変身ヴィラン・面影⑥
意識を取り戻した面影は、鏡を見て「これが、オレ……!?」とか散々やった後、俺に土下座した。
「このご恩は忘れません! そんで殺してすいませんでした!」
「謝罪の仕方がなってねえな、ついでみてえに言うんじゃねえよ。許すけど」
「いいんスか!?」
「全然マシな殺され方だったしな」
「それについてはものすごく異議があるわよ」
ライデンが俺を殺すところを見せつけられた澪が文句を言った。
そりゃあ、惚れている相手が友人を殺す胸糞シーンを再現されたら不機嫌にもなるだろう。
……まあ、俺の感覚もおかしくなっていたな。
普通、突然刺殺されたら文句の一つでも言うものだ。
死んでたら言えねえか、やっぱ感覚狂ってんな。
でも刺し傷ってすぐ治せるし全然なんか、マシだなと思ってしまうようになっている。
これもこの日本の治安が異常に悪く、なぜだかデルタが俺を狙っているからである。
マジで理由何なの?
ヴィランたちはデルタと気軽に会えるらしいし、そろそろ俺にも話しかけてくれたって良くねえか?
「つか、もとの姿はわかったが、名前とかは思い出したのか?」
「いやそっちについては全然。たはは」
自分が誰かわからない、などという深刻な問題を抱えているにしては軽薄な笑いだった。
記憶喪失か。何も覚えていないというのはどんな気分だろう。
「そいじゃ、あっしが預かりやしょうかね。データ照合したらどこぞの坊ちゃんかわかるやもしれやせんよ」
「マジすか! おなしゃす!!」
公安モードのラットロードが面影を引き受けてくれるようだ。
助かる。もう我が家は定員オーバーだ。
「しかし元のオレって全然特徴ねえっすね。いいなあ、ネズミの耳としっぽ」
面影がそう言うと、ラットロードが2人になった。
変身のスピードはかなりはやい。よそ見していたらどっちが本物なのかわからなくなるところだ。
「憧れるにしてももっとあるだろ」
「お嬢、あっしに失礼でやんす」
瞬間、すだまが面影をパァンと平手打ちした。
面影は突然のことに事態を理解できず、目をまん丸にし、打たれた頬を押さえて呆然としている。
昼ドラのワンシーンみたい。
本物のラットロードの方も頬を押えた。
自分の顔したやつが、のじゃロリにビンタされてるところを見るのはどんな気分なのだろう。
性癖変になっちゃう。
「阿呆! そんなことを繰り返すから己を見失うのじゃ!」
「で、でも人が羨ましいじゃないっスかぁ……」
「他人を羨む時間で自分を磨く努力をせい!」
正論パンチだ。これは痛い。
ラットロードから元の姿に戻った面影も泣きそうだ。
「まあまあ、その辺にしとけよ。誰かに成れる能力を持ってる、ってのもこいつの個性だろ?」
「そんなことを言ってはならん。そうやってあやかしが欲しい言葉をかけてやるから次から次に持って帰ってくるんじゃ!」
おっと、このままでは説教の矛先が俺に向いてしまう。
俺は面影くらいの年代の少年少女、青年には甘いのだ。大人が守ってやらなきゃならん世代だ。
人生一番楽しい時期なんだからもっと気楽に、こう、なあ?
「お嬢、色んなとこであんなことやっとるんですなあ」
「なんか破廉恥に聞こえるからやめてくれるか? そんなナンパみてえなことはしてねえだろ。なあ?」
誰からも援護が飛んでこなかった。嘘だろ。
と思ったら澪がフォローをいれてくれた。
「アタシとは順当に仲を深めたわよね? マッチングアプリで出会ってから、直接居酒屋でおはなしする程度には段階踏んだと思うわ」
「例えがお前、アレすぎんだろ! お前のスワイプは暗殺か!?」
フォローに見せかけた襲撃だった。
なんちゅう例えをしてくれてんだ。
マッチングアプリでイイネかダメかを左右にスワイプする感覚で、人を暗殺するかどうか決めてんのかこいつは。
すだまはマチアプ……? と首を傾げているが、知っていたら「くらっ!」と言っていたに違いない。
そしてすだまは勤勉なので、この後マチアプについて調べて「くらっ!」と言うだろう。
「ったく、いいか? ルッキズムに支配されるな、くだらねえ。世の中にはお前の思うカッコイイをダサいと思い、お前の思うダサいを美しいと思うやつがいる。他人を羨んでも終わりがねえんだよ」
すだまの説教は耳に痛すぎるので、俺が代わりにやってやる。
面影はしょんぼりしながらも、俺の話に耳を傾けた。
「お前も充分個性的だろ。普通をコンプレックスに思い、そこからの脱却を目指してるってのだけで特徴なんだよ。なにも人を羨む気持ちを無くせってんじゃねえ、やり方を考えろ。お前には人をコピーする力があるが、やりすぎるとどうなるかわかっただろ」
変身のし過ぎで己が誰かもわからなくなるほどだったのに、再び人を羨んでコピーするまでのスパンが短すぎる。
この調子では、面影はまた自分の顔を忘れるだろう。
人を羨ましいと思うな、などと言っても、そんなのは不可能だ。
大なり小なり誰でも持っている感情である。
「でも、オレにはこれしかないんスよ……」
「なんも覚えてねえからそう思うだけだ。お前は自分を普通だと言ったが、見た目の話なら自分で変えられるだろ。異能の話じゃねえぜ。髪が普通だってんなら髪型変えて染めろ、顔が普通だってんならサングラスでもかけろ、服が普通だってんなら変な服着ろ。お前切れ長の糸目だし、中華服とか似合うんじゃねえの」
変身はミュータントにだけ許された技術ではない。
コーディネートやメイクアップで人は変われる。
「すごい……人生に希望が見えてきたっス……!」
先程まで泣きそうだったのが嘘のように、面影は顔を輝かせた。単純すぎて心配になる。
こんなおっさんの言うことを本気にしてんじゃねえよ、話半分に聞けや。
「お前感化されやすいなあ、そんなんだからデルタに付け入られるんだ。もっと自分をしっかり持て、俺の言葉くらい聞き流せるようになれ」
「肝に銘じます、師匠!」
「だァれが師匠だ、勝手に弟子入りすんな」
俺の説教はこれで終わりだ。
すだまは耳としっぽを下げた。
「とほほ、祈はいつもこんなじゃ。このままでは百鬼夜行をつくってしまうぞ」
とほほってホントに言うやついるんだ。




