明かし時…最終話リグレット・エンド・ヒストリー1
図書館を出たナオ達は霧深い道を歩いていた。木は生えているが真っ白な霧のせいでほぼ見えない。はじめは足元が見えていたがそのうち見えなくなった。ナオは足を止めることなく前だけを向いて歩いた。
どこから道がなくなるかもわからない。突然崖になっているかもしれない。
それでもナオは関係なしに歩いた。
「な、ナオさん……。」
ふとムスビの手がナオの肩に触れた。ナオはムスビをちらりと見た。
「どうしました?ムスビ。」
「ここから先はなんだかヤバい気がするんだけど。」
ムスビは何かを感じていたようだった。怯えた顔でナオを見ていた。
「……そろそろ、弐の世界への入り口なのでしょうか?」
ナオが隣にいた侍、過去神栄次にも目を向ける。
「……確かにまずい気配は漂っている。人間でも神でもここから先は異様な不安を覚えるだろう。そして間違いなく引き返す。」
一番人間に近い栄次は落ち着いているようだが内心は警戒していた。
「……そうですか。私はなぜだか悲しいような懐かしいような気がするのですよ。」
ナオは不思議と導かれているような気がした。
ムスビの制止は意味もなく、ナオはどんどん中へと進んだ。そのうち、歩いているのかすらもわからなくなってきた。
辺りは真っ白で地面もない。地に足がついている感じがしなかった。
「な、ナオさん!ほ、本当に足がついてない!」
「え?」
ムスビが再び上げた声にナオは慌てて自分の足元を見た。気がつくと辺りは宇宙空間のようになっており、足下にはネガフィルムのように様々な世界がまじりあっていた。ロボットが徘徊する近未来な世界の横で魔法のファンタジー世界もある。これは一つ一つが人間や夢を見る動物の世界である。眠っている人間が行く魂の世界。個人個人の心の世界だ。
「こ、ここが弐の世界……。」
ナオがそうつぶやいたのも束の間で三人に突然重力がかかり、ネガフィルムの方へと落下を始めた。
「……まずいよ。弐の世界で個人の世界に落ちると出られなくなるそうだぜ。」
ムスビが真っ青になりながらナオと涼しげな顔をしている栄次を見つめた。
「いきなりですが……この本を使いますか。」
ナオはため息交じりに懐から先程天記神からもらった本を取り出した。
向こうの世界の時神アヤが書いたとされる弐の世界に住む時神の書籍。
「役にたってください。」
ナオは願う気持ちで書籍を開いた。中の内容は文字化けしていて読めなかったが本は光を発して反応した。その光は近くにいた栄次に向かい、やがてまばゆく辺りを包んだ。
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気がつくと白い花畑の真ん中に立っていた。
「……?」
ナオ、ムスビ、栄次は突然の事に瞬きをしながらゆっくりと辺りを確認した。
「ここは……。」
白い花は柔らかな風に触れ、優しく揺れていた。
空はぬけるような青空で青々とした森林が白い花畑を囲うように生えていた。
「ここが弐の世界の時神の世界なのかい?」
ムスビが先程と変わらぬ青い顔でナオを見据えた。
「……おそらくそうでしょう。私もよくわかりませんが……。時神の本が反応してわざわざ誰か個人の世界へと飛ばされるなんてことは考えにくいと思います。」
ナオは唸りながらさらに辺りを見回す。
注意深く見ているとナオ達がいる場所よりも少し離れた所に日本家屋が一軒建っているのが見えた。
「ムスビ、栄次……家屋があります。」
ナオはムスビと栄次を小さな声で呼び、家屋を指差した。
「……こ……ここはっ……俺の世界……か?」
栄次が家屋に目を向けた刹那、驚いたように声を上げた。
「栄次?え?ここ……栄次の世界なの?」
ムスビが栄次よりもさらに目を見開き、訝しげに栄次を仰いだ。
「……いや……わからん。だが……咄嗟にそうだと今思った……。理由はわからん。」
「なんだそれ?」
栄次の曖昧な反応にムスビはさらに首を傾げた。
「……あの家……誰も人が住んでいないように思います。」
ナオはもうすでに家屋の近くまで行っており、中を窺ったりしていた。
「ナオさん!勝手な事したら住人に怒られるんじゃない?」
ムスビも慌ててナオを追うように家屋付近までやってきた。
その後を戸惑うように栄次が続く。
「ムスビ、栄次、この家屋、人も神も住んでおりません。」
ナオの言葉にムスビと栄次は目を細めた。
「弐の世界の時神とやらもいないのか?」
栄次も軽く気配を探してみたが何かが存在している雰囲気はあるものの気配は全くわからなかった。
三神が首を傾げていた時、地面からふと女の子の声が聞こえた。
「……あなた達は陸の世界の神々?」
「……っ!?」
突然の声にナオとムスビは飛ぶように驚き、栄次は刀の柄に手を置いた。
「ここは壱の世界の方の弐の世界。あなた達が来るところではない。」
声は白い花畑の一点から聞こえてきていた。
ナオ達は驚きつつも恐る恐る白い花の間を覗いた。
「……え?か、かわいい……。」
即座にムスビが反応した。白い花達の間から手のひらサイズの身長しかない魔女帽子を被った小さな少女が無表情でこちらを見上げていた。
「ち……小さいですね……あなたがこの世界の時神なのですか?」
目を見開きつつもナオは辛うじて言葉を発し、少女に問いかけた。
「いいえ。」
少女は首を横に振った。
「違うのですか……。」
「私の名はセカイ。世界を保たせるKの使いの人形。この世界はあなた達がいる世界ではない。あなた達が『反転する世界壱』の世界の住神ならば弐の世界を守る時神に出会えたことだろう。次元は違うが彼らは今、この家屋で幸せに生活をしている。でもそれはあなた達には見えない。」
セカイと名乗り、人形だと宣言した少女はナオ達の疑問に即座に答えてくれた。まるで心を読まれているようだった。
「Kの使い……。K……。K!」
ナオは何かを思い出そうとしていたが突然に声を上げた。
「そうです!Kの使い!あなた、Kの元へと行く事ができますか?」
ナオはセカイを穴があくほど真剣に見つめた。
セカイは一つ息をつくと小さく頷いた。
「……あなたにはエラーが出ている。Kの元へ案内するのはいいが消去したはずのプログラムが動き始めている。このままKに会わずに時間を置き、データの処理をすることをすすめる。」
セカイは意味深な言葉を吐くと一つ頷いた。




