明かし時…最終話リグレット・エンド・ヒストリー12
「ムスビ、栄次……私はこれからアヤさんの心の深部へと行くつもりです。アヤさんにトケイさんの事を話してからすべてを決めます。」
ナオは栄次とムスビをまっすぐ見据えながらはっきりと言葉にした。
「アヤに相談しに行くのか?」
「はい。私ひとりでは決めかねます。これから私は深部へ入る努力をしてみようかと思います。栄次とムスビは少しここでお待ちください。」
栄次の質問にナオは小さく頷いた。
「ナオさん、ひとりで大丈夫なの?」
ムスビが心配そうな顔でナオを見ていた。ナオはムスビにも力強く頷くと地面に目を落とした。ナオの足元にはセカイが様子を窺っていた。
「セカイさん。私はアヤさんの心の深部に行きます。」
「そう簡単にはいかないが……。現代神との共通なものはあるのか?」
セカイは感情の動きを眺めながら無機質に尋ねてきた。
「……ええ。誰かを想う気持ちです。」
「あなたにはもうその気持ちはない。」
「……いいえ。あります。私の奥底に……。」
ナオの言葉にセカイはしばらくナオの目を覗き込んでいた。しばらくするとセカイは何か見えたのか小さく頷くと「強く念じること。それから……現代神の心と自分を繋げること。」とつぶやいた。
ナオは栄次とムスビが見守る中、静かに目を閉じた。
「アヤさん……私に気がついてください……。」
ナオが小さくつぶやいた刹那、ナオの体が白い光に包まれその場から忽然と消えた。
*****
気がつくと時神アヤは柔らかな風が吹く草原の真ん中に立っていた。
「あれ……?私……。」
アヤは辺りを見回した。空は抜けるような青空でとても心地よく、ここから出て行きたくなくなるような気がした。
「おい、アヤ。なに辛気臭い顔してんだよ。」
ふと聞こえたミノさんの声にアヤはハッと我に返った。
「……?ミノ?なんでここに?」
「知らねぇよ。おたくがここに呼んだんだろうが。」
「よ、呼んでないわよ。」
「いや、呼んだ。」
「呼んでない。」
「呼んだ!」
アヤとミノさんの押し問答がしばらく続いたがアヤが諦めたので会話が終わった。
「私は覚えていないのだけれど……ミノ……私が呼んだかもしれないって事は……私はあなたを必要としていたのね……。」
「あ?え?ああ……あ、いや……お、おう。」
急にしおらしくなったアヤにミノさんは動揺しながら辛うじて声を上げた。
「そういえば……あの赤髪の歴史神ナオが……何か私に叫んでいたような……。なんだかふわふわしてよく思い出せない……。」
アヤは頭を抱え、ナオを思い出そうとした。
その時、突然にナオの顔が浮かんだ。ナオの顔は酷く歪み、目に涙を浮かべながら叫んでいた。
……思い出した……。
……ひとりと全体……世界はつながりがあるようでありません。個神は個神なのですよ!世界の事など関係ありません。それぞれの個体が集まって世界ができるのです。
……あなたはあなたを大切に想っている者達を守りなさい。それが今の世界を変える手助けになるのだと思いなさい。
……世界を壊すのはそんなに簡単な事ではありません。他の者達もそれぞれ想いを持っています。今の世界を楽しく生きている者もいます。
……私の判断で壊してはいけないものもある……。ナオは一体何をしてしまったのかしら……。
……ミノに逢いたい……。
「はっ!」
アヤはふと我に返った。
……私……ミノに逢いたがっていたじゃない!彼の想いの深さを知ってしまったから……。
「あ、あの……ねえ、ミノ……。」
アヤはなんとなく口を開いた。
「あ?なんだ?さっきからぼーっとして大丈夫かよ。」
一応心配しているらしいミノさんの声を聞き、アヤは自分の中から何か熱いものがこみあげてくるのを感じた。
「ねえ……あなたはこの世界……好き?いままで生きてきた日常を壊したくない?」
「あ?そりゃあな。俺は平和が一番だと思うからな。今が一番平和なんじゃねぇか?なあ?平和ってよ、当たり前の生活が当たり前にできる事なんじゃねぇかなって最近思うわけよ。」
「そう……。」
きょとんとしているミノさんにアヤは小さくつぶやいた。アヤの瞳からは涙がつたい、感情が抑えられなくなってしまったのかアヤはミノさんに抱きついた。
「うおっ?なんだ?なんだ?」
ミノさんは真っ赤になって戸惑っていたが少し時間が経った後にアヤを優しく抱きしめていた。
「どうしたんだ?」
「ミノ……私……なんか……泣きたくて……。」
嗚咽交じりに小さく口を動かしているアヤにミノさんはいつもの笑顔を見せると
「泣きたいときゃあ泣きゃあいいさ。どうせくだらねぇこと考えてんだろ。」
とそっけなく見えるように吐いた。
しばらく泣いたアヤはどこかすっきりした顔でミノさんから離れた。
「もう大丈夫なのかよ?」
「……うん。ありがとう。……あのナオって歴史神の言う事を信じてみる事にしたの。
よく考えたら私自身は酷い目にあっているわけではなかった。むしろ……幸せだったのかもしれない。あなたに会えたことで……。」
自分の世界の深部なのでアヤは心の底から本心を言っていた。
「お、おう!わ、わかった!もうわかったからそれ以上言うな!恥ずかしくて死んじまう!」
ミノさんは真っ赤になりなりながらアヤの言葉を途中で遮った。
「ミノさんは意外にウブなのですね……。」
ふと女の声が聞こえ、アヤとミノさんは目を丸くしながら振り返った。
目の前には軽くほほ笑んでいるナオが立っていた。
「おっ……おたくは!なんで俺を置いて行ったんだよ!ていうか、どこ行ってたんだよ!」
ミノさんはナオを見て必死な顔で叫んだ。
「私達はアヤさんの心の上辺にしか行けず、あなたを置いて行ったわけではございません。あなたはアヤさんに呼ばれて心の深部へとひとり、入り込めたのです。アヤさんとの信頼関係がなければできません。私がここに入れたのもかなり苦労したのですよ。」
「あ、だからさっきからあなたの事ばかり頭に出て来てたのね。」
アヤが冷静を取り戻して答えた。
「はい。あなたが私の事を思い出せるようにずっと念じていましたから。」
ナオは一つ息をつくとアヤとミノさんが何か言う前に本題へと入った。
「それで……あなたに言わなければならない事があります……。相談したいことも。」
「相談したい事?」
ナオの思いつめた言葉にアヤはきょとんとした顔で首を傾げた。




