変わり時…2向こうの世界10
気を取り直してマナはプラズマに肩を貸してやると病院に向かって歩き出した。太陽が照っていて真夏を思わせるほどに暑い。
未来に飛んでも道が変わるわけではなく、神社はちゃんと昔の日本みたいになっていたし、遊歩道もそのままだった。
「悪いな……やっぱり体が動かない。」
「うん。大丈夫。」
プラズマが申し訳なさそうな顔をしているのでマナは汗を拭いながら励ましておいた。
遊歩道を歩き終わるといままでなかったはずの電気街が姿を現した。
家電だけではなく何に使うかわからない電化製品も売っていた。店頭で売られているテレビは最新型で壁に貼れるくらいまで薄くなっていた。
そのテレビに映っていたのは汚染物質を浴びた虫が猛毒を宿した虫へと進化を遂げ、人間を襲っているニュースだった。得体のしれない有害物質を体に取り込んだ虫は刺されるとどんな症状がでるかわからないという。それに向けて新たな殺虫剤も開発され、都会では人工皮膚も進められているためそうそう被害は拡大しない……といったものだった。
人間達は自分を守るために子供のうちから人口の皮膚に変える手術をし、最近世界を充満し始めた有害物質から身を守るために自分の喉に空気清浄器をつけ、機械化が進み熱を持った地球から生き残るために自らの体にクーラーのようなものをつけはじめたという。
「……これが私が生きるべき世界……。」
マナはテレビから遠ざかりながら静かにつぶやいた。少し未来へ飛んだだけなのにもうすでについていける気がしない。マナの時代だと『夏は暑くなりすぎるので冷房をつけるのが一般的になった』……といったところだった。
「この世界が後に俺達がいる世界と合体するのか。……あの池から俺が存在する未来へと飛んだなら世界はあの時代にすでにつながっていたと考えていいな。」
「……幻想みたい……。」
プラズマの言葉を聞き流したマナはひとりぼそりとつぶやいた。
「……幻想か……。まあ、ある意味そうかもな。」
「……違う……。プラズマさん……わからない?」
マナは震える足を抑えながらプラズマに怯えた顔を向けた。
「……何がだ?」
「この……世界自体が本当だってプラズマさんは言い切れるの?幻想……なのかもしれないじゃない。」
「……逃避をはじめたか。向こうの世界だとあんたは幻想を生きているという事で納得できるだろう。だがこっちはあんたが生きるべき世界、現実だ。」
プラズマはまっすぐマナを見つめ、珍しく真面目な顔で鋭く言い放った。
「私はッ……自分が生きるべき世界で生きられない……。私……おかしくなっちゃうよ。こっちの世界が幻想で向こうの世界が現実なのかもしれない……。どっちがそうなのかわからないじゃない……。」
「どっちも現実だ。俺達の生を否定するな。……いや……むしろどちらの世界も幻想なのかもしれない。まあ、とにかく、どちらでも俺達は目を逸らしてはダメだ。」
「……う、うん。」
プラズマの言葉にマナは納得のいっていない顔で返事をした。
マナ達はしばらくお互い黙ったまま歩いた。
街並みも微妙に変わっている。マナが知らないお店も沢山あった。
だが病院だけは何も変わらずに建っていた。
「あった……。ここは変わっていない。」
「だな……。あの子がいるかどうかは行ってみないとわからないが。」
マナとプラズマは病院の敷地内へと足を踏み入れた。ここには広い芝生の庭と駐車場がある。
駐車場を抜けて芝生が広がっている広い庭に着いた時だった。
「あ、お姉さんとお兄さんだ。そろそろだと思ったよ。」
ふと少女の声が聞こえた。
「……ケイちゃん……。」
芝生の庭の端にあるベンチにケイが座っていた。外見は未来だというのにまるで変わっていない。
七歳くらいの女の子のままだった。
「成長……してない?」
「成長なんてしないよ。私は機械化手術を受けた第一号の成功例なんだから。精神面でストレスがかからない体にしてもらったの。」
ケイは淡々と語る。見た目も感じも当時のままだったが血色はなんだか良くなったようだ。人なのに人ではない気がした。
「向こうの世界だとこういうのを神様って言うの?私は神様になったの?」
「……役割があれば神様かもな。あんたは。」
プラズマが無邪気な少女の言葉に頭を抱えた。
「役割かあ。……私は研究体としてここにいるみたいだし……。将来はきっとこういう人が増えてきて人間とそうじゃない人間に分かれていくんだろうね。私はずっと時間に取り残されてこのまんま。感情なんてあってもつらいだけかもね。」
「……そうか。それで未来は感情を失くしたロボット人間が沢山……。」
プラズマはうんざりした顔をしていた。
「こないだね……。レール国っていう国の夢を見たの。レール国は争いのない向こうの世界にしかないんだって。こっちの世界で地図を見てもそんな国はなかった。」
ケイはまたも唐突にわけのわからない事を言い出した。
マナはなんと反応したらよいかわからずはにかんだまま固まった。
しかし、反対にプラズマは険しい顔でなんだかそわそわしていた。
「レール国……俺達の世界で最近できた国で白猫や自然現象を神として扱う国。日本の天界通信本部と提携してお互いの情報を発信しあっているとか。天界通信本部社長、蛭子の娘エビスとレール国のレールっていう白猫の神が実は友達だったな。新聞で読んだんだが。こっちの世界にはその国はないのか。」
「ないよ。」
プラズマの言葉にケイは短く答えた。
「……待てよ……。最近できた国……こっちと向こうが分かれてからできた国か。なんか引っかかるな。お互いの世界は同じ時間軸で進んでいるのに向こうは新しい国ができた。こっちは何もない。できる雰囲気もない。ここらの街並みも地名も大して変わらないのにこんな短期間で突然国ができるか?こちらの人間も思想は違うが同じ人間だ。同じ場所に国を作ろうとする人間はいるはずだが……。」
「レール国って国はそんなに有名な国なの?」
マナは何もわからなかったがとりあえずプラズマに質問をした。
「有名ではない。なにせできたばっかりだからな。向こうの人間は白猫グッズがかわいいとかなんとかでインスタではすごいことになっているが、その他はわからん。」
「こっちにはなくて向こうの世界にはある国か……。確かに不思議……。」
プラズマとマナがケイの唐突な発言に対し、会話を続けているとケイが突然また声を上げた。
「私、図書館でレール国物語って絵本を読んだ事あるよ。かなり……前だったんだけど。」
「なんだって!?レール国は向こうにしかないんじゃなかったのか……?」
「向こうにしかないよ。こっちにはそんな理想な国ない。」
「じゃあ、なんで絵本はあるんだよ?」
「知らない。この近くの図書館に行ってみたらいいんじゃない?」
ケイはプラズマの質問にそっぽをむいて答えた。
「……ああ。とりあえず、行ってみるよ。なあ、マナ。」
「え?あ、えっと……うん。」
マナはぼうっとしていたのでプラズマの声掛けに気がつかなかった。慌てて声を上げた。
「おい……しっかりしてくれよー。」
「ご、ごめん。ケイちゃん、私達ちょっとえーと……図書館だっけ?……に行ってくるよ。」
「うん。行ってらっしゃい。お姉さん、お兄さん……。」
ケイはプラズマとマナをある程度てきとうに見送るとそのままベンチに座り茫然と空を見上げはじめた。
「……なんかあの子……落ち着いたけど何も変わってないね。中身も変わっていなさすぎてそっちばっかり気になっちゃった。」
「……脳の成長が止まってやがるんだな。だからずっとあのままだ。あれがサイボーグ化の成功例か?脳も子供のままじゃあ失敗だろ。……いや、失敗だったんだ。おそらく脳も成長しないという面白い現象が起きたからこの病院で彼女を研究対象として保護しているんだな。」
「……だから今もKが存在しているんだ。ずっと少女のままの少女が。」
「……ある意味うらやましいし、ある意味悲しいが……あの子はメンテナンスをしていけば一生そのままだ。向こうの世界で神々が信仰心を集めて外見変わらず生きるのに対し、彼女は人間に生かされて外見変わらず生きているんだ。」
プラズマはマナに肩を貸してもらいながら再び歩き出した。




