ふかふかの番人・ネムネム
まさか、雪狐もインフェルナも同じツテを頼ってヒーロースーツを仕立てていたとは思わなかった。
そんでもって、そのツテというのが、俺の知り合いであったとも思わなかった。
2人にヒーロースーツの話を聞いた結果それがわかったのだ。
やって来たのは遊園地だ。
懐かしいな、ここでライデンに助けられたことがある。
ライデンには街のあちこちで助けられているので、それほど遊園地が特別というわけでもない。
こいつともそのタイミングで知り合った――ふかふかの番人・ネムネム。
遊園地のマスコットキャラクターで、種族はキメラ。
頭には鹿の角、耳は猫、しっぽは虎、手足はシマウマの模様。顔は――ハムスターとか? くりくりお目目にωの口だ、どんな動物でもこうデフォルメしがちである。
あらゆる動物の特徴を詰め込んだ結果、なにものでもない動物になっている。
それがふかふかの番人・ネムネムだ。
ふかふかの番人がなんなのかわからないし、そもそも番人っつってるけど人か? って話だが、遊園地のキャラクターにそこまでの整合性を求めるのは酷だ。
ネムネムは日々マスコットとして着ぐるみで遊園地を練り歩き、グリーティングに応えている。
子供から大人にまで大人気だ。
ふかふかの毛を触ってもいいらしく、よく人がネムネムに抱きついて腹の毛に埋まっている。
グッズは特に手作りキーホルダーが人気らしい。
数量限定販売で、すべて手作りのため個体差が激しい。自分だけのミニネムネムを求め人が殺到する。
キーホルダーはネムネムの手作りという噂だが、その真偽やいかに。
ネムネムは俺に気づくと、両手を振って喜びを表現しながら近づいてきた。
さすがのファンサービスである。
「ようネムネム、元気にしてたか?」
ビシィッ、とキメポーズをとってネムネムは答えてくれた。
こいつは喋れない。中の人がいることがバレたら困るから、という理由ではない。
中の人などいないからだ。
そういう設定ではなく、本当に中に人がいない。
そういう異能、あるいは種族なのだろう。
かつてこの遊園地でヴィランが暴れた結果、攻撃の余波を受けてネムネムの首が取れてしまったことがある。
もともととれる構造にはなっていなかったようで、首の部分から頭が引きちぎれたのだ。
中からは綿が飛び出してきた。そして、綿しかなかったのだ。
人間は入っていなかった。
ではどういう原理で動いているのかといえば、まあこの世にはスーパーパワーというものがあるから、いろいろ方法はあるのだろう。
うっかりそんなところを見てしまった俺は、ネムネムに夢を見ている子供の性癖を破壊しないよう、慌ててネムネムの頭を拾い上げ、ひとまず首の上においてやった。
ネムネムと俺でちぎれた頭を押さえながら、必死でヴィランから逃げた。
あれはだいぶコメディチックだったと思う。なにやってんだ俺と思わんでもなかった。
しかしネムネムにとっては死活問題――頭がちぎれても死んでいないようだったが――正体がバレないよう手助けした俺に、ネムネムは大層感謝した。
それ以来友達みたいな関係を続けている。
俺はおひとり様を極めているので、ひとりで遊園地に来れる人間なんだぜ。
そうだ、俺は噂のネムネムキーホルダーが欲しくてあの日遊園地にいたのだ。
園内にいるとどんどんグリーティングに人が集まって来てしまうので、ネムネムは俺をバックヤードに案内してくれた。
椅子に腰かけながら、ネムネムに尋ねる。
「聞いたんだけどお前、ヒーロースーツ作ってんだって?」
ネムネムは大きくのけ反った。驚きの表現である。
「あ、言ってなかったか。ヒーローの知り合いいるんだよ、俺」
ネムネムは大きく万歳した。驚きの表現である。
「そんで新しくヒーローをプロデュースしてえから、お前の協力を頼めねえかなと思ってさ」
ネムネムは両手で口を押えた。驚きの表現である。
今日はネムネムを驚かせてしかいねえわ。
どんだけ驚きのパターンあんだろ、もっと見たい気持ちもある。
ネムネムはぶんぶん首を縦に振って頷き、両手でグーサインをつくり、そのあと両手で大きな丸を作った。
とにかくオッケーということらしい。大歓迎、という意味でもあるのか。
「助かるわ、そういうの詳しくねえからさ」
右手をちょいちょいこまねいて、ネムネムはちょっと聞いてよとアピールした。
ここからは俺の読み取り能力が試される。真剣にネムネムを見た。
まず頭の上に手をやり、手を開いたり閉じたりしながら、腕を上下に動かす。
盆踊りみてえだが、たぶん違うな。
「インフェルナ?」
グーサインが出たので合っていたらしい。
頭が燃えているという表現か。ギリギリわかった。
「じゃあ雪狐はどう表すんだ?」
頭の上に開いた両の手のひらを当て、動物の耳を模したようなポーズをとった。
「……狐だからか? そういえばアイツって雪狐と言いながら雪の要素も狐の要素も全然ねえよな」
ネムネムは大きくのけ反った。ショックを受けているようである。
そうか、デザイナーだからか。
雪狐の格好って全然雪狐じゃないよね笑 は罵倒ということだ。ごめん。
ネムネムは頭を抱えてしまった。
「でもほら、雪降らせねえアイツにも責任あると思う」
降らせること自体はできるのだろうが、戦闘において雪を降らせる必要がない。
いやできんのかな? その辺もよくわからん。
特に必要がなくともコールドスリープの可能性について考えていた幸也ならば、できるかどうか試していそうだ。
ネムネムは右腕を上げ、左腕を下げた。そして左足を上げ、右足を踏み出す。
これは……なんだ? 俺が困惑していると、ネムネムはその場で足踏みをした。
俺が唸っていると、ネムネムは足踏みのスピードを上げる。
疲れそうだからはやく理解してやりたいのだが、なんにも思いつかねえ。
ジェスチャーゲームは苦手なのだ。
俺は文系ではない。だからこそ言葉によるコミュニケーションを楽だと思っている。
行間が読めねえからだ。そりゃ現代文の試験なら満点を取れる。
だが現実はそう単純ではない。
文脈を読み、表情を読み、仕草を読み、雰囲気を読み――そういうのやりすぎると疲れるんだよ。
ズバッと言えズバッと。ライデンみてえに。
「……あ!? もしかしてライデンにもヒーロースーツ仕立ててる!?」
ネムネムは両手の親指を立てたまま腕を振り、激烈に「イエス」を表した。
どこぞのサボテンモンスターのようなあのジェスチャーはライデンだったのか。
なんだ、走るのがはやいから走っている姿を現しているのか?
たしかに電気はジェスチャーで表すのがムズいから、それが正しいのかもしれない。
しかしそうか。
ライデンはきちんと覆面ヒーローを続けているので、その正体は誰も知らない。
ネムネムも素性が知れない。人間なのかどうなのかすら不明だ。
もしネムネムが襲われてライデンの情報を吐かせようとしても、ジェスチャーしかできないネムネムから得られる情報は少ないだろう。良い選択だ、ライデン。
ネムネムは虚空を順番に指さした。
目の前にある3つの商品を選んでいるように見える。
「どのヒーローと知り合いなのかって聞いてるのか?」
元気よく頷いたので、正解だったらしい。
「全員」
ネムネムは両頬に手を当てた。驚きの表現である。
「しかし、現状存在するすべてのヒーローに衣装を仕立てているのがお前だったとはなあ。まさかヴィランにも仕立ててねえよな?」
ネムネムはおずおずといった様子で、肩を縮こまらせながら、親指と人差し指で「ちょっと」を示した。
やっているようである。こいつ。
「お前なあ。善悪の区別ねえのか? キメラだから仕方ねえのか? でもやりすぎると討伐されるからな、できるだけ人間の味方ですって顔できるようにしとけよ」
着ぐるみに表情は作れないが、そういうのをジェスチャーで伝えるのが着ぐるみの仕事だろう。
ブンブンと激しく首を振り、ネムネムは頷いた。
「ま、迫害されたら俺の地元来たら? なんか魑魅魍魎いっぱいいるらしい、俺は見たことねえけど」
ネムネムは頬に手を当て首を傾け「一考の余地あり」を示した。
遊園地の敷地の中から出られない、とかそういう縛りプレイをしているわけではないようだ。
遊園地でしか見たことがないのは、遊園地以外で着ぐるみが歩いていたら不自然だからだろう。
でけえ商業施設とかだったらいけんのかな、着ぐるみショーです的な感じで。
「今んとこ遊園地でうまくやってんだから、このままでいいんだろうけどな」
なにしろこいつはこの遊園地の顔だ。
ネムネムはダブルピースした。調子が良さそうで何より。稼いでんのかな。
賃金貰ってるんだろうか。さすがに労働の対価は得てるよな。
この遊園地の経営者には会ったことがないが、ネムネムをどういう感じで扱っているのだろう。
ペット感覚で無償労働させてたら代わりに怒ってやろうかな。
「とにかくまた相談に来るわ。スーツ誂えるなら本人もいた方がいいだろうしな」
両手で大きな丸を作るネムネム。
これでヒーロースーツの問題は解決しそうだ。なにしろシェアNo.1の協力を得た。
他にヒーロースーツを作ってるやつもいなければ、他にヒーローもいないからな。
しかし結局ネムネムは、ぬいぐるみ族とかそういう感じなんだろうか。
それともパペットを操作する能力者がどっかに隠れているのか。
裁縫が得意だというのなら、どっちでもありえそうだな。




