31話 異常事態
俺はキャシーを背負い、先頭を走るルシアにアリシア姉さんと並走しながらついていく。
俺達が依頼を受けると信じていたのか、ラッセがダンジョン用の保存食を四人分準備していたこともあって、依頼を受けてからすぐにダンジョンへ向かうことができていた。
「急ぎましょう!」
俺とアリシア姉さんはもっと速度を出せるけど、ルシアに合わせるために先頭を走らせている。
並走していたアリシア姉さんが、俺の腕に指を当てて。
「冒険者は死んでも自己責任なのに、ルシアのやる気が凄いわね」
「ルシアはダンジョン内で仲間に見捨てられたことがあるから、気持ちが解るのかもしれない」
それもあるのだろうけれど、今までの言動を思い返すと、ルシアは困っている人を助けるために冒険者になったようにも見える。
酔った時にもそんな感じのことを言っていたから、それが本心なのは間違いないだろう。
今のルシアはAランク冒険者として十分戦える強さはあり、キャシーよりも身体能力は高くなっていた。
そう考えながら走っていると、俺の背中でキャシーが頬ずりをして。
「お兄さまと一つになっているよう……」
そう言って満足げな声を漏らすキャシーを、アリシア姉さんは羨ましそうに眺める。
「ねぇリベル。このダンジョン攻略が終わったら、お姉ちゃんにもキャシーちゃんと同じことをして欲しいな?」
アリシア姉さんを背負う必要はないような気がするけれど、今日は一緒に鍛錬もできなさそうだから、欲求不満なのかもしれない。
「……終わってからな」
「わかったわ! 一階層の探索なんてすぐに終わらせましょう! ルシアもそれでいいかしら?」
もし一階層に冒険者達が居なければ、二階層も探そうとルシアが言うかもしれない。
それは依頼を無視した冒険者側に責任があるだろうし、ダンジョンを調べて二階層に行かなければならない理由があるのならともなく、もし理由がなさそうなら二階層に降りてまで救助しなくていいだろう。
「っっ……わかりました。ですが二階層に降りた問題次第では、救助に行くべきだと思います」
ルシアは割り切りながらも、おずおずと俺達に提案する。
アリシア姉さんが何かを言いたげにしていたから、俺は先に言っておく。
「そうだな。ダンジョンの仕掛け次第になりそうだ」
「……そうね。ギルドマスターでも前代未聞というほどだから、臨機応変にいきましょう」
「あたしはお兄さまの指示に従う」
キャシーは素直に聞いてくれて、本当は反対したそうなアリシア姉さんも俺の発言をすぐ受け入れてくれている。
「あっ、ありがとうございます!」
そう言ってルシアが俺達に大きく頭を下げるけど、ルシアは俺達の中で一番正義感が強そうだった。
× × ×
俺達は走ってダンジョンへ向かうことで、一時間も経たない内に問題のダンジョンに到着する。
どこからどう見ても広く底の見えない下り階段だけで、これだけだと普通のダンジョンの入口にしか見えない。
魔力探知の魔法を飛ばしても普通のダンジョンのようで……依頼内容から、そこに違和感を感じるしかないも、行くしかない。
「ダンジョンの中でリベルと一緒……人気がなくて、何をしても……」
ダンジョンへと続く下り階段を眺めながらそう言うアリシア姉さんはいつも通り過ぎるけど、俺達は階段を降りることにしていた。
階段を降りきり、地下なのに明るい部屋に到着する。
部屋から幾つもの通路が見えているけど、まだ普通のダンジョンにしか見えないな。
それが不気味だと感じていた瞬間――ゴゴゴゴゴゴゴと背後から音が鳴って、俺達が振り向くと。
「ええぇっ!?」
「……なるほど、そういうことか」
ルシアが驚き、俺は納得する。
俺達の背後に存在していたはずの、さっきまで降りていた階段が、ただの壁と化していた。
入口兼出口でもある階段が何故かダンジョンと同化するように消えていき、一瞬で帰還手段がなくなっている。
これは確かに前代未聞であり、いきなり発生した異常事態にルシアが戸惑うも、俺は冷静にこの状況を思案していると。
「入口が消えるだなんて……もし最期になったら、その時はリベルとこのダンジョンで……」
「うん……お兄さまになら、何をされても構わない」
「アリシアさんとキャシーは、リベルが一緒なら世界が終わっても構わなさそうですね……わっ、私は……」
ルシアが二人のようになれるのだろうかと不安になっているけど、この状況で焦っているせいか、アリシア姉さんとキャシーに染まりつつあって怖い。
この状況下で興奮するアリシア姉さんとキャシーの発言はいつも通りに聞こえたけど――実際は違う。
二人はこの状況で死を覚悟しているような発言をして、二人は死ぬことになったとしても、俺と一緒だから構わないようだ。
それはつまり――アリシア姉さんとキャシーほどの強さがあったとしても、この状況がかなり絶望的な状況だと理解しているのだろう。
これはそれほどまでに異常事態で、今までにないダンジョンだった。




