明かし時…5プラント・ガーデン・メモリー13
というわけでナオ達は目星をつけた場所、埋め立て地へと向かった。霊気を帯びたこの林の反対側、つまりナオ達がのぼってきた険しい山道の反対側は最初に本の中に入った時にいた場所だった。
「この林の反対側はあの緩やかな山道だったのですね。」
ナオはほっと胸を撫でおろした。再びこの険しい山道を下らなければならないのかと冷や冷やしていたからだ。
ナオ達は緩やかな坂道をゆっくりと降りた。山の麓まで着き、そこから少し歩いた。
少し歩くとすぐに埋め立て地だった。
「ついたね。こっちの山道は人が整地したみたいだったからけっこう楽だったね。」
ムスビはふいーっと息をつくと汗を拭った。
「それで……ナオ、時間軸は合っているのか?」
栄次の質問にナオは自信なく頷いた。
「時間軸が合っているかはわかりませんが湖らしきものは埋め立てられた後だったようなのでこの辺りの時間軸だと思われます。」
「そうね~。な~んか怪しいわね~。」
ナオの言葉に草姫は考えながら埋め立て地をウロウロと動き始めた。
「草姫さん?何をやっているのですか?」
ヒエンが尋ねると草姫は不敵に笑った。
「変なほころびを見つけたの~。だけど、入るところがわからなくて~。」
「草姫さん、そこらへんなのですか?」
今度はナオが尋ねた。
草姫はまた不敵に笑うと小さく頷いた。
「では草姫さん、この辺りの木々に記憶を見せてくれるように言ってください。」
「わかったわ~。」
草姫はナオにそう言うと、目を閉じて口で何かをつぶやいた。
刹那、草姫の目の前の空間が避けるようにわずかに開いた。中から別の記憶が見え隠れしている。
「ここですね!」
ナオは叫ぶと栄次を引っ張り空間の断裂面に立たせた。
「……うっ?」
栄次は何事かと戸惑っていたがナオは「そのまま動かないでください!」と叫んだ。
「大丈夫です。過去の記憶として過去神のあなたを空間の断裂部分においてこの本来の歴史が閉じないようにしただけです。」
「なるほど、そうだったのか。俺は本当に過去を守る神なんだな……。」
栄次はただ立っているだけだ。立っているだけだったが閉じようとしていた空間が閉じるのをやめた。その後、草姫の能力によって本来の歴史は引き延ばされ、中身が見やすくなった。
「……天記神がいるな。」
イソタケル神は空間の断裂面から中の歴史を見る。今と同じ埋め立て地の前に天記神とキツネ、花姫が立っていた。
花姫と天記神は何やら深刻な顔で話をしていた。
「俺に頼るとは殊勝な心がけだな。」
天記神が低い声で花姫に言葉を発した。先程出会った天記神とは雰囲気がだいぶん違った。どことなく、男らしい感じだ。
「……あなたの言った通りにキツネを一匹連れてきたわ。それに無理に男ぶらなくてもいいわよ。私にはわかっているんだから。」
「花姫ちゃん……俺はやっぱり女になりきる事も男になりきる事もできないらしい……。」
「大丈夫でしょ。あなたはちゃんと女になって私も誰の手も借りずにこの状況を変えられる。術を使えば……でしょ?」
花姫は切羽つまった様子でもなく天記神を見上げる。
「このキツネはメスで老いているか?」
「ええ。もう歩くこともギリギリのメスよ。」
「大丈夫。人間だとすぐに高天原に気がつかれてしまうからできないが天寿を全うしようとしているキツネならばできるかもしれない。じゃあ、やるよ。」
やはりこの年老いたキツネはミノさんではなかった。ナオ達は険しい顔で天記神と花姫を眺めた。
男と女が揺れ動いている天記神は今現在天秤状態だ。男にもなり女にもなる。
「何をする気なの?」
そんな不安定な天記神を見上げながら花姫は質問をした。
「このキツネを生まれる前に戻し、オスとしてもう一度やり直してもらう。そしてそのメスの生を俺がいただく。そして新しく生まれたオスのキツネはお前の手足となり動くだろう。俺の生をこのキツネに渡すからかなり知性を持ったキツネに出来上がるだろう。」
天記神は花姫を鋭い瞳で一瞥する。
「どうやるか知らないけど……じゃあ、あなたはどうなるの?メスのキツネにでもなるわけ?」
「それは違うな。生だと言っただろう?心ではない。キツネはキツネでオスとしての本能を持って生まれ、俺は俺で女の精神、心を持って生まれ変わる。キツネは一度生きた時間を戻されるが俺はそのままだ。それにメスの生を持つという事は人間や神だと精神が女になる。つまり俺は女に変わるだけで対して変わらない。」
「難しいわね。まあ、つまりは……精神は人間でいう心の事。生は本能に近い部分ね。キツネは本能に近い部分で動いているけど人間や神は精神が働くってわけね。だからキツネはオスとして、あなたは女として生まれるって事か。で、どうやるの?」
「このキツネを本にしてしまい、このキツネの歴史を焼く。俺は本を読んだ者の精神を糧とする神、キツネの魂くらいなら簡単に取り出せる。花姫ちゃん、このキツネの記憶を持っている木はあったか?」
天記神はただぼうっと座っているキツネを眺めながら聞いた。
「ええ。苦労したけど縄張りがあって同じところにずっといたみたいでこのキツネが生まれた時からを覚えている木はあったわ。」
「その木の元へ案内してくれ。」
「……ええ。」
花姫と天記神は歩き出した。キツネはおいてけぼりだ。もう動く気力もないのかその場からまったく動かない。
「……天記神さんと花姫さんがいなくなってしまわれましたが……?」
ナオが草姫に問いかけた。
「ええ~。大丈夫~。行かなくても帰ってくるわ~。木を取りに行っただけでしょ~?大した話じゃないわ~。」
「そういうものですか……。では動きません。」
この歴史は天記神が隠した歴史。見るにはけっこう労力がいた。ナオもそこそこの神力を使い、歴史を漏らさないように見ている。普通に見ているだけでは決してわからない歴史だ。少しでも動くと歴史が途切れてしまいそうだった。だからなるべく動きたくなかった。
無理やり入り込んでみていると天記神と花姫が一冊の本を手に走ってきた。本をどうやって作ったのかはわからないが草姫が見たがらなかった所からするとその木を消したか切ったか何かしたのだろう。
「や~っぱり戻ってきたわ~。ここで術を使うみたいね~。」
草姫の言葉にナオは眉をひそめた。
しばらくしてキツネの元に天記神と花姫がたどり着いた。
するとすぐに天記神の持っていた本が勢いよく燃えた。天記神は無造作にその本を地面に捨てた。轟々と燃えている間、キツネの姿がどんどん薄れていく。そのキツネの歴史が焼かれ、なかった事にされていく。だがキツネは動かなかった。今、何が行われているのかおそらくわかっていないのだろう。
そしてその埋め立てられた泉全体に五芒星の大きな陣が出来上がった。キツネはやがて完全に消えてしまった。天記神は瞳を閉じて手を前にかざす。すぐに本は跡形もなくなった。五芒星の魔法陣が光った後、天記神はそっと目を開ける。
「なるほどね。よくわかったわ。花姫ちゃん。これが……あなた達が感じている女の子の感情……。素敵じゃない。」
天記神は人が変わったようにホホホと笑った。
「お、女になったの?なんか物腰が全然違うわね……。」
花姫は陣が消えてから恐る恐る天記神に近づいて行った。天記神はもう女性そのものだった。だが身体は男のままである。
「おかげさまで。これで術は完了したわ。あのキツネは今、オスとして生まれ変わった。あのキツネの母親は死んでいるから別の母親になっちゃったけど問題ないと思うわ。これであのキツネを使ってあなたは自分一人でこの絶体絶命の状態を改善する。これがあなたの望みでしょ。他の神に頼らずに一人で状況をすべてもとに戻したい。キツネがうろうろしているくらいなら神も人間も絶対に気がつかない。これからはあなた次第よ。」
「わかったわ。ありがとう。天記神。あのキツネには初めてあったかのように接した方がいいのよね?」
「それはそうよ。もう一度生をやり直しているんだから。……禁忌なんだから絶対に見つかっちゃダメよ。あくまであなたはキツネを手伝うの。泉を戻したいと思っているキツネの手助けをするのよ。わかったわね。」
「……わかったわ。ありがとう。」
天記神と花姫はクスクスと笑い合った。




