明かし時…5プラント・ガーデン・メモリー7
『冷林が守護し森、日穀信智神誕生』とタイトルが付けられている本をナオはまず手に取った。
「日穀信智神は現在アヤさんと行動を共にしている狐耳の神、ミノさんの事ですね。そして冷林は冷林です。」
ナオは確認するように一同を見回して言った。
「そういえば、ミノさんだかに会った時、ナオさんはしきりにイソタケル神の事と、花姫の事を知りたがっていたな。」
「ええ。スサノオ尊につながるのでは……と思ったものですから。今はだいぶんスサノオ尊の事もわかってきておりますので、そこまで注視してはいませんが。」
ムスビの言葉にナオは小さく頷くと草姫を見た。草姫はナオが持っていた本を興味深そうに見ながら答えた。
「……それ、入る本よね~?」
「はい。」
ナオは平然と草姫に返したがヒエンは慌てていた。
「入る本というのは……?」
「先程説明した木々の記憶を見る本ですよ。」
天記神がヒエンにこっそり伝えた。
「では、さっそく行きましょ~。ダッチアイリス!花言葉は使命~。」
草姫は今はやる気なのかナオを急かした。
「ちょっとお待ちなさい。しおりをお忘れですよ。」
天記神が本を開こうとしたナオを止め、ごく普通のしおりを取り出した。しおりはかわいくデザインされており、押し花にされた花がアクセントに閉じられていた。
「ああ、うっかりしていたわね~。しおりがないと疲れた時にこっちに戻ってこれないし~。ヒイラギね~。花言葉は用心!」
草姫は楽観的に笑うとしおりを天記神から受け取った。
「こういう場合はしおりがいるのですね?」
ヒエンが天記神にそっと質問をする。
「ええ。しおりがないと本が終わるまで本から出て来れなくなりますから。映像が本物でも本ですからね。」
天記神が優しくヒエンに答えた。ヒエンは「なるほど。」と興味深そうに何度か頷いた。
「では……今度こそ行きましょう。」
ナオは一同を軽く見回すとそっと歴史書を開いた。
ふと気がつくと森の中にいた。大地は干からびており草花にも元気がない。ギラギラと照らす太陽が暑く、雨がずっと降っていないように思える。
「暑い……日照りかよ。」
ムスビが着物の下に来ているワイシャツのボタンをはずし、あおいでいた。
「そのようですね。」
ナオはしっかりと皆がこの本の中へ入れたか確認をするべく見回しながら答えた。
ムスビ、栄次、草姫、そしてヒエンの四神が無事にこちらにいた。
「ここが……本の中……だというのか。」
普段無口な栄次も現実の世界と区別がつかない風景に思わず声を発していた。
「温度や音までも感じるのですね。」
ヒエンも驚きの表情で辺りを見回していた。
「とりあえず、歩きましょ~。イカリソウ~花言葉は旅立ち~ちょっと違うか~。」
草姫は平然とした顔で先へと歩き出した。
「そうですね。ここにいても仕方ありませんし。」
ナオも草姫にならって歩き出す。ふと横を見ると木々の隙間で狐が死んでおり、その狐を他の狐が食べているのが見えた。
「……っ。」
ナオは咄嗟に目をそらし、不安げに先へと進んだ。ここは狐が多い地域のようだ。しかし、どの狐も長期間続く日照りのせいかやせ細っており、食べられるものと食べられないものの区別がついていないようだった。
「……この世界は酷いな。」
ムスビは周りを見回しながら小さくつぶやいた。
「まあ、俺が生きた間にこう言った事はけっこうあったものだ。平成という時代にはそういうことはないようだが……。」
ムスビの言葉に栄次が小さく答えた。
「……木々が苦しんでいます。この世界にお兄様が……。」
ヒエンはどこか悲しそうに枯れた木々を見つめていた。
「とりあえず、歩きましょう……。きゃっ!」
ナオが会話の途中で突然悲鳴を上げた。
「ナオさん!?」
「どうした?」
ムスビと栄次がナオに駆け寄る。
「いま……私のすぐ横を何か走って行きました。」
ナオは目を見開いたまま何かが消えた方向を見つめた。少し先の林の中でやせ細ったキツネがこちらを向いていた。キツネはトマトやキュウリなどの野菜をぼろきれ同然の布にくるんで口にくわえていた。
「キツネ……。」
キツネはナオ達をしばらく眺めた後、背を向けて走り去っていった。
「……あのキツネ……なんだか他の狐と雰囲気が違いましたね。」
ナオはキツネからほのかに漂う神力を感じ取っていた。
「今のキツネ~……ヒエンならわかるでしょ~?アセビなキツネね~。花言葉は犠牲。」
草姫は軽い感じのままヒエンに目を向けた。
「……ええ。木々の状態をみると江戸時代以前です。江戸時代以前にトマトもキュウリもありません。あの作物は高天原がこの時栽培していた食物です。」
ヒエンは草姫を視界に入れて答えた。
「そう~。キツネは自分を犠牲にしてあれを近くの村人に届けているってとこね~。この木々達が言っているわ~。ムクゲを感じるわ~花言葉は信念。」
「ムクゲの花言葉って信念だったのか……。もしかしてあのキツネはミノさんか?」
ムスビが草姫に尋ねた。
「おそらくそうね~。昔話にこんなのがあったわ~。騙すキツネのお話。村人は飢餓で苦しんでて、それを見たキツネが食べ物を運んで来るわけよ~。だけどそれはこの時期の日本にはない食べ物で~村人はキツネが幻術を使って自分達をからかっているって思うわけ~それで……。」
草姫がそこまで言った時、林の下の方で銃声が聞こえた。遠くに人の声もする。
「って、いうわけよ~。」
「銃声……キツネは殺された……って事ですか。」
ナオは銃声の聞こえた方向を寂しそうに見つめた。
この昔話はTOKIの世界書一部「流れ時…」に記述している。
「……俺はキツネの部分、見に行った方がいいと思うよ。」
ムスビが静かに言い放った。
「……そうですね。この本は日穀信智神の誕生ですからね。」
ナオは悲しい部分は見たくはなかったがこれは歴史書であると割り切り、見に行くことに決めた。




