12話 剣帝の技
あれから冒険者ギルドで報酬を受け取り、ペラーネ姉弟が所持していた通貨や道具を全て受け取る。
ルシアを見捨てたパーティは、これで完全に崩壊するだろう。
宿に戻って俺が思案していると、ルシアが少し思い悩んだ様子で。
「私が居たから、ペラーネ達のパーティが崩壊してしまったのですね」
「いや、あの姉弟の性格の悪さを見ると、どうやってもいずれ崩壊していたに決まってる。俺はあいつらが言ったことを、そのままやっただけだ」
ルシアを人質にして、俺から全財産を奪おうとしていたけれど……それで返り討ちにあったのだから自業自得だろう。
むしろ最低限の道具と通貨は残したのだから、全部奪おうとしていたペラーネ達よりはマシだ。
ルシアはあの二人が俺を馬鹿にしていたことを思い出したのか、ようやく元通りの元気な表情に戻って。
「そうですね! それにしても……ここ二日間で私、とてつもなく強くなりました。明日も更に強くなれるのでしょうか?」
「いや、魔法薬による成長促進にも限度がある……ここまで強くなったのだから、魔法薬を飲んでも変化は起きないだろう」
「そうですか。褒めてくれるのは嬉しいですけど、これでもリベルのお姉さんには勝てないんですよね……」
比べる相手がおかしいせいで、今のルシアなら、この国の冒険者ギルド内だとトップクラスの実力はあるだろう。
アリシア姉さんは世界規模でトップクラスの実力はあるだけの話なのに、ルシアはかなり落ち込んでしまっている。
「別に姉さんと互角に戦えるようにならなくても、姉さんの一撃を防御して俺に伝えることができればいいんだ」
そろそろ頃合いだろうと、俺はアリシア姉さんの対策について話すことにする。
「えっ?」
普通にアリシア姉さんに勝てるほど強くあるべきだと考えていたのか、ルシアが目を見開かせる。
「アリシア姉さんは俺に危害を加えない……ルシアに攻撃したという事実が発覚して、俺に注意されたら姉さんはルシアに危害を加えることができなくなるだろう」
問題なのはそれを理解した上で、アリシア姉さんが行動するということだ。
要するに、最初の一回目は怒られないから、最初の行動で始末するのがアリシア姉さんだった。
ルシアが俺のパーティメンバーだと知った瞬間、アリシア姉さんは間違いなく帝技でルシアを仕留め、どこかに隠して行方不明とするだろう。
やることはさっき俺がやったことと似ていて、まずアリシア姉さんと再会してから、タイミングを見てわざと俺はルシアから離れる。
そうすれば好機だとアリシア姉さんがルシアを仕留めようとするだろう。
その攻撃をルシアが防いだ瞬間に俺がアリシア姉さんの前に現れれば、今まで俺に怒られることだけはしたくないと常に言っていたアリシア姉さんなら、それ以降ルシアに危害を加えようとしなくなるはずだ。
「そ、それなら……アリシアさんの攻撃を防げるようになったら、私はリベルとずっと一緒にいられるんですね!」
「そうなる」
「絶対に防げるようになってみせます!!」
ルシアはやる気十分で、今日ペラーネを倒したことがいいきっかけとなったのだろう。
姉さんとキャシーが俺をしらみつぶしに捜索しているとすれば、カーラが何も報告していないとはいえ、数日もすれば俺とルシアの元にやって来るはず。
それまでにルシアには、アリシアの帝技を受け止めるぐらいに強くなってもらう……不可能ではないだろう。
そろそろ眠ろうとしたら、ルシアがおずおずと顔を赤くして。
「あっ、あの……今日も、一緒の部屋で眠るのですか?」
「昨日の夜、ルシアが言ったことだけどな?」
「そ、そうですよね……おやすみない……」
一昨日と昨日は泣きついて俺のベッドに入り、俺を抱きしめながら眠っていたルシアだけど、流石に今日は酔っていないからどうするか悩んでいる様子だった。
俺は寝ようとした瞬間に、ルシアがいきなり俺のベッドの中に入ってきて。
「あ、あの、やっぱり……私と一緒に眠ってもらっても、よろしいでしょうか?」
一昨日と昨日とは大違いで、おずおずと顔を赤くしてルシアが聞いてくる。
酔った頃の記憶が残っているからこそなのだろう……ここ二日間の積極的になった記憶からか、酔わなくてもルシアは積極的になっているような気がした。
× × ×
翌日――今日は何も依頼を受けず、王都から少し離れた平原で俺とルシアが対面する。
俺はカバンの中からネックレスを取り出して、ルシアに渡すと。
「わっ!? これってプレセントですか……その、私には釣り合っていない気がしますけど、似合っているでしょうか?」
どこか期待するような眼差しで、嬉しそうにネックレスを首にかけたルシアが聞いてくるけれど、誤解させてしまったか。
「それはルシアの鍛錬中に錬金魔法で作っていた魔道具だ。回復魔法を付加させているから、身につけている間は回復を意識することで、魔力を消費して回復魔法が使えるようになる」
「ええっ!? 魔法を付加させた魔道具って、売れば家が建つぐらい高価ですよ!?」
俺は最強の冒険者を目指しているから売るつもりはないし、素材が貴重かつ失敗する可能性にビビりながら作ったから二日もかかっている。
これを生産して売ることはないだろう。
これこそが、実力差のあるルシアがアリシア姉さんの攻撃を受け止める方法だった。
「昨日の夜にも言ったけど、アリシア姉さんが攻撃を仕掛けてくるのは、俺とルシアが離れたタイミングだ」
「もう攻撃してくることは確定なんですね……どんなお姉さんなんでしょうか……」
ルシアが引くのも無理はない。
まずこんな特訓をしなければならないのが、異常なんだよな。
「初撃なら間違いで済むと考えているから全力、チャージの魔法を使うかどうかは微妙だけど、間違いなく最強の技である帝技で殺しにくるだろう……だからこそ、アリシア姉さんの行動が読める」
「読めてもどうしようもないですもんね。一つでも帝技を扱えれば剣帝と呼ばれて、Sランク冒険者に匹敵するほどと噂されています……それでも、私はアリシアさんの攻撃を止めてみせます!」
ルシアが全身を震えさせているも、俺のパーティから抜けたくないのは酔っていた時の発言で知っている。
「その意気だ。帝技を受けた瞬間にその魔道具を使い、致命傷になる瞬間に回復魔法を使うことで死を回避する……これから俺が木刀で打ち込むから、痛みを受けた瞬間に回復して欲しい。この特訓で姉さんの攻撃を防げるはずだ」
そう言って俺は道具屋で購入した木刀を持ち、ルシアは剣を構える。
「激痛を感じる直前に、回復魔法を使って欲しい」
「わ、わかりました! あの、帝技なんてどうやって……」
やる気は満ちているもルシアはどこか不安げで……恐らく、俺では剣帝の代わりにならないと考えているのだろう。
会話中に、俺は力を集中させて次の特技や魔法の威力を上げる集中強化の魔法を使う――俺は実戦でのアリシア姉さんと同じ状態になってから。
「――二重突剣」
「ひゃっっ!!!?」
こういうのは実際に見せた方が早いと、俺はアリシア姉さんが扱う帝技を、アリシア姉さんよりも速く放つ。
二重突剣は超速の突き――そこから魔力と体力を消費することで斬撃の残像を実体化させ、二重に斬撃を叩き込むという奥義だ。
俺の二重突剣による木刀の攻撃を受け止めることができなかったルシアが、衝撃によって大きく吹き飛んだ。
そこまで俺は力を込めていなかったけど、速度のせいでかなりの激痛があったはず……どうやらルシアは回復魔法を使おうとはしたけど、パニックに陥って使えなかったみたいだな。
「失敗したら死だから、成功するまでやるけど……痛みを感じる刹那で回復魔法を使うんだ」
「わ、わかりました……あ、あの、リベルって、帝技が使えるんですか?」
「一応な。帝技というのは元々攻撃特化と速度特化の二種類だけの奥義だった……俺はその二つだけなら使える」
これは前世の人の知り合いが帝技を扱えたからで、俺の前世はそれを真似しただけで実践では使えなかったけど、俺が持つ本来の力によって扱えるようになっていた。
冒険者のトップになりたいのに、剣帝として勧誘されると面倒だな。
「魔法だけでもとんでもないのに、剣技も凄いだなんて……私、リベルに相応しくなりますね!」
帝技が二種類使える時点で俺は剣帝の中でも上位となるから、緊急時以外は帝技を使わないでおくことに決めた。
それから昼過ぎまでルシアと特訓をして、ルシアは何度か成功するようになってきている。
「いい感じだ。これなら明日には……ルシア、ちょっと待ってくれ」
俺は攻撃の手を止めて、ルシアも立ち止まり。
「はい……リベル、どうしました?」
ルシアが首を傾げながら聞いてくる。
その瞬間、俺とルシアの元に、一人の黒髪少女が駆け寄ってきていた。
いや――実際はさっきまで猛スピードで空を飛んでやって来た事を俺は知っているも、そこは黙っていようと決意する。
走りながら勢いよく俺に抱き着いてきて、恐らくこうしたかったから途中で空を飛ばずに駆け寄っていたのだろう。
「お兄さま……会いたかった」
俺に抱き着いて来たのは、妹のキャシーだ。
元気そうでなによりだけど、どこか焦った様子を浮かべている。
そして……同行しているとばかり考えていたアリシア姉さんが居ないことが、俺は気になっていた。




