ヒーロー候補・D.E.T.O.N.A.T.E.③
後日、俺と幸也は約束通り、ボウリングをしにやって来ていた。
同世代の友人とこうして遊びに来るなんて、都会に出てからは、実は俺としても初体験である。
俺にとってどこが同世代なのかは年々わからなくなりつつあるけどな。肉体的な年齢ならば幸也とは近い。
ま、しかし中身はおっさんだ。
それほど浮かれるわけにもいかない。
初めてのボウリング場にそわそわしている幸也の前では、余裕を見せてやるべきだ。
すべてわかっていますよという顔で受付を済ませ、ボウリングシューズを借り、適当な重さの球を見繕った。
幸也に、ボールを投げるフォームを教えてやる。
歩幅を測り、どの位置から何歩で進み、どのタイミングでボールを放すのか。
覚えの良い幸也は逐一「わかりました!」「へえ!」「なるほど!」と相槌を打ってくれるので、教える方もやりやすかった。
ざっくり教えたが、百聞は一見に如かずだ。
細けえことはやりながら修正していけばいい。
そう思ってとりあえずゲームを始めたのだが、幸也のボウリングは――文句の付け所がなかった。
なにしろ、初球からストライク。
ビギナーズラックかと思い、しかしちゃんとすごいのでベタ褒めしたら照れているようであった。
そんで2球、3球と投げていったのだが、全部ストライク。
ここまでくると、幸運とか、そういう話ではない。きちんと実力だった。
「お前天才だよ。マジでこれが初めてなのか?」
「ここで嘘つく意味ありますか? 祈さんの教え方が良かったのでは?」
「天才なのは俺だった……?」
プロボウラーを育成する才能だと……?
自分がプロボウラーでもないのに、飛び越えて指導者側に?
できなかないだろうが、ボウリング教室を開くならば、指導者側に箔のある経歴がないと生徒を呼びにくい。
まずは俺がプロボウラーにならんと――いや俺は何本気に将来設計を?
あっぶね、幸也は人を乗せるのが本当に上手い。
おそらく無自覚だ。本気の言葉だからこそ、相手の胸に響く。
こいつならば嘘はつかない、だから信じていい、そう思わせる言葉なのだ。
もうすでに俺よりボウリング上手いんだよなあ、やりにくいな。
そう思いながら、俺もストライクをとる。
お互いにストライクしか出していないので、試合は迅速に進んだ。
球を持ちながら、幸也が話し出す。
「あれから何度かD.E.T.O.N.A.T.E.さんとお話ししたんですが」
「マジ? いつの間に?」
D.E.T.O.N.A.T.E.は基本的にクローゼットの中に収納されている。
だからいるかいないか、開けてみないことにはわからない。
もともと、いつでも出てって良いし、いつでも戻ってきていい、と言ってあるのでそれに関しては問題ない。
そうか。実際に出ていって、戻って来ていたんだな。ちょっと感慨深いぞ。
D.E.T.O.N.A.T.E.からは自由意志ってのがあまり感じられねえからな。
あっさりとストライクをとりながら、幸也は明るく言った。
「いい人そうでした!」
「そうかあ」
遊園地での別れ際、幸也はイタリア語でD.E.T.O.N.A.T.E.に話しかけていた。
D.E.T.O.N.A.T.E.も何か返していたので、そこで次に会う約束をしていたのだろう。
なんだよ、俺には聞かせたくねえ話か。なんか嫉妬しちまうぜ。
どっちに嫉妬してんのかな。どっちもかもな。
あるいは俺が間に入らなくとも会話ができるようになったのかお前ら、みたいな感動かもしれない。
幸也もD.E.T.O.N.A.T.E.も、コミュニケーションに心配事があるやつらだ。
その深刻度は違えど、ある程度共通するところもあったのだろう。
「実は俺、D.E.T.O.N.A.T.E.を倒すためヒーローになったんですよね」
「……ちょっと待ってくれ。聞いてねえ」
「言ってませんからね、誰にも」
幸也はそんな秘密を俺にぽんと開示しながら、当たり前のようにストライクを出した。
店員がちらちらこちらを見ているのが気になる。
そりゃそうだよな、どう見ても初心者ですって雰囲気でやってきたのに、ストライクの連発だ。
初心者騙りか、稀代の天才誕生のどちらかである。どっちでも気になるわ。
「もちろんライデンさんに憧れて、ってのもありますよ。でも見ての通り、俺ってそれほどヒーローに向いてないじゃないですか」
「ンなこたねえと思うけど」
「ありがとうございます。少なくとも自分ではそう感じていて。それでもヒーローになったのは、母がD.E.T.O.N.A.T.E.に爆殺されたからです」
唖然とする。その拍子に手が滑り、俺が投げたボールはガーターになった。
幸也は明るく「どんまい!」と俺に言った。
次に投げた球でもスペアにできず、俺は困惑しながら席に戻る。
いつもと変わらない様子で、幸也は明るく言った。
「だから先日祈さんがD.E.T.O.N.A.T.E.さんを連れてきたときはびっくりしました! え、ここで!? と思いましたね」
「す、すまん……いろいろと……」
ストライクを出して戻って来た幸也に、言葉を選びながら話しかける。
「その、良かったのか? 復讐とかは」
「もともと復讐が目的ではなかったので」
俺の投げた球はピンを9本倒し、2投目でしっかり残りを倒してスペアになった。
少しは心が落ち着いてきた。幸也の話を聞く。
「俺の母はすごい人で、先手を取られてたんですよね。『もし私が誰かに殺されても、復讐はしなくていい』。事前にそう言われています」
「そりゃすげえ母ちゃんだな」
「はい、すごいです。でもこれは慈愛の心からくる言葉ではありません」
死んだ母の話をしながらも、幸也は冷静だった。投げた球はやっぱり、相変わらずのストライク。
彼の中で、母の死をしっかり整理できているということだろうか。
俺は全然できていないので、すげえなあと素直に尊敬する。
「母はこう続けました。『お前が人を殺したいと思う気持ちを、勝手に私がそう望んでいるからと責任転嫁するな。お前がそいつを殺したいと思うなら殺せ、私のせいにするんじゃない』――まあ俺もその通りだなとは思うんで」
「……すげえ母ちゃんだ」
俺の思う母親像というやつからは、かけ離れた人物だったらしい。
豪胆というか。しかし嫌な感じはしない。
幸也が言うように、まあそれもそうだな、と思わせる迫力が、伝聞からですら感じられた。
俺は目を閉じ、深呼吸をする。
気持ちを切り替えて一投。しっかりストライクだ。俺も調子が戻った。
「D.E.T.O.N.A.T.E.さんのことを知って、俺はこの人を殺すべきではないと思ったので、殺しません。むしろいい人で、ちょっと仲良くなれそうな気もするんで、会えて嬉しかったですね」
「お前……お前って本当にすごいやつだったんだな、幸也」
「どこで評価が上がってるんだかわかりませんが、光栄です!」
本人に自覚がないところも、またすごい。そこまで割り切れるものだろうか。
例え人質を取られたことによる、望まない殺人であったとしても、D.E.T.O.N.A.T.E.が愛する母の仇であることには変わりないはずだ。
母から直接言い含められていても、だとしても、だ。それがむしろ足枷にはならないのだろうか。
復讐したいという気持ちを、母の遺言で妨げられてはいないのか。
「もともと、俺みたいな人間がもっと増えたら可哀想だなあ、と思ってヒーロー始めたんです。才能なくてもやらないよりはマシだろうと思って」
「偉~」
「俺が殺さなければならないとしたらデルタだ」
うっすら背筋が凍るような感じがした。
それが幸也の能力によるものか、俺が得たなんらかの感情によるものなのかはわからなかった。
幸也は球を投げるため、既に俺に背を向けている。表情はわからない。
「俺は期待しています――目の前に現れたデルタが、殺すに値する人物であることを」
幸也は、そこで初めてストライクを逃した。
明るく「あちゃあ!」と言って、次で綺麗にすべてのピンを倒す。
最後の一投もしっかりとストライクで決め、振り返った幸也はいつも通りに笑っていた。
「もう1ゲームします?」
「……ああ」
ヒーローを職業にできないのなら、プロボウラーになれるだろう。
だがこいつは優秀だ。もっとできることが、他にもたくさんあるに違いない。
なりたいと思えば、それになれるだろう。
幸也は努力のできる人間だ。向いていないと思っているヒーローでも、あれほど真面目に取り組んでいる。
デルタが幸也の道を狭めているのだ。
今のままでは、こいつはヒーローになるしかない。
やれやれ、デルタを倒さなければならない理由がまた一つ増えてしまったな。




