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8 謎の男


 その男に呼び止められたのは、そうやって王子が何度目かの城からの脱走と、建国伝説に関する聞き込みをしていた時のことだった。

 やれやれ、今日も大した戦果はなかったなとがっかりしながら、とぼとぼと城へ戻る石畳の道を歩いていたら、急に脇から低い声が聞こえたのだ。ちょうど、居酒屋や娼館などのごちゃごちゃと立ちならぶ界隈を少し抜けたあたりだった。


「兄さん。……兄さん」

「え?」


 王子は思わず周囲をきょろきょろと見回した。もちろん、マントのフードは深くかぶったままである。

 月は出ているが、半月の時候であり、視界はかなり暗い。

 灯火の獣脂は比較的高価なものなので、祭りの時期以外にこうした街路で使われることはまずない。基本的に、先ほどいた歓楽街や王宮近辺以外では、闇のわだかまる場所が多いのだ。

 王都の中では警備兵らもそれなりに配備されているし、比較的治安が保たれている。けれども、歓楽街の近辺では普段から犯罪も多いと聞いていた。王子は本能的に声のした方から距離をとりつつ、低い声で返した。


「だれだ? 私を呼んだのか」

「そうだよ、兄さん。あんたを呼んだ」


 声は低くてしゃがれていた。間違いなく男のものだ。

 薄い月明かりの中で目をこらすと、石造りの建物と建物の間から、じっとこちらを見つめている人の両眼がきろりと見えた。


「ひっ……!」

「シッ。大きな声を出しなさんな。別にあんたをどうこうしようって言うんじゃないよ」

「な、なんだって……?」

「まあ、いきなり信用しろって方が無理な話だろうがな。落ち着けって」


 そんなことを言いながら、そのほんの小さな隙間から不気味な黒い影がぬっとあらわれた。

 思わずみっともない悲鳴をあげそうになった王子だったが、すんでのところでどうにかそれを飲み込んだ。相手が人間だと分かったからだ。

 とは言え場所がら、決して「人間だから安心」というものでもないが。

 むしろ、場合によっては人間のほうがはるかに危ないこともある。

 王子の胸は次第にどきどきと跳ねはじめた。


「飲み屋やなにかで、やたらと『建国伝説』について聞きたがっていたようだったが。兄さん、なんでそんなもんを聞きたがるんだい」

「え? いや、それは……」

「随分と熱心だったじゃないか。それも、特にあの『魔王ザカライア』について聞きたがっていた。ちがうかね」


 言いながら、男はそろそろともう少し光の届く場所へと踏み出して来た。男の足に合わせるように、王子もそろそろと後ろにさがる。

 相手もまた、頭からすっぽりとマントのフードをかぶっていた。王子よりは少し大柄で、中年らしいということ以外はよくわからない。


「……だったら、何なのだ」

 王子がさらにじりじりと後退しながら訊くと、相手は鼻を鳴らしたようだった。

「あれだけしつこく聞きたがるってことは、つまり、いま伝わっている伝説には疑問を感じてるってことだ。あんたは、本当のとこはどうだったのか知りたいと思ってなさる。そういうことじゃないのかい」

「…………」


 その通りだ、と答えるのは簡単だった。

 だが、危ない。相手の目的が分からないうちは、そうそう素直になんでも答えるわけにはいかなかった。

 じっと男を見つめたまま黙り込んでしまった王子を見て、男もしばらく何事かを考える風だったが、やがて「ま、いいか」と自分のフードに手を掛けた。

 その下から現れたのは、声から想像していた通りの顔だった。やや疲れた風情の中年男。暗いので色目はよく分からないが、長くて黒っぽい髪と目をしている。髪は後ろで簡単にたばねていた。


「実は私は、違う伝説を知っているんだ」

「えっ!? ほ、本当か?」

「しーっ!」


 思わず大声になってしまってぱっと片手で制され、王子は慌てて口を覆った。


「頼むから静かにしてくれないかね。この王都で下手なことをすれば命に関わる。私も、危険なことは御免だからね」

「……す、すまない」


 しゅんと肩を落としたら、男の態度がまた少し柔らかくなったようだった。軽くため息をつき、言葉を続ける。


「『違う伝説』とは言ったがね。実のところ、私が知っているものの方が本物の歴史だと私は……いや、私の一族は信じているのさ。なにしろかのザカライア様は、我らの祖先の主人(あるじ)でもあったお方なのだからね」

「あ、あるじ……だと?」

「その通り」

 男はそこで、すっと背筋を伸ばしたようだった。


「私の名は、モアブ。かつて、かのザカライア陛下の腹心だった大魔道士、メルキゼデクの末裔よ」


 王子は一瞬、我が耳を疑った。


(なんだって……!?)


 そうしてしばらく、ぽかんと男の顔を見つめて立ち尽くしていた。


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