明かし時…最終話リグレット・エンド・ヒストリー11
「私が以前あなたの事を考えずにただ目的と存続のためにこばるとさんを太陽神にする発言をしました。この件も非常に軽率な判断でした……。」
ナオはアヤと初めて会った時の事を思い出しながら涙ながらに言葉を発した。
「……あなたはこばると君を救ってくれたんじゃないの。完全に消えてしまう所を救ってくれたんじゃないの。悪いのは時神の仕組みよ。……でも変える事はできないの!Kは話はできるけどただのシステムだった……。その上にいる者は存在すらなかった!世界はただの数字の塊だったのよ……。それを見て……もうどうでもよくなっちゃったの。この世界を全部壊して再起不能にしてやれば私も消えるし、皆消える。世界はなくなるんじゃないかしら?そうすれば恨む恨まないとか感情とかそういうのが全部なくなるでしょ。世界なんて存在しなければいいのよ。」
アヤは本心かどうかわからないが吐き捨てるように言い放った。
「アヤさん……き、聞いてください!と……時神の……システムを変えたのは……。」
ナオは自身の声が異様に小さいことに気がついた。真実を伝える事がこんなにもつらい事であったなんてナオは気がつきもしなかった。
……自分だ……。
その言葉が鉛のように重く、最後は声にならなかった。
「アヤさん……ひっ……時神のシステムを変えたのは……うう……。」
ナオは泣きじゃくりながら必死に言葉を紡ごうとするが最後の言葉だけが言えない。
……自分……だ……。
言わなければ……。
「あっ……アヤさん……時神のっ……システムを……かっ……変えたのは……」
ナオがもう一度、嗚咽交じりに口を開いた時、栄次がせつなげな表情でこちらを見ていた。
「もう言わなくていい。それはアヤの気持ちとは関係ない歴史だ。それを言ったとてアヤの気持ちが晴れるわけではないだろう。」
「……栄次っ……やはりあなたは……。」
ナオは涙で濡れた瞳で栄次を仰いだ。栄次の瞳はまっすぐにナオを射抜いていた。
「ある程度はわかった。過去見で見えてしまった。……お前だけのせいではない。俺も黙認したようだからな。」
栄次は遠くを見るような目でナオの瞳の中を見据えていた。
「やはり……そうでしたか……。」
ナオがうなだれた時、ナオの後ろから突然腕が入ってきた。
「ナオさん……。泣かないで……。俺はよくわかんないんだけど……ナオさんが泣いていると胸が締め付けられるんだ。」
背後からムスビがナオを抱きしめていた。声を震わせ、不安げにムスビはナオに体を寄せた。
「ムスビ……。」
ムスビはナオの肩に手を置いていた。ナオはその手の上に自分の手を重ねた。
「俺にはなんにも見えなかったけど……俺はナオさんに泣いてほしくないんだ。」
「……ありがとうございます。ムスビ。もう……大丈夫です。」
ナオはムスビのやさしさに触れ、アヤが想いを寄せているだろうミノさんの事を考えた。
「ナオさん?」
ナオはムスビの手をそっと肩からはずした。
……私は以前のムスビとの感情を何一つ覚えていませんが……アヤさんのミノさんを想う気持ちはまだ失っていません……。
「アヤさん!ミノさんはどうでもよいのですか?」
ナオは想いを込めながらアヤに尋ねた。アヤはぴくんと体を震わせて止まった。
「……っ。」
「どうでもいいわけがないですよね?あなたはミノさんの事が……。」
ナオがそこまで言った時、アヤの顔が真っ赤に染まった。先程からトケイは糸が切れたように止まっていた。
「あなたにっ……そんな事……関係ないでしょ……。」
アヤは戸惑いながらナオに目を向けた。
「関係あります!あなたがこのまま世界を壊してしまいましたら……あなたは後に後悔するでしょう。人に近いあなたがこんな気持ちに耐えられるはずがないのです!神である私ですらこんなもの悲しい気持ちになるのですから!この気持ち……相手を想う気持ちは大切です。神々の信仰心もこの感情で主にできているようなものではないですか!あなたはこの尊い感情を失くしてはいけないのです!恥ずべき感情でもない!」
ナオは感情的に泣きながら叫んだ。涙は止まる事はなかった。おそらくもう知らない昔のナオの形のない感情が溢れてきているのだろうか。
「うう……。でも……私は……。」
アヤはナオの言葉に戸惑い、目に涙を浮かべた。
「ミノさんをよく思い出しておそらくあなたの心の奥底にいるであろう彼に会いに行きなさい。ひとりと全体……世界はつながりがあるようでありません。個神は個神なのですよ!世界の事など関係ありません。それぞれの個体が集まって世界ができるのです。
あなたはあなたを大切に想っている者達を守りなさい。それが今の世界を変える手助けになるのだと思いなさい。世界を壊すのはそんなに簡単な事ではありません。他の者達もそれぞれ想いを持っています。今の世界を楽しく生きている者もいます。あなたがその者達をすべて説得したのであれば世界を壊してもよいでしょう。しかし、あなたの感情だけで動くのは色々とお門違いです。わかりますか?」
世界を変える力を持つ歴史神ナオの……世界を変えてしまった歴史神ナオの悲痛の叫びをアヤは震えながら聞いていた。
もちろん、アヤはナオが何をしてしまったかは知らない。だが、その言葉に鉛のような重さがあった。
アヤは的を突かれて反撃の言葉もなかった。
苦しくて悲しかった。アヤはミノさんに会いたいと強く思った。締め付けられる心の抜け道がほしくなった。
「ミノに……逢いたい……。」
アヤは小さくそうつぶやいた。
ナオは大きく頷いて「逢いに行きなさい。」とアヤの背中を押した。
刹那、アヤはその場から跡形もなく消えた。おそらく心の深部、ミノさんがいる場所へと行ったのだろう。
「……これで良かったのですよね……。」
ナオはアヤが消えてしまった部分を茫然と見つめていた。
「説得ができたようだ。あの子の感情はまだ子供に近い。あなたのおかげで改変をせずに済んだ。感謝する。」
ふと足元から声が聞こえた。草むらからセカイがこちらを見上げていた。
「セカイさん……。あと……トケイ……さんの方は……。」
ナオはトケイの方に目を向けた。トケイは動くのを止めており、まるで停止した機械のように微動だにしない。
「彼は時神現代神が作った想像上のシステム。元現代神、立花こばるとをイメージしているよう。時神現代神アヤはこの弐の世界内で時神を壊すシステムを想像していた。故に彼は時神を壊すシステムだった。しかし、それがまた想像によって世界を壊すシステムに変わったようだ。今の時神現代神アヤの心がそちらの方向へ動くのをやめたため、彼は目的を失い止まっている。」
セカイは丁寧に質問に答えた。
「そういう事なのですか……。彼にも生命があります……。なんとかならないのでしょうか?」
ナオは糸の切れた操り人形のようなトケイを悲しげに見つめた。
「……わからないが……何とかすることはできる。」
「どうすればよいのですか?」
「彼に役割を与える事。壱の世界の弐では彼は弐の世界の時を守る時神だった。弐の世界では誰かのイメージでその者の外見ががらりと変わる。不確定だが一応安定はする。彼に意思を与えるという事。」
セカイは再び無機質に語った。
ナオは迷った。トケイをなんとかしてあげたいがこれは非常に重たい選択だ。
いままでの猪突猛進なナオとは違い、弱々しい瞳で後ろに立っていた栄次とムスビを振り返った。
「ナオ……どうするのかは俺達が決める事ではない。トケイを生んだアヤが何とかする事だろう。お前が責任を背負えないというのならば何もしない方がいい。」
栄次は迷っているナオにはっきりとそう伝えた。
「ナオさん、俺はナオさんがどういう選択をしてもついて行くよ。俺はナオさんが好きに動いたらいいと思う。無責任かもしれないけど。」
ムスビはほぼ即答でそう言った。栄次とムスビはお互いに全く逆の発言をしていた。
歴史内のシステムを変えることができるナオは再び重い選択を迫られることになった。
……アヤさんが対処するのを待つか……今彼の歴史を変えてしまうか……。
「……。」
ナオはしばらく悩んだ末、一つの選択をした。
その選択は考えている選択肢とは違う選択だった。
……その当時のよりよい方法がよくわからないときは関わっている者に意見を聞いた方がいい。アヤさんにトケイさんの事を話そう。そしてどうするべきか私達で話し合う……おそらくこれが最適……なはず。
ナオはアヤの心の深部へと入り込むことを決意した。




