眠れない夜
「お帰りなさいませーってリエン、ずいぶん人増えてませんか?」
港に到着すると母さんが出迎えてくれた。
「ああ、途中で賊に襲われて捕まえたんだ」
「ほう? リエンを襲ったと」
そう言って母さんは手を綱で縛られている賊たちに近づいた。そして一滴の血を地面に落とし、そこから『空腹の小悪魔』を召喚した。
「リエンがお世話になりました。お礼は何が良いですか? 今ならこの子のご飯になるという幸せが待ってます」
『ニンゲン。タベルー!』
「ちょっと母さん! 無傷だから! 無事だから!」
と、母さんを止めた瞬間、賊の一人が膝をついた。それを見た船員の一人が賊を持ち上げて声をかけた。
「おい、立て」
「無理だ……お前も『海に現れた化け物』のような怪物を召喚するのか? 俺たちは関わってはいけない連中に関わったのか?」
その怯えた声に母さんは顔を歪めた。
「海に?」
「ああ、それは」
母さんに海での出来事を簡単に話した。すると母さんはパムレを見て話し出した。
「なるほど。パムレ様、もしかして『あの出来事』をまだ引きずっているのですか?」
「……無関係。リエンママは気にしないで良い」
「そう……ですか」
何だろう、どこか歯切れの悪い会話だったような。
「ほら、ここから城まで歩くぞ! それとリエン殿」
ゲイルド魔術国家の兵士に呼ばれた。何だろう?
「罪人が多いため恐れ入りますが、ポーラ様をリエン殿の利用する宿に宿泊させ、翌日城へ連れていただきたいのです。その際の護衛をリエン殿にお願いしたいのですが」
ポーラの護衛?
「あ、うん。良いけど……というか俺なんかで良いの?」
「表向きは三大魔術師マオ様に護衛を依頼したと報告します。ですが……個人的にはリエン殿がこの集団の中心かと思いました。罪人とこのまま同行させるのは如何とも思い、元学友のリエン殿なら我々も安心ですので」
「わかりました。責任をもって護衛します」
そう言って兵士は罪人を連れてゲイルド魔術国家へ向かった。
「ということは今日はこの港町で休憩ね!」
と、笑顔を向けるシャルロット。
「そうだね。あ、聴こえてたと思うけどポーラも一緒に泊まってってね」
「はい。シャルロットにリエンにパムレ様。よろしくお願い致します!」
☆
お約束の『気になるとなぜか眠れなくなる現象』が発生したため、とりあえず夜風に当たることにした。
気になる事とはもちろん、母さんとパムレのやり取り。
パムレが『深海の怪物』に似た何かを召喚することには何か意味がありそうだった。
「ということで散歩をしたらいると思ったよ」
「……何が『ということで』かわからないけど……まあ、今日はなんとなく眠れないからちょうどよかった」
宿の外の小さな椅子に座る。
「……リエンは怖いと思う物ってある?」
「そりゃあ、母さんが怒る姿とか、兵士たちが一気に迫ってきたりとかは怖いかな」
「……そうだよね。リエンは……普通の人間だもんね」
三大魔術師として生きることになった少女マオは、この数百年どんな悩みを抱えてきたのだろうか。
「良ければ話してもらっても?」
「……ちょうど良いから話す。以前レイジと戦った時の事覚えてる?」
確かミッドガルフ貿易国の闇市だよね?
「……あの時レイジはパムレに対抗する術を持っていた」
「宝石術のこと?」
宝石を使った魔術をレイジは使っていた。唯一パムレに対抗するための手段として非効率だけど確実な術を持っていると感じた。
「……それもだけど、ちょっと違う。あの時レイジは『ドッペルゲンガー召喚』を使った」
「そういえば……確か俺とシャルロットはすぐに目を閉じるように言ったんだっけ」
瞑ったまぶたすら突き刺す光をパムレが発したんだっけ。見てないからよく分からないけど。
「……実はあの時『ドッペルゲンガー』でパムレを増やされた」
パムレを?
「……あれをされたのは二回目。『ドッペルゲンガー召喚』は記憶の共有と別な体を持つという特殊すぎる術……というのはリエンママがいるからリエンも知っているよね。でも欠点としてお互いの目が合うと自我を持ってしまって、どちらかが生き残るまで戦う事になる。これはこの術の呪いの様な物」
母さんが以前そんな事を言ってたっけ。
「……言い方が厳しいと思うけどあえて言うと、リエンママは普通じゃない。記憶共有なんて頭がパンクするのに、それを今も平然とやり遂げている。しかも二つ三つではなく、何十体も」
「そんなに辛いの?」
「……まず目がおかしくなる。二つの風景が見える。思考も触覚もすべて増える。右手を動かすのに二つあるからどっちを動かさないといけないかわからなくなる。初めてやられた時はその場で膝をついた」
そんなことがあったんだ。
「……そしてパムレはうっかり悪魔のパムレの目を見てしまった。初めてだったからわからないことだらけ。でも目が合った瞬間視界が戻り、感覚も戻って調子が戻った」
自我を持つ。つまり記憶共有が無くなるということだろう。
「……そして悲劇はここから始まった。ドッペルゲンガーは悪魔というだけで、他は全て一緒。使える術式が一部使えないだけで、魔術に関してはまったく同じ術が使える」
「それって……すごく強いパムレがもう一人現れたということだよね」
「……そう。目の前のパムレは強かった。と言うより互角だった。急いでリエンママも援護してくれて何とか追い詰めたけど、その時の『悪魔のパムレ』はこう言い残した。『どっちも本物なのに、悪魔だから偽物なの?』って」
実際記憶は全て一緒。悪魔のパムレからすれば『自分は本物』と思うだろう。
「……その言葉にパムレは油断をしてしまい、リエンママに大怪我を負わせてしまった。リエンママはその怪我から出た血を使って『深海の怪物』を召喚して悪魔のパムレを『消した』。いくら悪魔でも自分と同じ容姿が目の前で『消される』のは辛かった」
消した……と表現しているけど、そういうことなんだろう。
「……リエンママには感謝している。あの時リエンママの行動は正しかった。むしろパムレが油断しなければ大怪我を負わなかった。けど、同時に悪魔のパムレが苦しむ姿が目に焼き尽くされて、時々夢に出る。そして恐怖や憎悪で狂った時はリエンママが召喚した『深海の怪物』を反射的に思い浮かべてしまい、似た『何か』を召喚してしまう」
「そうなんだ」
ゆっくりと頭を撫でてみる。こんなに小さいのに俺よりも年上なのが腑に落ちないが、それでも今まで色々な経験をしてきたのだろう。故に辛い出来事は俺の想像のつかないほどの数があるはずだ。
「その、上手く言えないけど、パムレの悩みって多分俺の人生の中でも訪れるかどうかのレベルの物だとは思うし、多分相談されても解決方法を出せる可能性は低いかもしれない。けど、パムレも女の子なんだし、俺の友達なんだし、これからも遠慮なく話してくれても良いと思うよ?」
「……友達」
三大魔術師マオを『友達』というのはなかなか抵抗がある。
が、それは旅に出る前の俺の考え。
確かに三大魔術師という肩書は重く、そして偉大だとは思うけど、実際会うと人間であり女の子である。あ、母さんは母さんだけどね。
「ほら、俺にはできないけどシャルロットなんかは何も言わずにとりあえず飛び込めば撫でてくれると思うし、もしパムレが辛いと感じたら俺も含めて皆助けてくれるよ」
「……そだね。無駄に長生きすると色々と悩みが増えるのかなって思ったけど、同時に色々な出会いも増えるし、悪くは……ないかな」
そう言ってパムレは立ち上がった。
「……ありがと。そろそろパムレは寝る」
「そう。お休み」
こくりと頷いてパムレは宿に向った。
「はあ。三大魔術師って苦労してるんだな。というか……」
俺は草の茂みに向って話しかけた。
「母さんの目って暗い場所だと赤く光るからわかりやすいんだよ?」
「なっ! さ、さすがはリエンですね」
ごそごそと茂みから母さん登場。
「ふふ。パムレ様と友達ですか。リエンは将来大物になると思ってましたが、予想通りですね」
「母さんの息子という時点で大物でしょ。いや、俺はそれに見合った人物かはわからないけど」
ニコッと笑う母さん。目の前の母さんは何十体いる中の一人なんだよな。
「その、聞いて良いかわからないけど、大変じゃないの?」
「何がですか?」
「記憶共有。その、大陸中に体があるって結構辛いと思うけど」
「大変では無いと言ったら嘘になります。正直ここまで自由に動けるようになるまでには相当な時間がかかりました」
「母さんはどういう経緯で増えたの?」
母さんの場合、望んで増えた印象がある。実際それで宿を経営しているからね。
「ふふ。若気の至りというやつです。まだ若輩者だったワタチは当時大陸を旅していたゴルド様に付いていきたくて、何か方法は無いかと考えた結果がこれです。万が一力不足で足手まといになっても大丈夫なようにって思ったのですよ」
ゴルドさんが旅をしていた頃……相当昔だよね?
「今思えばあれは愚策でしたね。お助けするつもりが、そもそも悪魔になってついていくわけですから、ゴルド様は常に頭痛・腰痛・歯痛・肩こり・腰痛に悩まされていたと思います」
「負担多すぎない!?」
「だから『若気の至り』ですよ。ふふ、リエンも『剣士になりたい』って我儘を言った時同様にワタチも我儘を言いたくなる年齢はあったのですよ」
ニコッと笑って母さんは体についた葉っぱを払い、そして宿に戻る。
「この先リエンは立派な剣士になるかもしれませんし、気が変わって魔術師になるかもしれませんし、どうなるかはわかりません。その未来をワタチが決めるつもりもありません。ですが、絶対に後悔しない人生を送ってくださいね」
「はは。その前にまずは親離れからしないとかな」
「ふふ、それを言ったらワタチも子離れできていないですね」
微笑みながら宿に戻り、自然と心が落ち着いたのか、すぐに眠りにつくことができた。




