明かし時…最終話リグレット・エンド・ヒストリー6
気がつくとナオは荒野のど真ん中に立っていた。辺りの草は焼け焦げ木造の民家の燃えかすがあちらこちらに落ちている。戦が起こったのか、大規模な火事が起こったのかはわからないがここは日本であるという事だけはわかった。近くではモンペを来た幼女がうずくまって泣いている。
「お母ちゃん……お母ちゃん!」
幼女は泣きながら黒いものに話しかけていた。その黒いものが人間であったことはナオにはすぐにわかった。思わず目をそらしてしまった。しかし、映像は頭の中に入り込んで来る。
「あ、あれは私だね。」
ふとナオの後ろから落ち着いた女の子の声が聞こえた。ナオが驚いて振り返ると目の前にツインテールでモンペ姿の幼女が立っていた。
この女の子は映像の女の子と同じ女の子のようだが映像ではないようだ。
「あなた……どうやってこの映像に入り込んだのですか?」
ナオは不気味に思いつつ、尋ねた。女の子はさばさばとした声で軽く笑うと
「私は平和を願ったKの内の一人だよ。もうデータだもん。入るのは容易いさ。」
と言い放った。
「K!?」
「……の内の一人ね。」
「これは一体何の記憶なのですか?」
ナオは動揺を見せたが冷静に尋ねようと息を深く吐いた。
「私達、Kの一部の記憶だよ。あんたが以前会ったKの記憶さ。」
「……?」
少女の言葉にナオが首を傾げていると映像ががらりと変わった。
今度は同じツインテールの少女だが目の前に立っている少女とは違う少女だった。場所は曖昧でよくわからない。
少女は
「世界が平和に動きますように……。」
と祈っているようだった。
「ああ、あの子はその内また会えると思うよ。」
先程のモンペ姿の少女が無邪気に笑い、ナオにそう伝えた。
「……私と以前会っている……ですか……。」
ナオは茫然と動いていく映像を見ていた。
映像が次に切り替わった。
今度はナオが目の前にいた。場所は白くてよくわからない。ただ、記憶内のナオの前にはこばるとがいた。
「……こばると……さん?元時神現代神……。」
ナオが首を傾げているとすぐに記憶内に栄次が現れた。突然現れたのでナオは記憶内であることを忘れ叫んでしまった。
「栄次!どうしてここに……。」
「歴史神さん、ここは歴史の中だよ?さっき、あんたが巻物開いたじゃないか。」
モンペ姿の少女に言われ、ナオは我に返り心を落ち着かせた。
「私……栄次に以前会っているのですか?」
「そうだよ。」
ナオの不安げな顔を見つつ、Kの少女はにこりと笑って頷いた。
歴史内の栄次はナオに深刻そうに話しかけていた。
「本当にいいのか?辛い選択だぞ。」
栄次は歴史内のナオにそう言っているようだ。
「仕方がありません。時神現代神は今を生きているアヤさんがふさわしいです。世界を改変するにあたってはこばるとさんでは不十分です。こばるとさんは以前から存在しており、戦争を体験しています。戦争は過去の事です。未来を作るには戦争の歴史は時神過去神であるあなたが請け負うのが正しい。あなたが忘れてはいけない記憶として存在しているかぎり人々は悲惨な戦争はもうしないでしょう。」
歴史内のナオは静かにそう言い放っていた。
「それではそのこばるととやらは使い捨てか。」
「……使い捨てにはしたくはありませんが……こればかりは仕方ありません。今現在、アヤという名前になっているあの少女は『時神のバックアップとして存在していることを知らず』に人間として古くから転生を続けている方ですから世界改変時に時神現代神になるのは一番今の現代に近づくのではないでしょうか。深い事は言いませんが……私が時神の歴史を少しいじりますからあなた達はその通りに動いていただければそれでよいです。」
ナオの言葉に栄次は沈んだ顔をしていた。いままで時神として生きていたこばるとに残酷な言葉をかけてやらなければならないのは栄次としてもとても辛かったようだ。
「具体的には……?」
「時神に転生システムを設けます。あなた達にそれを信じて疑わなくなる記憶を植え付けます。時神は昔から神力の強い時神が現れると元いた時神は衰退し消滅する……。こばるとさんは力の強いアヤさんに負けて力を失う衰退の一途をたどる。そしてバックアップとして生きていた個体……アヤさんを時神現代神として迎え入れる。いままで彼女は転生を繰り返していますから過去の記憶を何も持っていません。性格もバラバラです。転生しているため名前も育ちも時代ごとに彼女は違いますから今の現実にも溶け込みやすいでしょう。記憶がないのをうまく利用するのです。」
ナオの説明に栄次はさらに顔を曇らせた。
「……お前には……心がないのか……。」
栄次は静かにつぶやいた。
「心……とは?心はあります。」
「違う……。こんな計画はこばるとを追い詰める。俺は協力したくない。アヤもかわいそうだ。」
「……どちらにしろ……世界改変で私達は記憶もなく新規に再建されるのですから結局のところ良いではありませんか。」
「……っ!」
ナオの発言に栄次は怒りをあらわにしたが何もしなかった。
……どうせ世界は改変され私達は記憶を失うのだから……私が恨まれることはない。
映像のナオの心の声がナオの耳に届いた。ナオは震えていた。
自分が以前、こんな考えを持って動いていたのかとまるで自分ではないように感じた。
……恨まれることはない……。
ナオは以前の自分が考えていた言葉を反芻した。
「確かに恨まれることはないね。だけどさ、あ、その後の記憶は見るの?」
ふとモンペ姿の少女が声をかけてきた。ナオはハッと我に返ると怯えた表情で少女を見た。
「恨まれることはないけどあんたがしたことは残る。ここまででやめるのがいいと思うけどね。」
モンペ少女は先程のセカイ同様に選択肢を与えてきた。
……恨まれることはないけどあんたがしたことは残る……。
ナオは少女の言葉も反芻した。茫然としており、何も頭に入ってこない。
自分の奥底で知らない自分がいる事に気がついた。その自分は紛れもなく自分であり、自分のした残酷な行いを否定したがっていた。
「あんたが時神にシステムを与えた張本人だよ。陸の世界ではまあ、なんとなくまとまったけど壱の世界ではそうはいかなかった。見る?壱の世界のあんたもまったく同じことをしたんだけどね。向こうのあんたは何も知らずに普通に存在しているよ。こちらの世界のあんたは過去を知ろうとしてしまったからここにいるけどね。」
モンペ少女は自失しているナオに静かに尋ねた。
ナオは震える体を抑えながら首を横に振った。
「見なくていいの?」
少女に問われたがナオは首を横に振る以外にできなかった。
なんとなく壱の世界の時神達がどうなったのかはわかっていた。こばるとが存在を残すために大きな禁忌を犯し、栄次と未来神プラズマを巻き込み人間達の歴史の改変をしてしまい、そして……ナオが世界改変と同時に作った偽りの歴史によりこばるとはロスト・クロッカーとして処理された。アヤがこばるとをやむを得なく殺し、その後、酷く傷つき時神のシステムを呪った。
「……全部……私のせい……。」
「そう気に病むことはないよ。以前のあんたの事だし、もう終わった事は仕方ないし。他に何か選択があったのかって言ったらキリがないしね。」
モンペ少女は先程からナオの行いについて肯定も否定もしていない。客観的にすべてを見ているような気がした。
「でも時神現代神の交代とそれのための偽の歴史は良い選択だったとは思えません。私はどうせ記憶を失うから何をしてもいいと考えていたようです……。私は……。」
「だから知らない方が良かったんじゃないのって言ったんだけどね。」
「私はそれからどうなったのですか……。」
ナオはその場に崩れ落ち、頭を抱えながら少女に尋ねた。
「見たいんだね……。いいよ。」
モンペ少女はうなだれているナオの頭に手を置くと暦結神の巻物を取り出した。
「……それは……ムスビの……。」
「そう。これですべて見れるよ。」
少女は優しくほほ笑むと巻物を宙に放った。
また目の前が白く染まった。




