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あの頃を思い出す  ~後編~

「今日、皆に集まってもらったのは他でもない。西園寺をいびり倒したいから協力してほしいんだ」


 あたしは手下ども数人をよく遊んでいた近所の公園に集めて、緊急対策会議を開いた。

 西園寺聖司。あいつを早急になんとかしたかった。

 あのチビハムときたらあの後で無神経な質問を所構わず浴びせてくるわ、隙あらば「しずかちゃんだいすき!」と叫んで抱きついてこようとするのだ。

 あたしはその度に「気色悪いからあっちにいけ!」とどついたりしばいたりして追い払っているのだが、向こうもしぶとくてなかなか止めない。

 ちなみに天敵の女教師はというと、あたしが本気で嫌がっている姿を見て腹を抱えて笑っているだけ。お前はそれでも教師かよ。

 そんなワケで自分でなんとかするしかなかった。


「しかし、どうすんだぁ?」


 ヒガシがカン高い声であたしに訊ねてくる。

 当時のヒガシはまだあたしよりも随分と背が低く、顔つきもあどけなかった。今振り返ってみれば可愛らしい残りわずかな期間だったと思う。

 あたしはフフンと鼻を鳴らした。


「ちゃんと対策は練ってきてある。まずはあいつをみすぼらしい姿に変えて女どもから孤立させようぜ。黄色いハムスターからボンレスハムに進化させるんだ」


 あたしが西園寺肥大化計画を打ち明けて給食はひたすら盛るように指示をだすと、手下どもの反応はイマイチだった。

 ヒガシが軽く手を上げながら意見を述べる。


「でもよ、そんなに上手くいくもんか? いくらエサを与え続けたところであいつがそれに食いつくとは限らないぞ」

「その点なら抜かりはない。俺の理想の男性像は相撲取りだと言ったら、目を輝かせておったからな」

「……静って、鬼だよな」

「なんとでも言え。とにかくよろしく頼む」


 そうしてあたしたち一味は西園寺の餌付けに奔走した。

 この努力はかなり実ったと思う。半年後に転校していく際、あいつのウエストはパンパンに膨れ上がっていたから。


 次にあたしが考えたのはあいつの強固な守りをはずすことだった。

 担任の女教師はあたしへのあてつけか、はたまた西園寺の無邪気な愛らしさに目がくらんだのか、真相はついぞ明かされなかったが、とにかく西園寺をやたらヒイキにして猫かわいがりしていたのだ。

 だからあたしは女教師の誕生日を狙った。

 あの女のために小遣いをはたいて小さめのホールケーキを買い、ロウソクを40本たてた。

 そしてそれを西園寺に持って行かす。


「これをあの先生に渡せばいいのぉ?」

「ああ。それとお前からのプレゼントということにしてくれ」

「なんで? せっかくしずかちゃんがお金を出して買ったのに」

「あの女とは仲が悪いからな、直接は渡しづらいんだよ。その点お前は好かれてるから楽勝だろ」

「わかった。けど何かほうびをくれないと行きたくない」

「チッ、しゃーねーな。後でちょっとだけ遊んでやるよ」

「わーい♪」


 そうして西園寺は任務を終えて帰ってきた。……右頬を腫らして。

 思ったとおり、三十路を間近にひかえて神経質になっていた女教師の逆燐に触れたようだった。

 狙ったこととはいえ、涙をポロポロこぼして「怖かった」と泣いている西園寺が気の毒になって、この時ばかりは優しく接してやった。


 ――――が、これがいけなかった。


 どうやら更なる火をつけてしまったらしく、この日を境に西園寺からのアプローチがますます激しくなったのだ。

 それに乗じてあたしの西園寺いびりも激化していく。

 女子トイレに閉じ込めたり、体育倉庫に閉じ込めたり、更衣室に閉じ込めたりした。

 さすがに西園寺もこれはたまったもんじゃないと感じたらしく、次第にあたしから離れていくようになった。

 ようやく、といったところだろうか。だけど、一度身についた習慣ってのはなかなかやめられないもので、惰性をもってその後もイジメは続いたのである(以前西園寺が語っていたのはこの辺りのことだ)




 そうしてイジメが洒落にならなくなってきた頃、その日はやってきた。

 西園寺は家庭の事情で引っ越すという。

 近頃めっきりあたしを避けるようになっていた西園寺は、もう諦めたと思っていたのに最後の最後でくらいついてきた。

 学校からの帰宅途中、真っ先に教室から飛び出していった西園寺は道路で待ち伏せしており、あたしが通りがかると詰め寄ってきたのだ。


「色々されたけど……やっぱり……しずかちゃんのことが好きなんだ。諦めきれなくてがんばったよ。ほら見て」


 西園寺はくるりとその場で一回転して、腹の肉を震わせた。


「約束どおり太ったよ。体脂肪が40パーセントを越えたらつき合ってくれるって言ってたよね!」


 そう言って期待の眼差しでこちらを見てきた。


(うわっ、こいつあんな口約束をまだ信じていたのかよ)


 あたしは呆れた。

 そして天狗になっていたあたしは西園寺の涙ぐましい努力を一蹴する。


「まぁ、たしかに言ってたな」

「ほんと!? じゃ、じゃあ」

「だがな、それは……ド突き合いのことだっ!」

「!?」


 あたしがすかさず両手で押しやると、西園寺はあっけなくバランスを崩して尻餅をついた。

 ドスン、と肉が重いのだろう、派手な音が響いた。

 しかし西園寺にとっては心の痛みのほうが勝っていたようだ。


「そんな……バカな……うそだ……」


 座り込んだまま起き上がろうともせずブツブツとつぶやいて、その瞳にはみるみる涙が溜まっていく。


(うっ、泣くなよ……)


 あたしは泣かれるのが苦手だった。どうせ今日までのことだし少しぐらいなら優しくしてやってもいいかな、そう考えはじめていた時。

 後ろに控えていた手下のひとりが声をかけてきた。


「どうするんですか、こいつ」


 ハッ、そうだあたしは女ボスだった。ここで態度を軟化させたりしたら手下どもに示しがつかない。

 あたしはなるべくぶっきらぼうに言い捨てた。


「知らないよ。太ったのは自己責任だろ」


 そしてよせばいいのに西園寺に向かって、


「そうだ。相撲取りが好みだと言っていたな。あれは嘘だ」

「ガーン!! そ…そんな……それじゃあ僕は一体なんのために高血圧に悩まされながら太ったんだ。今、すごく胸とウエストが苦しいよ……」

「そんなに苦しいなら新しい服を買ってもらえばいいだろ。じゃあな、達者でピザでも食ってろ」


 冷たい言葉を浴びせた後にそのまま立ち去ろうとした。

 その時であった。

 西園寺がキレたのは。


「――もう許さない。この半年間、僕は苦しみ続けた。君が同じ苦しみを味わうように転校先で呪ってやる」 


 突然キャラが豹変した西園寺は、あたしたちが唖然とするなかで呪詛を唱えて――走るよりもそうしたほうが速いのだろう、下り坂を丸太のようにゴロゴロと転がって去っていったのだ。


 それがあたしたちが目撃した西園寺の最後の姿であった。……そうなるはずであった。

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