静寂の日
精霊の鐘の周囲は焼け野原となっていて、とても見晴らしがよくなっていた。
マリーさんが簡易的な椅子を生成してとりあえず一息。ちなみに近くにあった寒がり店主の休憩所はレイジの攻撃ですでに無くなっていた。
「約一週間も攻撃が続いていたの!?」
「災厄以来の本気を出しましたね」
流石の母さんもから元気という感じである。と言うかさらっと『災厄』って言ってるけど過去に何かあったの?
「それよりもマリー様、お久しぶりです」
「そうね。ずいぶん前に地球で出会って以来だけど、こっちの貴女と会うのは本当に久しいわね。まあ記憶の共有で貴女にとってはかわらないのだろうけど」
うむ、今思えば初代魔術研究所の館長に二代目館長に三代目館長を俺は見てきたんだよな。三代目に関しては母さんだけど。
「そう言えば母さん、母さんのむぐ!」
母さんのお姉さんに関して話そうとしたところ、パムレに口をふさがれてしまった。
「……リエン、その話は後。今はちょっとヤバイ状況を何とかする」
「むぐ、えっと、ちょっとヤバイというと……」
視線を横に移動させると、そこにはシャルロットが涙を流して倒れている少女の手を握っていた。
「ガナリのミスでした。相手の力量を甘く見たあまり、油断をした所に悪魔術が飛んできて、クロノ様が守ってくれました」
「その……腕が……」
布団で寝ているクロノの右腕が無くなっていた。シャルロットは震えながらもう片方の腕を握っている。
「えっと、クロノは死んだの?」
「いえ、クロノ様は時間を司る神です。体内の魔力が無くならない限りは問題ありませんし、万が一クロノ様が消滅したら、時間という概念がこの世から消えてしまいます」
え、それって……。
「まあ、簡単に言えば世界が消滅って感じですね」
「サラッと言わないでくれる!? 結構凄い事じゃね!?」
頭の良い母さんだからそういう答えがパッと出るんだろうけど、一般人の俺にしてみたら一大事だよ!
「幸いにも右腕だけで済みましたか。目を覚ますのを待つしかありませんし、この場はシャルロット様にお願いして今日は休みましょう。正直ワタチも結構疲れてフラフラなのです」
さすがに寒がり店主の休憩所の店員全員が倒れてしまっては色々と危ないだろう。
「仕方が無いのでガナリも手伝いましょう」
ガナリが土を精霊術で生成し、それで家を建築する。とは言え精霊一体だけでは大変だろうし、ここは俺の精霊にも手伝ってもらおう。
「『セシリー』と『フェリー』も手伝ってくれる?」
『うむ』
『あいー』
ぱあああああああああああ!
その瞬間、俺は目の前が真っ白になった。
☆
起き上がると天井が目に入った。体には布団が掛けられてあり、どうやら気を失っていたみたいだ。
「大丈夫?」
女性の声。これはシャルロット?
「あーうん、頭がガンガンする」
「そう。まあ一度解約されていた精霊の契約をまとめて再契約したんだし、その反動でしょう。『フーリエ』がそう言っていたわ」
「すみません、シャムロエ様でしたか。シャルロットだと思って普通に話しかけてました」
というかいつもの変な仮面取ってるし!
すげー似てるから一瞬わからないんだよね! 声も似てるし!
「騒ぎが収束したけれど、今貴方の近くにいられるのは私だけなの。シャルロットじゃなくてごめんなさいね」
「いや、そういうつもりでは無いです。敬語を忘れてしまってたので」
「ふふ。まあそういう事にしておくわね」
「えっと、今どういう状況でしょうか?」
「フーリエは休息。近くでミルダが見ているわね。シャルロットはクロノの近くにいるわ。マオも休んでいて、セシリーとフェリーは契約時に魔力が切れて倒れた貴方の反動で気を失ったからガナリが近くで見ているわね。周囲の警戒をマリーとフブキと輝夜がしているわ」
すげー連携。三大魔術師とそれなりの修羅場を乗り越えた人たちばかりだし、それぞれ柔軟に対応できるんだろうな。
「それよりも、この場を借りて貴方にはお礼を言わせてもらうわ」
「お礼ですか?」
「剣術を教えるという約束を先延ばしにしちゃったけど、それでも原初の魔力を集めてくれた。蛍光の筆が壊れた代わりに輝夜が来たのには驚いたし、タマテバコの代わりに神様が来るとは思わなかったわ。木刀を依頼したらガラン王国の秘宝の短剣を作って来てくれたくらい大きな成果よ」
「流石にそれは大げさかと」
とは言えちょっと照れる。ここまで褒められるとは。
「原初の魔力を五つ揃えましたが、シャムロエ様は何をしたかったのですか?」
「目的は二つ。一つはレイジの陰謀の阻止。これは最優先事項で、最悪秘宝を壊すという選択肢もあったわ」
「まあ、結果的にレイジを退けることはできましたし、秘宝は集まりましたね。もう一つは?」
「その……落ち着いて聞いて欲しいの」
真剣な表情でシャムロエ様は俺の目を見た。
「これはガラン王国の秘密よ。貴方を信頼して言うわよ」
「わ……わかりました」
唾を飲む音が響いた。
「トスカの復活よ」
「いや、復活したじゃん」
「うん……その……復活……しちゃったのよね……あはは」
え、ん? あー……え?
「シャムロエ様」
「な……何かしら?」
「トスカさんに百回怒られてください。これが俺の『最低限の』口を閉じる条件です」
「か……勘弁してもらえるかしら!」
☆
「あ、リエン。おはよー」
「おはよーシャルロット。その様子だともしかして?」
シャルロットの表情が少しだけ笑っていた。
「うん。クロノちゃん、何とか目を覚ましたわ」
早朝一発目に良い情報。なんとも目覚めの良い朝である。
「ところでリエン」
「ん?」
「大叔母様は何故店主殿と一緒にご飯作ってるの? 私の立場的にすごくいたたまれないんだけど」
「俺の権限で今日はシャルロットがシャムロエ様より偉い事になったから、今日はくつろごう」
「待ってリエン。リエンの権限って何!? え、私が大叔母様より偉いって何!?」
まあ正直な所俺にもよくわからないんだけどね。とりあえず今日の朝食は母さんとシャムロエ様が準備してくれるとの事。
「ガラン王国の先代女王の腕。ふむ、気になるところじゃのう」
「あ、フブちゃん。昨日はまともに再会のナデナデができなかったわね。ほらーおいで―」
「いや、おかしくないかのう!? さも当然のように言っておるが!?」
と言いつつフブキはシャルロットの膝の上に乗る。いつもの光景である。
と、後ろから再度気配を感じた。ちょっと似通った黒髪の少女が二人。姉妹と言われると納得するほど似ているけど、片方は時の神様でもう片方は光の魔力の保持者だもんね。
「クロノ、腕大丈夫?」
「正直大丈夫とは言えないわね。右腕が無くなった所為で地球に大きな影響が出たみたいだし、これを修復するには過去に戻る必要もあるわね」
片腕が無い人と話すのはなかなか緊張してしまう。というか相手は神様だけどね。
「輝夜はこの世界に来て調子とか大丈夫?」
「多少言語の理解に苦しむけど、まあ大丈夫ね。精霊との会話ができないけれど」
『む? じゃったら我らが合わせればよい。集団での会話では無理じゃが、個々との会話でならお主に合わせよう』
『光の保持者ー。なかなか珍しいー』
おお、久しぶりのセシリーとフェリーだ。うっかり契約が解除されたのに二人の名前をまた呼んでしまい、それが契約となって魔力を一気に消費しちゃったから気を失って挨拶しそこねたんだよね。
「セシリーとフェリーも元気だった?」
『うむ、昨日のリエン様が気を失った時に我達も気を失ったこと以外では元気じゃったぞ』
『レイジと戦っている方が楽だったー』
それほどの衝撃だったのか。
「はーい、皆さん勢ぞろいということで朝ごはんにしましょう。シャムロエ様がまさか台所に立つとは思いませんでしたが、とりあえず味は保証しますよー」
そう言って朝食のパンとスープを出してくれた。
その料理を見て微笑むマリーさん。
「ふふ、この世界での料理なんて何百年ぶりかしら」
すげー規模の話をしているけど、とりあえず置いておこう。
それぞれ朝食を口に入れ、俺はふと母さんを見た。
食べるしぐさはミリアムさんそっくりで、やっぱり姉妹なんだなーと思った。
「ん? リエン、ワタチの顔に何かついてますか?」
「あ、いや、ミリアムさんはやっぱり母さんの姉なんだなーって思って」
その瞬間空気が凍ったのがわかった。しまった、つい口が滑って……。
「ミリ……え、リエン、どうしてワタチの姉様と会ったような口調で話を?」
「あーいや、それは」
なんて説明したらいいのかな? うーんと。
「早く言いなさいリエン! ミリアム姉様と会ったんですか!? どこでですか!?」
「え!?」
突然怒鳴った母さんに驚き、俺はパンを落とした。
「フーリエさん!」
そう言ってミルダさんは『静寂の鈴』を鳴らす。
「ぐっ……はあ、はあ、いえ、すみません。ですが」
「フーリエさん、落ち着いて聞いてください。ミルダもミリアムさんに会いました。と言うか、シャルロットさんとマオさんは最初にミリアムさんの住む異世界に行ってたのです」
「なっ! ミリアム姉様が……生きている?」
母さんが椅子から立ち上がった。
「心が揺れ過ぎよフーリエ。大切な息子に怒鳴ってまで質問する必要はあるかしら? 貴女にとって確かに大事なことかもしれないけど、リエンはもう会えないかもしれない術式で異世界に飛んだのに、貴女を助けるために死力を尽くして帰ってきたのよ?」
「はっ! ご、ごめんなさいリエン! 違うんです。その」
「あ、うん。大丈夫。ちょっと驚いただけで、気にしてないから。えっと、食べ終わったしちょっと外走って来るね」
そう言って俺はその場を出た。
俺も迂闊だった。
けど、ちょっとショックだった。
☆
「ということでワタクシが来てあげたわ」
「何がという事でなのかわかりませんが、一人にしてもらえます?」
「若人が肩を落として呆然としている状況を見過ごすほど愚かじゃ無いわよ?」
海を見ながら大きな岩を椅子代わりにして座っていたら、マリーさんがやってきて隣に座ってきた。
「ちなみに貴方の母親は相当落ち込んでいたわよ。息子を理不尽に怒鳴ってしまったーと言って野菜が液体になるまで細かく刻んでいたわ」
「相当じゃん! えっと、戻った方が良いかな?」
「ふふ、まだ少しワタクシとお話をしていましょう。シャルロットが慰めているし、少しお姉さんとお話でもしましょう」
お姉さん?
「ん?」
「いや、これこそ理不尽じゃない? 今絶対『心情読破』使いましたよね!? その殺気に満ち溢れた笑顔をやめてください!」
母さんとは違った怖さをこの人は持っているよね。
「半分……いえ、一割冗談だとして、とりあえず少し雑談しましょう。地球ではそれほどゆっくり話しができなかったし、この世界の今について少し興味があったりするわね」
魔術研究所の初代館長。そう言えば今のガラン王国の基盤を作ったり、ゲイルド魔術国家の基盤を作ったのもマリーさんって本に書いてあったっけ。いや、実際凄い人なんだよね。
「えっと、昔の母さんを知っているのですよね? どんな人物でした?」
「魔術研究所の館長ってそれなりにすごい職業だったと思うのに、まさかの一つ目の質問が母親についてって、貴方って本当に母親ダイスキなのね」
「うっ」
無意識に聞いたからこそ少し耳が痛い。
「まあ良いわ。そうね、あの子がまだ魔術研究所の職員だった時は姉のミリアムと一緒に魔術の研究と『悪魔術』の研究をしていたわね」
「悪魔術……」
「本来禁忌とされている悪魔術。でもあの姉妹だけは『使い方を間違わなければ有効』という信念を曲げなかったわね」
悪魔術って昔から禁忌とされていたの? 確かミルダ様や母さんが禁止したものって聞いていたけど。
「あー、悪魔術が禁忌とされていたのは暗黙の了解みたいな物よ。何か大きな代償を支払う代わりに大きな力を得る悪魔術は使ってはいけないという話しを魔術研究所が勝手に広めたのよ」
「そうなんですね。ちなみに禁忌とされている術って他にもあるんですか?」
「沢山あるわよ。相手を一生苦しませる術や相手を我が物にし操る術。そして一番の禁忌の術は死者を『蘇生』させる術ね」
蘇生……それってシャムロエ様がトスカさんにやろうとしていた術?
「ふふ。あのシャムロエがやろうとしていたのは『蘇生術』では無いわね。原初の魔力をかき集めて無から有を生み出す『創造』。こればかりはワタクシも手に負えない物だと思って手放したわ」
「蘇生術と何が違うんですか?」
「『創造』は原初の魔力を使って何でも作り上げる特別な術よ。それこそ小さな虫から神まで作れる。人間の一人や二人は簡単に作れるわね。『蘇生術』は魔術的要素が多いわね。運命の魔力に紐づいていて、使用者には必ず『死ぬ直前に一生で一番の苦しみを味わう』という呪いがかけられているわ」
何それ怖い。
「死ぬ直前に一番の苦しみって……」
「そうね、例えば愛する娘が目の前で苦しんでいる中、背中から何者かが刃物で刺してくる……とかかしら」
まるで誰かから聞いたような口調で話してきたんだけど、もしかして実話?
いやでも亡くなったということは居ないということだよね?
「ふふ。想像はいくらでもして良いわよ。おっと、輝夜がそろそろ暇そうにしているから、ワタクシは席を外すわね」
そう言ってマリーさんは俺の隣から立ち去った。
そして入れ替わるようにパムレが隣に座った。
「……ということで来た」
「いやいや、何自然な流れで会話しようとしてるの!?」
「……シャルロットがフーリエを慰めているから」
「聞いたよ! さっきマリーさんから聞いたよ!」
「……三大魔術師って結構な職業だと思うんだけど、最初の質問が母親?」
「聞いてないよ! というかマリーさんとの会話全部聞いてたの!?」
パムレって無表情だから冗談なのか本気なのか読めないのに、今回ばかりは冗談だとわかる。
「……えっと、蘇生術について教える?」
「サラッと禁忌の呪文を一般人に教えようとしないでよ!」
「……ちなみにシャムロエの私利私欲に塗れた要望にリエンが知らずに利用されていたという事実に多少の憤りを感じるから、今からパンチしてくる」
そう言ってパムレは去って行った。
「ちょっと待って! パンチ!?」




