明かし時…5プラント・ガーデン・メモリー1
赤髪に羽織袴の少女、歴史神ナオ、侍の時神過去神、栄次、そしてシャツに羽織袴というハイカラ雰囲気の歴史神ムスビは二カ月間もの間、ナオが経営する歴史書店に隠れていた。二か月前、彼らは死ぬ思いで高天原へ入り、必死で調べものをしながら命からがら現世に逃げ帰った。高天原南の竜宮から逃げてきた時の事を思い出すと二か月経った今でも冷や汗が出る。
「しかし、この二カ月間、よく見つかりませんでしたね。」
ナオが歴史書店の裏側の住居スペースでのんびりお茶を飲んでいた。
ナオ達は現在色んな神から追われている。いままで本当によく見つからずにいたものだ。
この二階建ての建物の地下にある歴史書店は知る神ぞ知る名店であるが存在自体は気がつかれにくい。何といっても地下にある事が大きいようだ。
いままで他の神々が気がつかなかっただけか追うのをあきらめたのかはナオ達にはわからない。
「で、もう二か月経つんだけどずっとここに隠れているの?」
お茶を飲んでいるナオの横でゴロゴロと畳と戯れているムスビは退屈そうに尋ねた。
「そのつもりはありません。神々専用の図書館へ行くつもりなのですが歴史を見る限りだと今は立て込んでいるようで……。」
「立て込んでいる?」
ムスビはむくりと起き上がると机に置いてあったせんべいを一つ食べた。
「ええ。神々の歴史を見る能力を使いますとそんな感じだとぼんやりわかります。」
ナオは実のところよくわかっていなかったがなんとなくで曖昧に答えた。
「じゃあ、その神々の図書館とやらにはいかないで今は動かない方がいいって事?」
「私の勘が動くなと言っております……。」
「そう。」
ナオの直感にムスビは従う事にした。
しばらく静寂な時間が流れたが、店側から外を見張っていた栄次がナオ達の前へ現れた事で静寂な時間は切れた。
「おい、……この間の……少女神、流史記姫神だったか?が来ているぞ。切羽詰まった顔で中に入れてほしいと言っている。追い詰められたような顔をしている故、あの小娘を外に放り出しておくのは少々心が痛む。中に入れてもいいか?」
栄次はぶっきらぼうにそうナオ達に伝えたが顔は心配していた。
「ヒメさんが?」
「ヒメちゃんが……?」
ナオとムスビは驚きの声を上げた。彼女はちょっと前に高天原北のトップ、冷林の封印を解きに行っているはずでその後は父親である龍雷水天神、イドさんと仲良くやっていると思っていた。
その幼い風貌の彼女が父親がいない状態で一神でここに切羽詰まった顔で来ているというのは少し異常でもあった。
「……罠とかではなさそうなので中に入れてあげましょう。ヒメさんには最初助けられた恩もありますし。」
ナオが真剣な顔つきで答え、栄次はそれに頷くと再び店の玄関へと向かった。
しばらくして黒髪の少女、ヒメちゃんが栄次に連れられて店の奥の部屋へと入ってきた。
目にはうっすらと涙を浮かべている。
「ヒメちゃん、どうしたの?パパは何してんだい?」
めそめそ泣き始めたヒメちゃんに、ムスビは優しく頭を撫でながら問いかけた。
「……冷林の封印を解いたのじゃがここ最近、冷林がまた封印されてしまったらしいのじゃ……。ワシは知らぬ!ワシが解いた時の封印よりも破格に強い封印がかけられておった故、ワシは解くことができなかったのじゃ……。父上に言えばなんとかしてくれるのじゃろうがこの女の神が……。」
ヒメちゃんは一通りめそめそ話すとすぐ後ろにいつの間にか立っていた緑色の髪の女を指差した。
「どうも。あなた達は歴史神さん達ですね。」
「うわっ!いつの間に入ったんだ!あんた!」
ムスビが当然訪問してきた緑の髪の女に叫んだ。ナオと栄次は若干警戒心を見せた。
「先程、ヒメちゃんの後ろから入らせていただきました。ヒメちゃんにはわたくしから動かないように伝えてあります。ああ、わたくしは大屋都姫神、ヒエンと申します。」
緑の長い髪、ボーダーのニット帽にパーカーにスカートを履いている少女は自分の事をヒエンと名乗ると丁寧にお辞儀をした。
「お……おおやつひめの……。スサノオ尊の娘さん……ですか?」
ヒエンと同じくらい丁寧なナオは目を丸くしながらヒエンに尋ねた。
「はい。そうです。……実はお願いがありまして……。」
ヒエンは落ち着いて話そうと努力していたが内心は焦っているようだった。
「お願い……?」
今までお願いをされたことのない三神にとってこの状況でのお願いは驚きだった。少し身構えた。
「はい。……わたくしの兄、イソタケル神がいなくなってしまったのです。」
「イソタケル神……スサノオ尊の息子……。」
ヒエンの言葉にナオはぼそりとつぶやいた。
「実は冷林の封印と関係があるようなのです。あなた……ナオさんは神々の歴史を管理する神でしたよね?ここ最近の兄の様子について聞きに来たのですが……。できれば現在の居場所も……。」
ヒエンはしゅんと肩を落としながら尋ねた。
「居場所……ですか……。残念ですが私は神々のストーカーではありませんので細かいことはわかりません。ですが、捜索を手伝います。私達を守ってくださるという条件がつきますけど。」
ナオは真剣な顔でヒエンと交渉を始めた。
ナオの考えはただ一つである。イソタケル神を探し出してあげるのではなく、スサノオ尊の娘であるヒエンと息子、イソタケル神の歴史を覗く事だ。
探すのがメインではなく、探した後に歴史を覗くのがメインである。
「ええ。全力で守ります。あなた達が助けて下されば早く兄を見つけられそうです。探す探すと言っていてもわたくしではどこを探せばよいのか全くわかりませんので。」
交渉はあっという間に通った。ヒエンはどうしようもなくて途方に暮れている感じだった。
「では、まずは神々の図書館に行きましょう。」
「神々の図書館?」
「ちょっと、ちょっとナオさん、それさっき行かないって言ってたじゃない!」
ナオの言葉にヒエンは首を傾げ、ムスビは頭を抱えた。
「ムスビ、はっきりしました。立て込んでいる原因はこれです。もう理由がわかったので行動しましょう。」
「はあ……。いつもこうだからな……。止めても聞かねぇし。」
ナオはもう隠れている気はないようだ。ムスビは盛大にため息をついた。
「ど、どっかへ行くのかえ?わ、ワシはどうすればよいのじゃ?」
ひとり置いてけぼりだったヒメちゃんが慌てて不安そうに声を上げた。
「……もう大丈夫です。冷林はこちらでなんとかします。ヒメさんはいままで通り生活してくださって構いません。」
ナオは泣きそうなヒメちゃんに気合に満ちた顔で頷いた。
「何とかするって……ナオさん……本当に大丈夫なのかよー……。」
「ムスビ、ナオはやる気だ。危険があっても諦めろ。」
ぶつぶつ文句を言っているムスビに、栄次は悟った表情でポンポンと肩を叩いた。




