ようやく前に進めるそうです
あれから2日…ようやくロウ達が帰って来ました。
王様達も色々あった様で、あたし達の転職は1週間後に…ジェネさんが行ってくれる様です。
「あの…確かに私もやり方は知っていますが、転職は大神官以上の権限がないと仕切れないのですが?」
「うん、今回の功績で君を仮の大神官に任命するから問題はないよ」
「ゑ…ヱ?」
「真面目に言うと、今は君以外の神子にロクなのが居ないからねぇ…年齢的な問題があるから仮の、だが…まあ暫く頑張ってくれたまえ」
「…………はい」
この世界の神官はどんだけ腐ってたんですか…
ジェネさん…頑張って下さい。
「ジェネさんは何であんなに落ち込んでるんだ?」
「大神官になると仕事が増えますからね…それに、大神官はこの世で最も婚期を逃し易い役職ですから」
確かにそれは嫌ですね…
ジェネさんの場合はデストさん次第だから多少はマシなのでしょうが。
「デスト…皆さんを転職させる前に、私達と結婚してくれる?」
「おいコラ…それだと断ったら転職させないぞって意味に聞こえるぞ」
一応王様の指示だから転職させてはくれるでしょうけれど…
ジェネさんの闇が深まる前に何とかしてあげて下さい。
まあジェネさんの婚期も問題ですが今は…
「デストさんに臼と杵を作って貰いました」
「おお、餅つきか!」
「これで久しぶりにちゃんとした餅が食える…」
嬉しそうですねデストさん…確かにこういう餅つきは1人じゃ出来ませんが。
ボウルと擂り粉木でも出来なくはないですが時間が掛かりますし、やけに固かったり米粒のままな部分も残ったりしますからね。
因みにこの世界のもち米は赤い色をしていました…小豆を入れて炊けば赤飯が作れますね。
「で、味付けは?」
「黄粉、醤油、味噌…そして枝豆です」
「枝豆…ずんだ餅か!」
「そういや庭の畑でダイズ豆を栽培してたんだったな…なら作らない手はないな」
因みにずんだ餅はあたしとロウの好物なのです。
母が宮城の出身だったのでよく作ってくれました…あたしが初めて美味しく作れた料理でもあります。
という訳でせっせと準備しましょう。
臼に水を張っておいて、杵も水に浸けて、もち米を蒸して、手水を用意して…と。
「水打ちはあたしがやりますので、つくのはデストさんにお願いします」
「おう、任せときな」
ドスン、パシッ、ドスン、パシッ…
「おお、段々餅っぽくなってきたな…色は赤いけど」
「っし、どうだ?」
「はい、見事なお餅です…では準備しますのでロウは皆さんを呼んで下さい」
ずんだは既に作ってありますし、黄粉用にアマミズの水を混ぜたお湯も用意してありますから…
後は食べやすい大きさに千切って丸めて、くっ付かない様にお湯に入れればオーケーです。
味付けは食べる直前にした方がいいでしょう。
「黄粉のおもち美味しー!」
ナクアちゃんはやはり黄粉に飛び付きましたね…この子ちょっと前までダイズ豆が食べれなかったんですよ?
後、よく噛んで食べましょうね?
「キュアさん、マヨネーズはありませんか?」
「アトラさん、お餅にマヨネーズは合わないので…他の味付けで食べて下さい」
好きな人は好きなんでしょうけど…カロリーが凄い事になりますから用意はしません。
「醤油のおもち…美味しい」
コカちゃんは醤油ですか…アプさんは魚醤付けてましたけど。
そういえば魚醤も残り少なくなりましたね…また仕込んでおかなければ。
「兄貴、餅の塊に味噌をちょっと乗せただけでいいのか?」
「つきたての餅はな、味噌を付けて伸ばしながらウングウングと飲み込むのが1番美味いんだ」
豪快な食べっぷりですねデストさん…流石は味噌好きを名乗るだけはあります。
あ、皆さんは真似しちゃ駄目ですよ?
気管に詰まらせて入院する人も居ますから。
そしてあたしとロウはずんだ餅を…やはり美味しいですね。
この素朴な味が堪りません。
「それにしても大分枝豆を食っちまったな…ダイズ豆にする分はあるのか?」
「まあ、庭の畑だけじゃ醤油と味噌の仕込みには足りませんからね…いっそ枝豆用の畑と思いましょう」
本末転倒な気もしますが、枝豆も美味しいので問題はありません。
「キュア、餅がなくなった…」
もち米2升もついたのに…つい食べ過ぎてしまいました。
つきたてのお餅には魔力が宿っていると聞いた事がありますが…こうなると否定が出来ませんね。
「もう1度つくか?サーグァ様が来るだろうし余る事はないだろ」
「そうですね…このまま夕飯もお餅にしてしまいましょう」
結局6升のもち米をついたのに食べ切ってしまいましたよ…半分以上サーグァ様が食べましたけど。
「焼き餅や揚げ餅も作ろうと思ってたのですが…全部そのままで食べてしまいましたね」
「久しぶりの餅だったからな…つい食い過ぎちまった」
「次は…やっぱ正月か?」
「この世界にもお正月ってあるんですか?」
「あるぞ…まあ特別な物を食ったりとか、お年玉といった風習はないが」
お年玉がない…だと!
そりゃ日本にしかない風習ですし仕方ない所もありますが。
「特別な物を食ったりしないって事はお節なんかもないのか…」
あ、それは助かりますね…お節は非常に手間が掛かる上に全部食べ切れはしませんし。
サーグァ様なら初日に食べ尽くすでしょうけど。
「この世界だとそれぞれの信仰する神に祈りを捧げて、家族水入らずで過ごす日って所だな…ま、旅人には余り関係ないんだが」
つまりトゥグア様に祈ればいいと…成程。
夜…ふと目が覚めてしまったので外の風に当たっていたら何やら話し声が?
何を言っているのかは解りませんが…アプさんとデストさんの声ですね。
おや?デストさんが泣きながら家の中に…
「…キュア、そこに居るんだろう?」
「気付いてましたか…とはいえ内容は聞き取れませんでしたよ」
聞こえてたら気付かれかれない様にこの場を離れていましたよ。
あたしには馬に蹴られる趣味はないので。
「まあ、雰囲気からしてデストさんが告白していたんだろうと思いましたけど」
「そうかい…ま、言いふらしたりしなきゃそれでいいさ」
よく見たらアプさんも目元に涙の跡が…
「…この際だし聞いておきたいのですが、アプさんはデストさんを振ったのですか?」
「ああ…振ったよ」
デストさんは誠実な人だし、この世界の法律からして捕まえといて損はないと思いますが…
3人程惚れてる人が居ますが重婚も可能ですし。
「あたいが前に結婚してたのは知ってるだろう?」
それでコカちゃんが生まれたのも知っています。
「あたいの旦那…パクは故郷のダニチで…病に掛かって死んだ」
それでダニチにお墓があったのですね…
「辛かったよ…コカが居なけりゃ、そのまま後を追っちまおうってぐらいね」
それ程深く愛していたのですね…
「あたいはエルフだ…もう318年生きてるが、それでもまだ普通の人間よりも長く生きれちまうんだよ…デストを受け入れたら、またあんな辛い思いをしちまうだろうさ」
エルフならではの悲しみ…ですか。
少なくともアプさんが先に逝ったりはしない…だからこそ応えられない、という事ですね。
「今と同じ事を、さっきデストにも言ったんだよ…今までなら殴るか言わせないかしてたんだけどねぇ」
異種族婚も肯定されている世界といえど種族の壁は大きかったのですね…
それで尚結ばれようとすれば…確かにトゥグア様好みのラブコメですね。
後、断るならもう少しやり様はあったと思います…
「ではデストさんは嫌いではないと?」
「デストはパクに似てるからねぇ…見た目だけなら瓜二つと言ってもいいぐらいさ」
つまり中身は全然違うと…
「まあ、好きに違いはないが…どうしても息子か、甥っ子にしか思えないってのもあるねぇ」
ああ…それは応えられませんね。
仮に応えたとしたら背徳感が凄まじそうです。
翌朝…やけに目が赤くスッキリしたデストさんが朝食の準備をしてました。
今朝の当番はあたしだった筈なのですが?
「兄貴、やけに調子良さそうだけど何かあったのか?」
「姐さんと決着を着けられたよ…望んだ結末には、ならなかったけどな」
デストさん…
「姐さんの本心を初めて聞けた…そして俺は振られた、だからそれでいいさ」
「兄貴…今の兄貴は最高に格好いいぜ」
確かに、男前に磨きが掛かってますね…
「まあ、暫くはそっとして欲しいけどな…」
あ、立ち直れた訳じゃないんですね…そりゃ失恋のダメージがそう簡単に抜ける筈がないですよね。
後でミラさんとジェネさん…アトラさんにも伝えておきましょう。
そして次は…あたしとコカちゃんの番ですね。
「おもちをもう3升程ついて下さい、醤油とずんだで」
「スミマセン、もうもち米がありません…」




