の変身を考えれば、隠密に優れている能力ではある。
むしろラットロード、公安の情報収集能力が凄まじいってことなのかね。
後の雑談で、面影のコピー能力も万能ではなく、視界内にいる人物しかその姿を映しとれないと聞いている。
雑談で能力の根幹の話をするな? とは思うが、今の面影に何言っても仕方がねえ。
常にあちこちを走り回っているヒーローに、気づかれないよう姿をコピーするのは中々難しそうだ。
面影の話をするのは面倒なので、一旦置く。
肩に置かれたライデンの手に、重ねるように自分の手を置く。
「この通り無事だ、ヘイズフォグとは会話しかしてねえよ。来てくれてありがとうな」
「とか言ってるけど、当たり前のようにデルタのところへ行こうとしてたよね?」
「そりゃあ、いい加減殺意だけ向けられるの意味わかんねえんだもんよ。対話でなんとかなるかもしれねえなら命かける価値あるぜ、既に命狙われてんだから」
「そういう話じゃないじゃん! ねえ! 危ないことしないでよ! 心配なんだって!」
「俺から危ない場所に突っ込んでいこうとしたみてえな言い方やめろ~? 向こうから来たんだろうが。じゃあお伺いしますかってなくらいで、そんな積極的にやってねえだろ。お前も悲しむだろうと思って我慢したんだぜ、ライデン」
「く……っ!」
ライデンはひるんだ。
俺はこのべしゃりの力で生きてきたようなもんだぜ、若造。
言い負かすならもうちょっとお喋りを磨いてくるんだな、ぎゃっはっは。
「今回は守ってくれてありがとよ。次お前がミスっても俺は恨まねえが、お前が後悔するってんならそうならないように頑張れ」
「……わかったよ。祈にあたっても意味ないよね。俺の力が足りないのが悪いんだ」
……会話の流れミスったか?
やはり人間とのコミュニケーションに正解ってもんはない。
俺は素直に自分の非を認めた。
「あー、いや、俺も悪かったよ。ヘイズフォグとは会話成立しそうだったから話しかけて、お前の集中力を奪っちまったな。向こうも時間稼ぎのために喋ってたみてえだし、まんまと乗せられちまったわ」
「いいや。俺がもっとうまくやれたらあんなことにはならなかった」
……大丈夫かこれ?
ライデンは反省して強くなるタイプだとは思うが、毎回心配になるんだよな。
必要以上に落ち込んでねえかなって。
それでも立ち上がり続けるあたり、ヒーローだなって思うわけだが。
「次は助けるよ、祈」
「がんばれ〜」
適当に応援すると、ライデンはため息をついた後、バチッと電撃の音をさせて一瞬で去っていった。
「ヒーローって真面目だよなあ。澪もヒーロー目指すなら、あれくらい生真面目になる努力が必要なのかもしんねえぞ」
「今の会話を経て、感想がそれ?」
呆れた目で見られている。
俺の発言のどこかに問題があったらしい。どこ?
俺と澪の倫理観は近いはずだ。うーん?
「……俺はお前がヒーローにならなくても好きだよ?」
「はあー……」
深いため息をつかれた。違ったらしい。
今日は俺、人にため息をつかせまくりだな。
澪が俺を抱えて――というか浮かべて? 廃ビルから脱出した。
外見を眺めるが、よく倒壊しなかったと感心した。
通報しといた方がいいのだろうか、と思ったが、すぐにパトカーのサイレンが聞こえる。
アイアンクラッドがでっけえ音立てながら暴れ回ったんだから、そりゃ騒音被害で誰か通報してるわな。
こんな夜中に、ご近所迷惑がすぎる。
面倒なのでパトカーを避けながら、俺と澪は帰路に着いた。
澪はぼやいた。
「殺しじゃなくて誘拐に手段を変えたのね。厄介だわ、護るのが難しいもの」
デルタの目的は、澪も知らないらしい。
意外と知っているかなとも思っていたのだが、失礼だったかもな。
澪は俺に言っていないことが、結構ありそうな感じがするから。
「なんの用事なんだろうな。また来る的なこと言ってたから、ヘイズフォグがデルタに始末されなければアイツがまた来るんじゃねえの?」
「そうねえ。デルタに処刑されそうになったら、その前に逃げるくらいの器量がありそうだけど、それはそれで面倒よね」
なにが面倒なのか、俺が尋ねる前に、澪が笑いながら言った。
「もう家は満員だし」
「俺が拾う前提で言うなよな」
「祈なら不可能はないかと思って」
「すべてのヴィランと友達になれるわけじゃねんだぞ」
それができれば世界平和が近づいていいのかもしれねえが、俺に「みんななかよく」を実現できるだけの素敵ファンシーパワーがあるわけではない。
あるのはちょっとした再生能力と、べしゃりの技術である。
チートを謳うには不足している。
誘拐ねえ。
俺は全然さらわれてもいいんだが、そうなると悲しむやつが多そうだ。まいったね。




