変わり時…1交じる世界6
マナが茫然と立ちつくしていると突然チャイムが鳴った。マナはビクッと肩を震わせると辺りを怯えながら見回した。
しかし、すぐに学校の一限目が終わったチャイムだと気がついたので顔を元に戻した。
マナは一時間以上ここで茫然としていたらしい。
我に返り、慌ててどこかへいく心構えを作ったが、よく考えれば行く場所などない。
まごまごしていると女の子の話し声が聞こえてきた。
……なんかまずい!こっち来てる?
マナは咄嗟に構えた。
扉を凝視しているとそっと扉が開き、茶色のショートカットヘアーの少女とウェーブかかった長い黒髪の少女が談笑しながら入ってきた。
「サキ、光合成したいって植物じゃあるまいし……。」
「少し太陽を浴びたくなっただけさ。日光浴ってやつだよ。アヤもやればいいじゃないかい。こう……スーハ―スーハ―って太陽を吸い込む感じで。」
「浴びるんじゃなくて吸い込むのね……。」
茶色の髪の女の子は黒髪の女の子に呆れた目を向けていた。
「うわっ!」
黒髪の少女は立ち尽くすマナを見、目を見開いて驚いた。いつもこの時間は二人だけしか屋上にいないらしい。
黒髪の少女の驚き方でマナはそう予想した。
「あんた……どこのクラスの子だい?あ、あたしはサキって言うんだ。よろしくね。ここで会ったのも何かの縁とか言うし、ちょっとしゃべらない?」
黒髪の少女は自分の事をサキと紹介した。彼女は人懐っこい性格なのかもしれない。猫のような愛嬌ある目つきで驚いていた顔から一転、笑顔に変わった。
「私はアヤよ。あなたの校章のカラーから言ってあなたは私達と同じ学年のようね。」
茶色の髪の少女はアヤというらしい。こちらの少女はサキと名乗った黒髪の少女よりもとっつきにくい感じがある。
だが根はやさしそうだ。
とりあえず、怪しまれないようにマナは自己紹介をすることにした。
「私はマナって言います。えーと……。」
マナは自己紹介することが名前しかない事に気がつき、詰まった。
「いやー、気にしないでいいって!丁寧語じゃなくてもあたし達、同じ学年じゃないかい。」
サキと名乗った黒髪の少女は愛嬌ある目を細めて柔らかく笑った。どうやらマナが丁寧語で戸惑っていると思ったらしい。
「う、うん。」
マナはとりあえず話を合わせ、軽く頷いた。
なんだか変な汗が出ている。とても失礼なのだか人間とは違うようなそんな不思議な感覚が先程からマナを襲っていた。
マナは顔に浮かんだ汗を拭おうとハンカチを取り出し、眼鏡をとった。
「……っ!」
刹那、目の前の少女達は突然に電子数字にかわった。目の前で沢山の電子数字が絶え間なく変動している。まるでデータのようだ。
ゲームのようだった。ゲームも画面上では映像や風景になっているがゲームの本質、内部を覗くとわけのわからない数字とプログラムばかりだ。
なんだかその感覚に似ている。マナはさらに変な汗をにじませ、怯えるように後ずさった。
「ひっ!」
小さく悲鳴を上げて倒れてしまいそうな体を頑張って目覚めさせる。
わけのわからない数字の羅列だがマナにはそれがなぜか読めた。
気がついたら口に出していた。
「とっ……時神現代神アヤ……日本の時を守る神の内の一……。現代を守る時神。他に過去神、未来神がいる……。輝照姫大神……サキ……。太陽神のトップでアマテラス大神の力を一番受け継いだ……太陽神。概念になったとされるデータ、アマテラス大神を以前彼女の母親が体内に下ろしたのがはじまり……。」
マナは震える声でつぶやくと腰から崩れ落ちた。腰が抜けたのだ。足に力がまったくはいらず立ち上がる事ができない。
汗を拭ったマナは肩で息をしながら再び眼鏡をかけた。
眼鏡をかけた刹那、電子数字は消え、その代わりに心配そうなアヤとサキが映った。
「今……なんて言った?あたし達の……事。」
サキがマナに近づきながら訝しげにこちらを見ていた。
「え……えっと……その……。」
マナは震えながら真っ白になる頭で何か言おうと考えたが何も思いつかなった。そのうち、なぜか右手に違和感を覚え、マナは右手に目をちらりと向けるが右手は何ともなかった。
そっと眼鏡を下げて今度は右手を見てみた。よく見ると自分も電子数字の塊だった。
右手の方の電子数字がパソコンのデリートのようにどんどん消えてなくなっている。
……消えてる!
「ひっ……!」
マナは悲鳴に近い声を上げてなくなっていく数字を怯えながら見つめていた。
また妄想症だったKの言葉を思い出した。
……自己を保っていないと分解されちゃうよ……。
「じっ……自己を保つ……。」
マナは素早く眼鏡をかけると息を吐き、アヤ達に笑いかけた。ちゃんと笑えているか不安ではあったが。
「ちょ、ちょっと貧血みたい。」
「もしかして、あなた、神なの?」
「神!?」
アヤの言葉にマナは心臓がひっくり返るくらい驚き、素っ頓狂な声を上げた。
……神なんて私が……そんなわけない。神がいるわけが……。
そうマナが思った刹那、先程の違和感がまた強くなった。それも先程よりも強く感じる。眼鏡を外すことは恐ろしくてできなかった。
……神がいるわけないって思っちゃいけないんだ……。あの時はあれだけ信じていたのに……心のどこかで信じることが冗談だったっていうの?
カチカチ鳴る歯を抑えつつ、マナはまともな思考ができない頭で答えを必死に探した。
「そ、そうみたいなんだけど……なんの神だがわからない。」
マナはとりあえず話を合わせる事にした。
「ふーん。あなた、最近出現した神なのね?何の神だがわからないってけっこうまずいわ。神社はどこ?信仰心は大丈夫?」
アヤはトンチンカンな事を言っているのに平然とマナにそう尋ねた。
「大丈夫じゃない……。どうすればいいのかわからない。」
マナはとりあえず素直な気持ちをアヤに伝えた。なんとなく彼女達は自分を助けてくれそうだったからだ。
そういう風に話を合わせていると右手の違和感は知らぬ間に消失していた。
「へえ……あたし達の事けっこう知っているみたいだねぇ。じゃあ、情報の神とか?」
今度はサキが口を挟んできた。
「じょ……情報の神?……そ、そういえば……あの女の子が現人神って言っていたような……。」
「あらひとかみ?何それ?」
マナがてきとうに言った言葉にサキは首を傾げた。
「現人神は確か……人間が神になる事よ。」
アヤはサキに思い出すように答えた。
「人間かい。じゃあ、あんたは人間の皮を被った神って事かね?」
「そ、それはわからない。」
サキの質問にマナは辛うじて返答した。
正直、何を言っているのかまるでわからない。
「ま、何やともあれ、あたし達はあんたを味方する事にするよ。」
「そうね。私も味方するわよ。」
サキとアヤは楽観的に話を片づけると「もうそろそろ授業だからまた、後で。」と手を振って去って行った。
……本当に彼女達を頼っていいのか?騙されていたりしないか?
……もう……元の世界に……帰り……
そこまで頭に思い浮かべた時、また体中に違和感が襲ったので考えるのをやめた。




