変わり時…最終話漆の世界12
一方で障子扉の奥の一室に監禁されているナオとヒメは外の様子をうかがっていた。
「音も遮断されているみたいですね……。気配も何もわからなくなっています。ここまで強力な結界を張る意味とは……」
「おーい!誰かおらんのかー!」
考えているナオとは裏腹にヒメは障子扉を叩き存在をアピールしていた。
「ヒメさん、外に声は届いておりませんよ。残念ですが……」
「結界を壊すにはどうすれば良いのじゃ?」
ナオの言葉に振り向いたヒメは不安げな顔をしていた。
「私達では壊せません……。ん……。ちょっとお待ち下さい……」
「なんじゃ?」
ナオがまた考え込んだのでヒメは半泣きでナオに詰め寄った。
「この結界はデータの網です。もしかすると過去のデータを空間に出せれば現在の結界データが書き換えられるのではないでしょうか?未来でもいいのでしょうが私達は歴史神ですから」
「どうするのじゃ?」
ヒメは少し落ち着きを取り戻しナオの元までやってきた。
「時神過去神を呼びます……」
ナオの発言にヒメは驚いた。
「ナオ殿!剣王がダメだと言っておったぞい!第一、ムスビ殿がいないと……」
「ヒメさんは人間の歴史を管理している神……。時神過去神は人間の過去を守る神。そして私は神々の歴史を管理している神……。ムスビがいないので結んで実体化はできないかもしれませんがヒメさんと私が関われば過去神の『実体がないデータ』だけは持ってこれるでしょう。そうすれば結界のデータに過去のデータを割り込ませられますよ」
「な、なるほど……よく考えつくの……。しかし、結界を壊したら後が怖いのじゃ……」
淡々と説明したナオにヒメはまた不安げな顔に変わった。
「この世界には秘密があります。私はそれを知りたい。私が悪者になってもかまいません。あなたは私に強制的にやらされたと言えば良いでしょう」
「……重大な選択じゃな……。しかし、本当にやるのかの?覚悟は本物か?わしは良いぞ。罪を被ると言うのならばわしには罪がない故」
ヒメはナオの覚悟をうかがった。
「はい。協力してください」
「うう……本気か……仕方あるまい……。わしは罪を被るのは嫌じゃぞ?」
「ええ……わかっています」
半泣きのヒメを説得し、ナオは過去神の巻物を手から出現させた。
巻物はデータの塊を具現化したものである。これは神々の歴史を管理しているナオならではのデータの保存法だ。
「ヒメさんは人間の時代だった過去神のデータを持ってきてください。データを混ぜて過去神のデータを繋げます。結べませんからデータは流れるだけですが結界には影響するでしょう」
「わ、わかったのじゃ」
時神は元々人間から生が始まる。
となっている。
人間から徐々に自分の時間が止まり神になるようだ。
と一般的には言われている。
記憶した内容は間違っているかもしれない……。
「では!わしは……」
ヒメは古い映画のフィルムのように白黒の画像を出現させた。
ヒメが人々の歴史を管理する時はこういう感じで管理しているらしい。
画像は変化しており、着物姿の少年が戦時中の悲しみを心にしまいながら武士へとなっていく部分が流れている。そこから先はなく、画像は再び少年に戻っていた。
これは時神過去神の人間だった時の歴史だ。若々しいが武士になった部分から彼は人間ではなくなっている。
そこから先の歴史はナオが管理する巻物に書かれているのだ。
「これを合わせて……データに……」
ナオが巻物を画像に向かって放った。巻物は画像に吸い込まれ、真っ白な光と共に電子数字が溢れた。言葉でも数字でも表せられない『なにか』がドーム状に破裂した。
「うわわわ!!な、なんじゃー!」
「データが入り込みました!結界が割れます!うまくいって!!」
ナオがヒメを抱き締めながら畳に伏せた。
「ナオさん!助けにきたよ!!屋根側からだけど隙を見た!な、ナオさん!?」
その時、廊下側ではない反対側の障子窓からムスビの声がした。
「えっ……むす……」
ナオは戸惑い、口を開きかけた時、天守閣の屋根部分に立っていたムスビに過去神のデータが思い切り吸い込まれていた。
「むっ……結ばれるぞい!!実体化する!!」
ヒメが叫んだ時にはもう遅かった。
「んん!?」
結界が弾け、廊下側から解こうとしていたサキ達は衝撃で吹っ飛ばされた。
「な、なに!?」
倒れてからすぐに起き上がったマナは状況がわからず叫んだ。
「ナオめ……余計なことを……」
剣王は顔をさらに厳しくすると戦っていたクラウゼを弾き返した。
クラウゼは廊下に叩きつけられ唸っていた。
「……もう無理だ……。お前達でなんとかしてくれ」
クラウゼは肩で息をしながらマナ達を見て言った。
「ちっ!俺じゃあ相手にはならないが……」
プラズマは銃で剣王を至近距離から狙うが全く当たらなかった。
「くそっ!」
「じゃああたしが!」
プラズマの脇から飛び出したサキが剣王の刀を危なげに弾いた。
「いい加減にしろ!どこまで邪魔する気だ!アマテラス!お前が望んだのだろうが!!今さらこちらに戻りたくなったか!」
「何を言ってるのかわからないよ!!」
剣王の刀をまた危なげにサキがかわす。
「お前は……アマテラスから魂をわけた存在だ……。それはアマテラスの意志なのだ」
「アマテラス……」
サキは母親との事を一瞬だけ思い出したが首を振って消した。
その時、電子数字の波がひき時神過去神が現れた。
総髪に袴姿。
眼光は鋭く、まさに侍だ。
「白金……栄次!?」
驚きの声をあげたのはアヤとプラズマだった。
「というと……過去神ですか?なんで!?」
健も後から叫んだ。
「なんだ……剣王の城か?」
過去神栄次はプラズマとアヤをみて首をかしげた。
「なんだかよくわからないけど……時神がそろった」
マナがつぶやいた刹那、マイの横からワイズが現れた。
「私めがけてワープしてきたか。ワイズ……くくっ」
マイは楽しそうだったがワイズは必死の顔をしていた。
「剣王!何をしているんだYO!お前の強力な結界のせいで状況が読めんかったではないかYO!すぐにナオの対応をしろ!!」
ワイズは剣王に怒鳴った。
「……データを取り込まれぬようにナオを隔離するべく結界を張ったのだ……。暦結神を先になんとかするべきだったか……。……時間が止まるぞ……」
剣王がつぶやいた。
破れた障子扉の奥でムスビとヒメがナオを揺すっていた。
「ナオさん!ナオさん!」
「どうしたのじゃ!突然!」
ムスビとヒメが必死に声をかけている。
「矛盾……むじゅん……矛盾……これも……あれも……矛盾……むじゅん……」
ナオは天を仰ぎ、力なく座りながらぶつぶつと言葉を発していた。
瞳が黄色に輝き、大量に巡る電子データの数字のあちこちにエラーが出ている。
「……そうか……陸の世界のナオと繋がっちゃったんだね……」
サキがナオを見てそんな事を言った。
「輝照姫……まさか陸でも同じ事が……」
剣王はサキに向かい表情なく尋ねた。
壱と陸は同じ世界だ。二つあることによりバックアップを取り合い、データに欠陥がないようにしている。
ただ違うのは昼夜が逆転していることだ。太陽神、月神は人々を助けるだけではなく、壱と陸を交互に監視している。
本来、壱と陸には同じ者がいるが、太陽神、月神は両方の世界を行き来するため一体ずつしかいない。太陽、月と共に移動し二つの世界を見守るのだ。
世界を渡れる霊的太陽、霊的月に住みながら。
「陸では……ナオはすべてを知っているみたいだよ。あたしはよく知らないけどねぇ」
サキが剣王に答えた時、時間が突然止まった。
「ときが止まった!」
アヤが一番敏感に感じ取ったようだ。
マナが見回すと健や健のドール達、クラウゼ、マイ、ヒメ、ナオ、ムスビは石のように動かなくなっていた。
「皆……止まってる……けど……」
マナが見るなかで時神とサキ、剣王、ワイズには動きがあった。
「……剣王、今ならまだ間に合う……その娘を……」
「邪魔はもういないか……ナオの件はあとで……」
ワイズに言われて剣王は刀を再び振りかぶった。
真っ二つになりそうな衝撃が風と共にマナを襲った。
マナは鏡を出して応戦しようとしたがその前に何かが弾いてくれた。
「お前は!」
「いやあ、タケミカヅチ。おはようさん。腐れ縁だねー」
剣王の前に立っていたのは紫の特徴ある髪と甲冑を着た男だった。
「……すっ……スサノオ様!」
マナは混乱した頭でかろうじて叫んだ。




