聖なる医師団1
周囲は暗く、街の明かりもほとんど消されているミッドガルフ貿易国に到着した。
本来なら三日くらいかかる予定だったのが、一日で到着しちゃったよ。というかこの二人休まずに走り続けたよ? どんな体力してるの?
「ワタシはともかくシャルロットさんは凄いですね」
「音の魔力をちょっと使ったわ。さすがに魔力を消費の別な疲れが出てくるからあまり多用はできないけど、疲れを忘れる声を自分に聞かせて走り続けたわ」
「パムレがいたら怒る案件かもね」
きっと結構な無茶なのだろう。
「それよりも今日中に到着して良かったわ。できればゴルドと合流して奴らの施設に潜入したい所だけど、相手の思惑を隠される前に色々と問題を解決したかったものね」
と、シャルロットが言った瞬間。
「ボクならここにいますよ」
ゴルドさんの声が後ろから聞こえた。
「え!? 何故!?」
金と銀が月明かりに照らされて輝く髪と優しい笑顔の青年。どう見ても俺と同い年くらいにしか見えないんだよな。
「忘れているかもしれませんが、ボクは鉱石精霊ですよ? 氷と火の精霊の魔力くらい感じ取ることは可能ですよ」
『あ、一応保険もかねてミッドガルフ貿易国の上空に我の魔力を放っておいたぞ』
『セシリー姉様有能ー』
いや本当に有能だな俺の精霊。でもその魔力って俺の何だけどね。
「フーリエの話ではボクに色々聞きたいことがあるとのことですが、その前に問題が発生した感じですね。わざわざ魔力を飛ばして呼び出すくらいですし」
「察しが早くて助かるわ。実は」
シャルロットは簡単にゴルドさんへ説明をした。
「ふむ、『聖なる医師団』がガラン王国にですか」
ゴルドさんが考え込んでいる。
「ねえシャルロット。今更なんだけど『聖なる医師団』って何?」
出会った直後はそれどころじゃなさそうだったし、今なら聞けるかな。
「ああ、ガラン王国領土に住んでいたらほぼ無縁だったかしら。『聖なる医師団』はゲイルド魔術国家に本拠地を置く宗教団体で、ゲイルド王やミルダちゃんに歯向かう団体ね」
「宗教団体? えっと、カンパネやミルダさんのような人を崇める人達みたいな感じの?」
「そうね。彼らが崇めるのは私も詳しくは知らないけど、彼らは独自の技術を駆使して魔術を使わない薬の生成を専門に信者を増やしているの。内なる神を目覚めさせて、病気を消した―とか言ってるそうよ」
薬学に特化した団体なんだ。あれ? でもゲイルド魔術国家なら魔術研究所にシグレット先生がいて、その人も薬学に詳しいはずでは?
「リエンは良い勘をしていますね」
と、ゴルドさんが勝手に俺の心を読んできたよ。
「シグレットは『聖なる医師団』と唯一同じ分野で対抗できる人間で、彼一人の活躍で何度か『聖なる医師団』の暴走を止めたこともあるのですよ」
「凄い人じゃん! 何そんな人を母さんはパシリに使っちゃってるの!?」
体験入学時に何度も迷惑をかけちゃったけど、今になって後悔が襲ってきたよ!
「それは大丈夫ですよ。フーリエはその数倍の数の問題を解決してますから」
「数の問題じゃ無くね!?」
母さんも凄い人だったけど、それはそれじゃね!?
「さて、そんな『聖なる医師団』ですが、シャルロットはどうして彼らの活動拠点へ侵入しようとしているのですか?」
「答えは簡単よ。ガラン王国の内情が漏れていたの。もし潜伏者がいるなら捕まえないといけないし、いない場合でも情報収集方法を知って母上に伝えないとと思ったのよ」
「情報が漏れていた?」
「そう。そもそも大臣選挙で混乱が生じた理由は大臣候補が不正をしまくってたから。でもその事実を国民に伝えるのは色々と都合が悪いからほとぼりが冷めるまでは隠していたの。だけど情報が漏れていた。しかも国外に漏れていたとなるとこれは国として大問題なの」
おおー、久々に姫状態のシャルロットだ。
「なるほど。ではボクは何をお手伝いすれば良いですか?」
鉱石精霊のゴルドさんがいればすごく心強いぞ!
「パティちゃんの面倒を見て欲しいの。ほらパティちゃん、挨拶」
「こんにちは!」
「こんにち……え!?」
「え!?」
俺まで驚いちゃったよ。
というかパティはずっと黙ってたから急に呼ばれて驚いてもいるよ!
「角? もしかしてこの子は龍族ですか?」
「知っているの?」
「カンパネから話だけは……ですが、龍族はボクの知る限りこの世界にはいないと思っていたのですが」
「リエンさん、この方は一体……鉱石精霊って先ほどシャルロットさんは言ってましたけど」
ああ、そう言えばゴルドさんの紹介をしてなかったね。
「楽器屋兼防具屋兼宝石屋兼武器屋兼鉱石精霊兼寒がり店主の休憩所の助っ人のゴルドさん」
「いくつか間違ってます。えっと、原初の魔力『鉱石』を保持する精霊のゴルドです」
「ええ!? 鉱石の!?」
肩書が多いから略称欲しいな。しかも一番重要な『鉱石精霊』が中途半端な場所にあってわかりにくかったよ!
「なるほど。龍族の子を連れてきたということは、後発魔力についてボクを訪ねてきたという感じですね」
「うーん、それはおまけみたいな感じで、詳しい話は後で話します」
「わかりました。では龍族の……パティでしたっけ? この子はボクがあずかります。二人と精霊達は気を付けて行ってきてください。フーリエにも言っておきますね」
「ありがとうございます」
と、お礼を言うと、俺の横にフェリーがポンと音を立てて現れた。
『ご主人ー。ウチもパティについて言って良いー?』
「え? まあ、ゴルドさんだけで充分だとは思うけど、まあついて行って良いよ」
『あいー』
そう言ってゴルドさんとフェリーはパティを連れてその場を離れて行った。
☆
「さて、ここがどうやら彼らの拠点ね。まさか闇市の跡地を買い取ってこんな大きな建物を作っていたなんてね」
レイジによって焼けた荒れ地になっていた場所が、今では大きな病院が作られていた。
隠れ拠点というわけでも無く、かなり大きな建物だ。
「正直予想外ね」
「と言うと?」
「こんな大きな建物を作るほど規模が大きくなっているなんて情報は来てなかったの。もしかしてだけどガルフ王は裏で手を引いているんじゃないかしら」
「事あるごとに問題が増えていくね」
「まあ、だからこそ『捨て駒』なんだろうけどね」
捨て駒?
「フブちゃんから話はざっくりと聞いたんだけど、どうやらピーター君の両親が少し動き始めたらしいわ」
そう言えばピーター君ってミッドガルフ貿易国の王族の親族だったんだっけ。素性は隠されているけど。
「どう行動するのかはわからないけど、もしかしたら近いうちに今のガルフ王からピーター君のお父さんに変わるかもしれないわね」
「となるとピーター君って王子になるの? うわー、全然似合わない」
残念なピーター君が王子って、ミッドガルフ貿易国は大丈夫なのかな?
『リエン様よ、ちょいと良いか』
「ん?」
『囲まれておるぞ?』
☆
白装束の男たちに囲まれて誘導された先は『医院長室』と書かれた部屋だった。
ドアが開くとそこには紺色の長い髪の見た目若い男性が椅子に座っていた。
「ようこそ『聖なる医師団』のミッドガルフ貿易国支部へ。ガラン王国の姫と、魔術研究所の副館長の息子さんー」
素性がバレている?
シャルロットはともかく俺に関してはごく一部しか知らないはずでは?
「変ね。私達は今日ここへ来たはずよ。どうして素性までバレているのかしら?」
「報告があったのですよー? 『ゲイルド魔術国家』の本部から速達で手紙が届いて、冒険者三名がガラン王国へ向かうはずだった団員を氷の牢屋に閉じ込めて、ミッドガルフ貿易国の支部を独自調査するかもしれないってねー」
男なのに口調は女性のような……いや、本物の女性はこんな不気味な話し方はしないか。
「氷の牢屋の情報まで? 変ね、どうしてそんな情報までミルダ大陸の最北端のゲイルド魔術国家まで届いているのかしら?」
「極秘の情報網よー。と言っても私達は情報を受けることしかできないけれどねー」
うふふと笑う男。うん、キモイ。話し方も女の人のような、でも声色は男のようなー。
「名乗り遅れたわ。私はビート。ここの医院長をしているわー。近いうちにガラン王国の王族とは挨拶するつもりだったけどー、手間が省けて良かったわー」
「そう。私としては今後会いたくないわね」
ビートは俺たちを舐めるように見回し、一つ気が付く。
「ふむ、竜の角を持つ少女はどこかしらー? 一緒にいたはずよねー」
「極秘の情報網を持っているのでしょう? 知っているんじゃないかしら?」
と、そこでビートは小さなナイフを持った。
「あんたたち? 私は『三名』捕まえてって言ったわよねー? もう一人は?」
「いえ、潜んでいたのは二名だけでした!」
秘密の情報網があるならパティの場所も分かるはず。だが途中でゴルドさんに預かってもらったことはわからない?
つまり情報はゲイルド魔術国家から直接何かで連絡が来ないとわからないということか。
と、次の瞬間。
『パシュッ!』
「がっ!」
ビートの手から小さな針のような物が飛び、俺の隣に立っていた白装束の男性に刺さった。
「役立たずは寝なさい」
「貴方一体何を!」
「ただの麻酔よー。本当は医療のために使う薬なんだけどー、ちょっと工夫をすればすぐ気を失わせることくらいできるのよー」
男性はぴくりとも動かない。それを無言で運ぶ男性たち。正直かなり不気味な光景であり、とても恐ろしい。
「まあ良いわー。連絡だと子供らしいしー、主要人物がいれば問題ないでしょー」
「何をするつもり?」
「姫を人質……もとい交渉材料としてガラン王国に拠点を作るのよー。貴女達が何を目的にここへ来たかはわからないけど、交渉材料がわざわざ来てくれてこっちとしては好都合ねー」
ペロリと不気味に舌を出すビート。本当にキモチワルイ。
『ふむ、今の話は聞き捨てならぬじゃろうな』
と、俺の横にセシリーがポンと音を立てて登場した。
「何だお前は! 小さい? 精霊か?」
『いかにも。ゲイルド魔術国家の者だったのならセルシウスの名くらいは知っておろう』
「氷の精霊だと? 何故ここに」
『それは今はどうでも良い。それよりも姫を人質という単語は聞き捨てならぬのう。残念じゃが、今の話を一番知ってはいかぬ者が聞いてしまったようじゃ』
一番聞いてはいかぬもの?
次の瞬間。
『ばあああああああああああああああああん!』
「何だ! どこからだ!」
すさまじい爆音が鳴り響き、周囲の本が棚から落ちてきた。
「玄関からです! 布を体中に巻いた子供が来たという報告が……が……」
報告に来た男がその場で倒れた。
そこには、体を布で覆っていて顔も隠している小さな少女。
うっすらと見える目は燃え上がる炎のごとく光っていた。
「道案内ご苦労様でした。さて、ワタチの息子を返してもらいましょう」




