血の繋がり
シャーリー女王の部屋に入ると、女王が椅子に座って待っていた。
そして入ると同時に扉はゆっくり閉められた。
「あ、いや、近衛兵はいないのですか?」
「はい。この場は二人だけでお話したいと思い、廊下の兵も例外として離れてもらってます」
普通女王くらいの人間となれば近衛兵の一人くらいは近くにいるものだと思うけど、良いのかな? 信頼されているという意味ではありがたいけど、なんだか緊張する。
「リエン殿は現在ガラン王国にとって一番信用できる方という認識です。誰もこの状況に反対する人はいません」
「光栄ですけど恐縮です。えっと、お話と言うのは?」
「まずは椅子に」
女王の椅子の正面にもう一つ椅子があり、そこに座った。
「まずは、行き過ぎた発言の謝罪をさせて下さい。本当に申し訳ございませんでした」
「いえ、あれは……その、むしろ母さん……母が出て来るとは思わなくて、何もできなかった俺も申し訳ないと思っています」
「長年王家で生活をしていて、フーリエ様の言葉の重みにかなり反省させていただきました」
「母の言葉?」
「『それでも貴女は親ですか』。ここだけの話ですが、血の繋がっていないはずのリエン殿とフーリエ様。血の繋がっている私とシャルロット。フーリエ様にとっては一番気にしている部分でしょうし、その考えを私は蔑ろにしたままあの意見をリエン殿に提案しました」
「血の繋がりってそんなに大事ですか?」
正直なところ母さんは母さんだし、その辺りはあまり気にしていないけどな。
「親になればわかります。私とシャルロットは血が繋がっているからこそ容姿は似て、そしてシャルロットの父親にも少し似ています。一目見て子だと証明できる部分をいくつも持っている子は親にとって最高の親孝行でもあります。フーリエ様とリエン殿は性格や技術は教えられても血は繋がっていないという部分は一生背負う傷のようなものです」
と、そこでシャーリー女王がはっとした表情をして頭を下げた。
「すみません。傷という表現はふさわしくありませんでした」
「いえ、確かに治らない傷ではありますが、それはそれで良い物ですよ。この傷がある意味母さんと俺の絆ですから」
「寛大さに感謝します。それともう一つお願いが」
「お願い?」
何だろう。
「フーリエ様に謝罪をしたく、一緒に同行してもらえませんか?」
「良いですけど、なんでですか?」
「私は先の事件まで三大魔術師という称号を甘く見ておりました。一人でも脅威になる存在という言葉に嘲笑したこともあります」
「ですが以前軍事演習でコテンパンにやられましたよね?」
あれは大変だったなー。さすがにパムレと母さん二人対ガラン王国軍ほぼ全員で挑んでも勝てなかったもんね。
「あの時は魔術師マオ様がいたからという認識でした。ガラン王国の書庫にはミルダ様は静寂を司り、マオ様は力を司り、フーリエ様は知識を司るという記載もあり、あの時の攻撃はすべてマオ様だと思っていました」
あ、そういう風に見えたんだ。
「マオ様が本気を出せば国を滅ぼすことも簡単とは聞きましたが……違いました。三大魔術師の誰もがその可能性を秘めているという認識に変わりました」
ミルダ様完全にとばっちりだね。雪食ったエピソードしか思い出せないけど!
「とりあえずわかりました。一緒に母さんの所へ行きましょう。さっきも会ったので今は落ち着いていると思いますよ」
☆
「何の用ですか。ちなみにワタチの素顔を見て生きて帰った人はいませんよ」
母さんの部屋に入った途端すげー怒ってた。
「いやいや、ドア叩いて『どうぞ』と言って入った瞬間顔に巻いてた布を取ってたの母さんでしょ!」
「うっかり『魔力探知』を忘れていたのですよ。神術は普段使わないのでうっかりしてました」
「それと素顔ならタプル村の住人なら皆見てるよ!」
「しまった! そうでした!」
いや、しまった! じゃないでしょ。
「伺った理由は一つ。謝罪です」
「謝罪はいりません。絶対に許しませんから」
「母さん!」
今回の母さん頑固過ぎない!?
「リエンを息子として迎えてから時々考えていました。子供を連れてきたお客様や魔術学校に合格したというお祝いに美味しいご飯を食べにくる家族。そういう光景を見てワタチは羨ましく思っていたのです」
「羨ましく? 母さんはいつも俺に良い事があったら褒めてくれたし、誕生日もお祝いしてくれていたけど」
「はい。それは数十人いるうちの一人のワタチがやっただけで、他のワタチはいつも通り宿の経営をしていたのですよ。唯一リエンが夜泣きをした時、深夜帯はお客様も寝ていたから、その時だけが集中してリエンの面倒を見ることができ、同時にとても幸せな時間でした」
母さんは懐から一枚の絵を取り出した。青い髪の人と小さい男の子が描かれてある絵で、まるで子供が描いた絵だろうか。
「これはリエンが小さい頃に描いた絵で、貰った後に商人にお願いしてゲイルド魔術国家に届けてもらいました。ワタチの一番の宝物なのです」
うーん、描いたような描かなかったような。
「時々この絵を見て何度も思うのです。三大魔術師と呼ばれるのは疲れたと。いっそのこと悪魔のワタチは全て消して人間のワタチだけにしてリエンを育てようかと」
「リエン殿が大切なのは承知したつもりです。ですが、どうして絵を見てそう感じるのですか?」
その質問に母さんは強い口調で答えた。
「この絵のワタチは悪魔なのです」
絵に描かれた母さんを見ると、その目の色は赤色だった。
今の『人間の』母さんの目の色は澄んだ水色である。
「時間を戻せるなら人間のワタチで赤子のリエンを抱っこしたかった。たったその願いすら『三大魔術師』という称号の所為で叶わなかった。シャーリー様は考えたことがありますか? ミルダもワタチも生まれは小さな村の小娘だったのに、ほんの偶然から大陸の脅威と言われ、普通の幸せを手にすることができなくなったんですよ!」
「っ!」
シャーリー女王はその場で膝をついた。
「はあ、はあ、失礼しました。その、すでに私の考えが及ばぬ領域にどうすれば良いのか分からず、謝罪が意味をなさないことだけは理解できました」
「ではもう一度聞きます。貴女は何をしに来ましたか? しかもリエンと一緒に」
青い目が強く光り出した。
「はあ、はあ。その、うっ、っく!」
シャーリー女王は母さんの圧に耐えられず、まともに会話ができる状態では無い!
止めに入ろうとした瞬間、後ろの扉が開いた。
「フーリエ、その辺にしてもらって良いかしら? シャーリーは私の子孫なんだし、これ以上虐めないであげて欲しいの」
シャムロエ様が入ってきた。
「シャムロエ様、いつから」
「ちょっと前からよ。偶然通りかかってそこに立ってたわよ」
「御聞き苦しい内容を……すみま……せん」
「内容はともあれ、三大魔術師を前にしてリエンも同行とは言えここに来たのは正直驚いたわ。フーリエもそろそろ折れて欲しいの。シャーリーの発言は貴女にとって許せない発言だっただろうし、三大魔術師に関してはトスカが関係しているからこちらとしては頭が上がらないのよ。気に入らない点は多いと思うけれど、部分部分で折れてくれないかしら? 王家としては三大魔術師三名に対して最大の敬意を持ってこれからも接するつもりよ」
シャムロエ様がなだめるようにそう言うと母さんは一つ大きなため息をついた。
「いや、だったら寒がり店主の休憩所ガラン王国城下町店の土地代安くしてくれません? ちゃっかり数百年以上集金してますけど、それがガラン王国王家の敬意ってやつですか?」
「それは……ほら、フーリエの店だけ土地代安くしたら変でしょ?」
「じゃあ後払いシステム早く払ってください。静寂の鈴の巫女の教会の天井をぶっ壊してここに来たので、その修繕費用がやばくて貯金が無いのです」
それって母さんの自己責任じゃん!
今更だけどゲイルド魔術国家から空飛んでここに来るって、どんな速度で来たの!?
「少しずつ払うから! それまで寒がり店主の休憩所の収入で頑張ってくれる? やりくりは得意分野でしょ?」
「節約して良いのならガラン王国城下町の慈善事業『集団墓地の草刈りや公衆便所や公衆浴場の清掃の人材派遣』の賃金が支払えませんが」
「ちょっと待って! 財務呼ぶから! それ無くすとガラン王国で働き口が無い人が非行に走っちゃうから!」
そんなことまでしてるの?
慈善事業をしているって話だけは聞いていたけど、もしかして結構規模大きいの?
「え、待ってくださいシャムロエ様」
と、そこでシャーリー女王が話始めた。
「今フーリエ様がおっしゃったことって確かガラン王国の貴族がそれぞれ分担しているはずでは?」
「え? いや、私はそもそも公務から引いた身だから途中から変わったなんて知らないけど」
「私の記憶ではシャンデリカ様の世代で貴族制度を設立して職の無い方の救済措置業務を行うという理由で四家に資金の提供を……」
沈黙が少し続いた。
そして。
「今すぐ貴族を集めるわよ! 三大魔術師の前で土下座させなさい!」




