明かし時…最終話リグレット・エンド・ヒストリー15
刹那、ナオの頭に一つの歴史が流れた。
血にまみれた栄次が桜が舞う泉のような所で苦しそうに喘いでいた。その栄次の目の前には無機質な表情をしているトケイがいた。
ぼろ雑巾のようになっている栄次を感情のない瞳でトケイが蹂躙していた。栄次の体からは血が飛び散り、もう立ち上がる余力さえなさそうだった。
……ああ、俺はこういう死に方をするのか……。
栄次の心の声が聞こえる。
栄次は次第に暗くなっていく視界を受け入れながらそっと目を閉じだ。
「……!」
刹那、一瞬だけ栄次は同じ時神であるアヤと未来神プラズマを脳裏に思い浮かべた。
……そうだ……。俺が死んだら、俺と同じ境遇にいる彼らはどうなるのだ……?
……今もきっと……迷惑をかけている。俺が勝手な行動をしているがために彼らに迷惑をかけている……。
……俺は勝手に死んではいけない。この思いは……忘れてはいけない気がするのだ。
……誰かが……言っていたような……。
記憶はそこまでだった。
「……?」
ナオは今の一瞬の記憶がなんだったのかしばらく考えていた。
「あなたには見えたのか。」
不思議そうにしているナオにセカイが小さく尋ねた。
「栄次が血まみれで……トケイさんに壊されている?」
「そう。あれはこことは反転している世界、壱で少し前に起こった事件。過去神が精神的に壊れ、狂った時神を壊すシステムであったトケイに破壊されている歴史だ。壱の世界の方では過去神がその後、時神のために生きると誓い、時神達と力を合わせてトケイを改変した。……壱の世界の過去神がああやって立ち上がれたのはもしかするとあなたのおかげかもしれない。」
セカイは一瞬だけ柔らかなほほ笑みをナオに向けた。
「……よくわかりませんが……そうだといいですね。」
ナオはこの件について深く見ないようにしようと決めた。これは壱の世界で解決した事例であって陸の世界では関係がないからだ。
関係がないとは思ったが陸の世界のナオが言った言葉を壱の世界の栄次が忘れずに覚えていてくれた事にやはり世界はつながっているのだと感じた。
「だが……トケイが改変された今、陸の世界では少し歴史が変わるかもしれない。今も霊史直神のエラーによって筋は同じだが細やかな歴史が壱とは変わってしまった。」
セカイは別段、何か感情があって言ったわけではないようだ。ただ、事が速やかに済むように世界を案じているだけだった。
「あ、あの……僕を置いてけぼりにしないでよ……。」
ふと聞いた事のない男の子の声が小さくナオ達の耳に入った。
「誰だよ!」
ムスビが突然の声に怯えながら尋ねた。声はオレンジ色の髪の少年、トケイから発せられるものであった。
「トケイさん!?」
ナオ達は驚いてわずかに身を引いた。表情は無表情だがトケイの目には光が灯り、言葉には感情がこもっている。
「改変が終わったのか?」
栄次はセカイに目を向けた。セカイは小さく頷いた。
「感情ができたのですか……?」
「感情?何の事?あれ?僕はいままで何をしていたの?何にも思い出せないんだけど。」
ナオの言葉にトケイは不思議そうに声を上げた。
「……あなたはこれから時神として生まれ変わったのです。この弐の世界を守る時神として。」
「時神?……んっ!?」
ナオが咄嗟に説明した内容はトケイにはほぼわかっていなかった。しかし、トケイの目に電子数字が沢山流れた刹那、トケイは落ち着いた声に戻った。
「ああ、僕はここの時間を守ればいいんだね。了解。」
「……今のでわかったのですか?」
ナオが慌てて尋ねたがトケイは首を傾げていた。
「わかったって何が?」
「え?先程私が言った……。」
「霊史直神。」
ナオの様子を見たセカイがナオの肩に飛び乗るとそっと耳元でささやいた。
「霊史直神、先程、電子数字が流れただろう?あれはデータ。あのデータにすべてのものが含まれている。彼はこの世界に順応し、役目を当たり前だとして存在することになる。」
「……え?それでは……『わかる、わからないではなくてもうそれが当たり前になった』という事ですか?」
ナオの質問にセカイは大きく頷いた。
「それから、改変に伴い、つじつま合わせのために時神現代神はこの事を夢として処理し、現在は陸の世界の自室で眠っているよう。日穀信智神も陸の世界へ帰り、神社で眠っている。そしてこの世界の主が元の世界へ戻ったのでこの世界は後々に消える。今のうちにこの世界から出る事をおすすめする。あなた達を弐の世界でさまよわせるわけにはいかない故、約束通りKの内の一人の元へ案内しよう。」
セカイが静かに言い放った刹那、アヤの世界は波にさらわれる砂のように徐々に消えていった。
「ちょっ……いきなりかよ!ナオさん!本当に世界が消えてる!」
ムスビが崩れ去る世界を見つめながら慌てた声を上げた。
「……ムスビ、落ち着いてください。……セカイさん、アヤさんとミノさんは大丈夫なのですね?」
ムスビをなだめたナオは世界の崩壊を眺めているセカイに早口で尋ねた。
「問題ない。これはいつもの事。眠っている時は魂という名のエネルギー、ダークマターが自由になるのでこちらの世界、弐に来る。目が覚めると魂という名のエネルギーは肉体から発せられるタンパク質を元としたエネルギーに引っ張られ、元の持ち主に帰る。イメージは分子、電子の移動に似ている。
人間には魂というエネルギー体が入る分子量がそれぞれ個々で違うようで、それぞれの魂はそれを目安に元の体に帰るという。まれに違う者の魂が戻る個体を間違えて別の体に入り、エラーが出てしまう人間もいるが、基本的にはそういう仕組み。
余談だが死ぬと肉体内にあるエネルギーが放出され魂はこちらの世界、弐に留まる。魂という名のエネルギーを引っ張る肉体がもうない故、魂は向こうの世界へは行けないのでここに留まるというシステムである。ちなみに年を取ると肉体は劣化をはじめ、魂を肉体が引っ張りにくくなり、記憶がちぐはぐになったりなどの症状が出る。」
「なるほど……。認知症のことですか」
「ナオさん!そんなことはいいから俺達どうするの?」
セカイの長い説明に納得していたナオはムスビの言葉で我に返った。世界はもう立っていられる場所もなくなってきた。青空はガラスが割れるようになくなっていき、空から宇宙空間が覗いている。
「セカイさん、ではすぐに私達をKの元へ。」
「おい、ナオ、その前にトケイとかいう少年はどうするのだ?」
栄次がナオに目配せをしながら尋ねていた。トケイはただこちらをぼうっと眺めていた。
「トケイさんは……。」
「ああ、僕は平気だよ。空、飛べるから。あんまり状況はよくわからないけど、アヤによろしく言っといてね。」
トケイはすぐさま、返答すると腿についていたウィングを広げた。
「……本当に……こばるとさんのようですね。」
「こばるとって誰?」
「ああ、いいのです。なんでもありません。」
トケイが首を傾げたのでナオはあえて教えなかった。
「そう?じゃあ、僕はもう行くけど。」
トケイはあっさりとナオ達に言った。
「ええ。また会えましたら会いましょう。」
ナオもとりあえずドライに会話をした。
「うん。じゃあね?」
トケイはナオ達の事がよくわからないまま、ウィングで空を飛び、この世界からいなくなった。
「知らなくて良い事があの子にはたくさんあります。彼が私達やアヤさんに気がついたら……彼が自ら知りたいと願ったらすべてをお話しましょう。」
「その判断でいいんだな?」
栄次がナオをまっすぐ見ていた。ナオは栄次に力強く頷いた。
「ナオさん!それよりも!」
ムスビは辺りを見回しながら消えていく世界に怯えて叫んでいた。
「わかりました。ムスビ、落ち着いてください。……セカイさん。よろしくお願いします。」
ナオは再びムスビをなだめると今度こそセカイに頼んだ。
「わかった。ではいっきに運べるKの使いハムスターを呼ぶ。しろきち。」
セカイは先程、ナオ達を突き飛ばして逃げていったしろきちを再び呼び戻した。
「うう……なんですか……?」
しろきちはすぐに現れた。顔に若干怯えが浮かんでいる。
「あー!お前、さっきはよくも突き飛ばしたな!」
「ムスビ、話が終わりません。」
ムスビが飛びかかる勢いだったのでナオは再びムスビを大人しくさせた。
ムスビの反応にしろきちはビクッと肩を震わせた。
「ももももう……なんですかぁ……?呼んだときにいてくれればいいって言ってたじゃないですかぁ……。」
「確かに言いました。ですのでそれはもういいです。それよりも私達をKの元へ連れて行ってください。」
涙目のしろきちに単刀直入でナオは言い放った。
「わ、わかりましたよ。」
しろきちは怯えながら先程と同じように腕を振り上げた。
「これで……やっとKに会えます。」
ナオは崩れゆく世界から覗く宇宙空間を満足げに見上げていた。




