変わり時…1交じる世界3
結局、好奇心には勝てず、レティとマナとアンは日曜日に例の女の子の面会に行く事にした。
天気は晴天。いい感じの風が吹いている。
三人は妄想症の精神病院内の一人部屋の前に立っていた。
雰囲気は普通の病院と変わりはない。ひとり部屋のドアはスライド式だった。
「……この部屋にいるよ……。今回は親から会う許可もらったけどすごく変わり者らしいから無理そうなら話を早く切り上げて逃げた方がいいってさ。」
アンは緊張した面持ちでマナとレティにささやいた。
「逃げた方がいいって……七歳の女の子でしょ……。」
レティは顔色を青くしながら答えた。
「とりあえず来ちゃったし、行こう?」
マナは眼鏡を直しながら気合を入れた。
アンは軽く頷くとスライド式のドアを開けた。
中は普通の和室だった。ただ、人形とぬいぐるみがあちらこちらに散らばっていた。そして三匹のハムスターがそれぞれケージ分けされて飼われていた。
ペットを飼ってもいい部屋のようだ。
その真ん中に黄色のワンピースを着た幼い少女が座っていた。
「……こんにちは。」
少女は三人を見て無表情で挨拶をしてきた。
「……こっ……こんにちは。」
少女の不思議な雰囲気に気おされながら三人は辛うじて挨拶を返した。
「お姉さん達は何をしにきたの?」
「え?お、お話に来たんだよ。」
少女が尋ねてきたのでアンが慌てて答えた。
「……向こうの世界ではね。人形は感情を持って動いているんだよ。人形は元々神々と人間と密接に関わっているから。知ってた?」
少女は手のひらサイズの人形を持ち、三人の前に突き出した。
「向こうの世界って……?」
レティは顔を引きつらせながら少女に尋ねた。レティはこの段階で少女がまともな思考の持ち主ではない事に気がついた。
「ちなみに私が飼っているハムスターは眠っている時、向こうに行くの。よく頼まれるから貸してあげてる。私も向こうに行きたいなあ。でも私は向こうへ行く度胸がない。数字に分解されても死んで向こうへ行っても本当に向こうに行けるかわからないから私は怖くて踏み出せない。このままでもいいかなって思っているの。パパとママもいるし。」
少女は軽くほほ笑むと目の前に置いてあるノートパソコンを撫でた。
レティとアンは目を合わせると首を傾げた。
「ちょっと、アン、何言ってんのかわかんないんだけど……。」
「ワタシだってわかんないよ。やっぱり遊び半分で来るんじゃなかったね。この子……おかしいよ……。」
レティとアンは目の前の少女に怯え始めた。しかし、マナだけはさらに興味を持った。
「ねえ、向こうの世界って何?」
マナがそう尋ねた時、レティとアンがもうこれ以上話しかけるなと目で訴えかけていた。
「この世界の他に世界があるの?」
マナは二人の制止を聞かずにさらに質問を重ねた。
「ふふっ……お姉さん、お姉さんも相当な妄想症だね。ここに入院した方がいいかもね。」
少女は突然ケラケラと笑い出した。
レティとアンはさらに顔色を悪くした。マナも不気味には思っていたが興味の方が勝っていた。
「……そうだね。お姉さんは無邪気そうだね。向こうの世界……行ってみる?」
少女はクスッと笑うとノートパソコンを開き、電源をつけた。
「な、何?電脳世界って事だったの?」
少女がパソコンを立ち上げたのでレティとアンはネットゲームの事かと思い安堵の息を漏らした。
「……たぶん……お姉さん達二人は行けないと思う。向こうに着く前に数字で分解されちゃう。そうなってもいいなら止めない。……向こうの世界は神々や怪現象を信じている人達が住む、神と人間の世界だからそれに適応していないとデータとして弾かれる。弾かれたらデータとして分解されて消えてしまう。お姉さん達の言葉で言うと死ぬ。」
「な、なに言ってるのよ……。パソコンで人が死ぬわけないでしょ。」
少女の言葉にレティが恐る恐るつぶやいた。少女はレティの言葉を聞き、「そうかな?」とあいまいな返事をしてきた。
少女のノートパソコンは電源をつけたにも関わらず真っ暗な画面だった。
「なに?そのパソコン、動作不良?」
アンも顔を引きつらせながら少女に尋ねた。
少女はアンの声を流し、ノートパソコンの画面をマナに向け、まっすぐ見つめた。
「……?」
「眼鏡のお姉さん、もう二度とこちらには戻れないけど向こうへ行きたい?お友達とも別れて親とも別れて……この世界から消える覚悟はある?お姉さんの覚悟が不十分だと向こうへたどり着く前にデータとして処理されちゃうよ。つまり死ぬ。そのリスクはあるけど行きたい?」
少女は無表情でマナに尋ねてきた。マナは戸惑いと困惑が渦巻いていたがもっと話を聞きたいという好奇心の方が勝ってしまった。
「い、行きたい……。」
マナは半分怯えていたが半分は笑っていた。今、自分はすごい顔をしているに違いない。
「マナ!もうやめよう!帰ろ!これ、やばいよ!」
「そうよ。言っちゃ悪いけどこの子、だいぶんクレイジーだわ。」
アンとレティがマナを必死で止めていた。しかしマナは何かにとりつかれたかのように真っ黒い画面のパソコンを見つめていた。
「……やっぱりお姉さん、私よりも重度妄想症だね。そこまでならきっと向こうに行けるよ。私はここから向こうへ行った人を見たことがないけど。」
「……。」
「お姉さん、手をパソコン画面に入れてみて……。」
冷汗と好奇心を背負いマナは手をパソコン画面に近づけた。
「……っ!?」
マナの手がパソコンの中に入り込んだ。そのまま引っ張られるように吸い込まれていく。
「なっ……なにこれ!抜けない!うそ?え!」
マナは突然の事に驚き、声を張り上げた。
「お姉さん……ちゃんと自己を保っていないと向こうへ着けないよ。消滅したいのならそのままでいいけど。もう手を入れてしまったら後戻りはできない。手が分解されてなくなってもいいならこちらに戻してあげるけど。」
少女は戸惑っているマナに笑いかけた。
「マナ……ど、どうなってんのよ!」
レティとアンは身を寄せ合って震えていた。マナはもう体の半分が吸い込まれている。もう残りは左手と顔だけだ。
「き、君は……なんなの?」
最後のマナの言葉に少女はほほ笑むと答えた。
「私はケイ。向こうだとK。人々の心の具現化でできたシステムの内の一つ。」
「け……K……。」
少女の謎の言葉を残し、マナは黒い画面に吸い込まれていった。
「ま……マナ……。あんた、何をしたのよ……。」
「なにこれ?なんなの?マナはどこ?」
レティとアンは少女を怯えた目で見つめた。
「……大丈夫。時期にあのお姉さんの事は忘れるよ。向こうに行っても、途中で分解されて消滅してもこの世界には何も残らないから。」
少女はパソコン画面を閉じると出てきたハムスターにおやつをあげ始めた。
「マナは!マナはどこに行ったのよ!」
「マナー!」
レティとアンが叫んだ直後、何かが切れる音がした。一瞬だけ世界が止まり電子数字が辺り一帯に流れた。その電子数字がまた新しい数字を示し、消えた。
「……あ、あれ?今……この子の面会に来て何話してたっけ?」
「少し話に来ただけだよね?もうそろそろ帰ろっか?あ、ごめんね。私達そろそろ帰るわ。」
レティとアンはお互いに顔を見合わせて首を傾げた。
「……うん。またお話しようね。今日はわざわざありがとう。お姉さん達。」
少女は納得のいっていない二人に笑顔を向けた。
レティとアンは何かを忘れているような思いにかられながら少女に手を振り去って行った。
……こちらのプログラムが変わった。あの二人はさっきまでいた眼鏡のお姉さんの存在を知らない……。もう存在も証明できない。あのお姉さんは無事に向こうへ着けただろうか。それとも消えてしまったのか……。
……それも私は知らない。




