分解ヒーロー・D.E.T.O.N.A.T.E.
朗報を持って家に帰ると、すだまがどや顔でD.E.T.O.N.A.T.E.の前に皿を置いたところだった。
「大根とねぎ・糸こんにゃくの煮物じゃ!」
「努力はわかった」
頭文字がD.E.T.O.N.A.T.E.になるような食材で料理を作ったのだ。
さすがはすだま、面倒見の良すぎる狐だ。
もう俺以外は匙を投げているD.E.T.O.N.A.T.E.との交流を諦めていなかったようである。
D.E.T.O.N.A.T.E.の頭文字になる言葉しか認識できない、と説明したらすだまはだいぶちんぷんかんぷんな顔をしていた。そりゃそう。意味がわからねえよな。
しかしすだまはそこでD.E.T.O.N.A.T.E.を見放さず、100円均一でローマ字表を買ってきて、日々眺めながら云々唸っていたのだ。
ローマ字から始めて、英語のポエムが作れるようになるまでどんだけかかるんだと思っていたが、料理名で勝負してくるとはな。
大根とねぎ・糸こんにゃくの煮物。
でえこんに無理を感じなくはないし、イトの部分は発音としては正しいがスペルはめちゃくちゃだ。しかし飯として美味そうなのでいいだろう。
でも具材に肉か魚も欲しいな、素朴すぎる。副菜としてはいいか。
すだまが差し出した皿の中身を見て、D.E.T.O.N.A.T.E.が言った。
「台所に選ばれし天才よ。音もなく匂いだけで味を想像させ、楽しみを得られる」
――しゃ、喋った。
英語でなく日本語だった。
澪は両手で口を押え、仁でさえ目を見張っている。
「なんじゃ、いつのまにか言葉勉強しとったんか。そんなに褒めるでない、せめて食べてから褒めい」
すだまにも意味が通じている。俺の幻聴じゃなかった。
「お前日本語にも対応してたのかよ!!!!!」
頑張って英語喋ってた俺の、今までの努力は!?
D.E.T.O.N.A.T.E.になるならなんでもいいんかよ、この節操なし!
D.E.T.O.N.A.T.E.は突然怒鳴った俺を見たが、怪訝そうな顔をしている。
先程語りかけたすだまに対してもそうだった。意味が通じていない。
「ここまで日本語操れるなら俺が今言ってること理解できねえわけねえだろ! なぁになんもわかりませんって顔してんだコラァ! どういうシステムになってんだよお前の頭は! 自分で言語野分解して調べろや!」
「祈、落ち着いて、ほら深呼吸」
澪の手で背中を撫でられ、俺は冷静さを取り戻した。
怒鳴っても仕方がない。こいつにはこの言い方では意味が通じないからだ。
「あーくそ。おいD.E.T.O.N.A.T.E.、会話するぞ会話。お前がどこまでをデトネイト構文と認識するのか試してやるから」
それによって会話の難易度がまるで変わってくるんだよ。
あいうえお作文でいけるんだったら、会話をする難易度は随分下がる。
日本人とのコミュニケーションも充分視野に入ってくる。
俺は少し考えた。そしてD.E.T.O.N.A.T.E.に喋りかける。
「同志よ、責任は取ってやる。
永遠に俺はお前の友だ。
永遠にお前の生きる糧だったその者にはなれず、代わりもできない。
お前に空いた穴も、埋めることはできない。
なくなったものはかえってこない。
あの世は一方通行だ。
手助けできるのは、お前にできた穴へ寄り添ってやることだ。
永遠に埋まらない穴へと、お前が落ちていかないよう見張ろう」
……なんかめちゃくちゃポエムになってしまった。
もっとバカっぽいでとねいと作文でも良かったはずなのに、D.E.T.O.N.A.T.E.にあわせて言葉を考えているとついついこうなる。
D.E.T.O.N.A.T.E.はいつも見開いている目をさらに開き、いつもはきょろきょろと動き続けている目線を俺に固定した。
「誰がこれほど私の心を揺らがせただろう。
永遠に私はお前の友だ。
永遠に私のような穴をお前に開けない。
お前へ誰かが穴を開けないよう見張る墓守になろう。
ノートルダムのせむし男のように
愛をささげよう。
天使のごときお前は
エスメラルダより幸福になれる」
また天使かい。俺ってそんなに美少女なのか?
めちゃくちゃ日本語うまいじゃねえかよ。
イントネーションが自然すぎる。何か国語喋れんだ。
何か国語喋れたところで全部デトネイト構文になるんだったらもったいなさすぎるだろ。
ひとまずこれで会話ができるってことはわかった。
もうNから始まるいい感じの英単語を探さなくてもいい。
かわりに日本語で探さなきゃいけねえけど、母国語の方が楽に決まっている。
「大事な友ほど失えば辛いものだ。
永遠を生きよう。
友のためならばそうしよう。
俺のためにお前へ穴を開けさせない。
亡くなったお前によってできた
穴に
飛び込まないと誓う。
永遠を生きよう」
俺の言葉を聞いて、D.E.T.O.N.A.T.E.は目を閉じた。
伝わっていると思おう。少なくとも怪訝な顔はしていない。
結構無理矢理なあいうえお作文にしても平気そうだな、とにかくD.E.T.O.N.A.T.E.の頭文字になってれば。この節操なし!
だがこれで随分道は開けた。
そのうち普通に聞こえるような会話もできるようになるだろう。たぶん。きっと。
「……あれ、わかる? すだま」
「む? すまぬ、あれって日本語だったのか?」
現状ポエム過ぎてあんまり意味が伝わっていないようだ。半分俺のせいだな。
澪もすだまもぽかんとし、仁は新聞を読んでいる。
俺は額に流れる汗を拭った。
「いやあ、すっげえ愛の言葉を言われるもんで緊張したぜ。つられて俺もかなりのことを言ってしまった。まあ本心ではあるが」
「なんにもわからなかったわ。穴って下ネタ?」
「高尚なやり取りからの低俗なセリフ、高低差で耳がイカレるぜ」
「それなら聞いたことあるわね。引用するならそういうのにしなさい」
「急にユーゴーを引用したのはあっちだからな?」
もう少しチューニング合わせて語彙を一般的なものにしていかなきゃならねえ。
これはやっぱり俺が会話してなんとかしてやるしかねえか。
結局D.E.T.O.N.A.T.E.との会話には異常なコストがかかる。疲れる。
「もうヒーローネームはD.E.T.O.N.A.T.E.にするしかねえわ。名が体を表しすぎてる。この順番で喋ってやってくださいねってのを人に教えるためにも仕方ねえ。あのD.E.T.O.N.A.T.E.と同じとは言ってねえんだしなんとかなるなんとかなる」
「なんとかなるかしらねえ」
誰にも見られてねえんだからなんとかなるだろう。
しかしD.E.T.O.N.A.T.E.が全員始末した、というのはターゲットに限り、巻き込まれただけの人間は仁のようにD.E.T.O.N.A.T.E.の顔を覚えているかもしれない。これフラグ?
素性を隠すためにもやはりヒーロースーツか。ネムネムに会いに行こう。
ネムネムとD.E.T.O.N.A.T.E.は両者ともコミュニケーションに難がありすぎる。
板挟みにされて俺の頭が破裂するかもしれねえ。
そんなやり取りの途中で電話がかかってきた。
相手は幸也――雪狐だ。
それなりに頻繁にやりとりをしているが、電話というのは珍しい。
緊急性があるのかと思い、すぐ通話に出る。
「祈さん! 助けてー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
爆音で叫ばれ、耳がキーンとした。
その後、通話がぷつりと切れ、電話はツーツーという電子音しか発さなくなった。
おい、不穏すぎんだろうがよ。
ヒーローから、ヒーローに対して言うようなセリフで助けを求められてしまった。
俺はヒーローではなく、ヒロインでもなく、未だヒーラーでもないが、友人が困っているのなら助けたい。
ため息をついて、俺はスマホをポケットにしまって立ち上がった。
「どこに行かなきゃいけないか、わかってるの?」
「知らねえよ。参ったな」
澪に心当たりを聞かれるが、首を横に振って否定する。
とりあえずは外に出て、SNSなんかを見ながら情報収集しようかと思っていた。
どこぞから拾ってきて修理したタブレットを使っていた仁が、俺にその画面を見せて来る。
それは配信サイトによるLIVE映像だった。
そこでは雪狐が必死に戦っていた。
あたりを凍らせ、滑って走り回り、燃え広がろうとする炎を鎮火していた。
場所はすぐにわかった。仁ってば優秀。
だが問題は、雪狐が戦っている相手だった。
燃え盛る頭の炎は青く、高い火柱をあげながら、すべてをめちゃくちゃにしようとしているそのヴィランは、俺のよく知る女だった。
「ああ、こういうのには覚えがあるわ」
澪はぽつりと言った。
「アタシもこんな感じだったもの。ヴィランになるときは」
――炎熱ヒーロー・インフェルナは、ヴィランになりかけていた。




