ゆめみ時…最終話夜の来ないもの達2
「……更夜か。」
家の前まで来たとき、更夜の姉、千夜の声が聞こえた。
「お姉様……そうです。」
更夜は姿が見えない千夜にそう答えた。
「勝手に家に上がらせてもらっている。逢夜は中にいる。」
再び、千夜の声がし、更夜はゆっくりと後ろを振り返った。更夜の視界に子供くらいの身長の女が鋭い目でこちらを見ているのが見えた。癖のある銀の髪が風でわずかに揺れていた。
「ご無事でしたか。」
「ああ。問題はない。しかし、事態が少し複雑になってしまった。お前の連れを呼んで来い。中で話す。」
「はい。」
更夜は千夜に素直に答えるとその他、何も聞かずにライ達がいる林へと走って行った。
「おかえり。どうだった?」
真っ先にスズが更夜に声をかけてきた。
「ああ。兄と姉は無事のようだ。だが何かあったようなのでこれから話を聞きに行く。あなた達も来なさい。」
「わ、わかった。」
スズが代表で返事をした。ライと憐夜は状況を見ながら頷き、トケイはまっすぐ更夜を見つめていた。
「ライ、セイは俺が抱えよう。あなたの細い腕では彼女を抱いて歩くことはできないだろう。」
更夜はライに近づき、セイを抱きかかえた。
「あ、ありがとうございます。更夜様。」
ライは自分も抱きかかえてほしいという欲望が沸いたが頭を振って消しながら更夜にお礼を言った。
ふとその隣で憐夜が不安げな顔を更夜に向けていた。
「どうした?憐夜。」
更夜が誰よりも優しく憐夜に声をかける。
「た、たいした事ではないのですが……お兄様とお姉様に会うのが怖くて……。」
憐夜はわずかに震えていた。
更夜はため息をつき、憐夜をそっと見つめた。
「それはわかる。俺達は未だに望月家の規律に縛られている。俺も怖い。兄と姉は今でも俺を恐怖に叩き落している存在だ。……だが兄も姉も俺達以上に凄惨な目に合っている。あの二人は俺達のために罪を被り度々父からの拷問を受けていたようだ。規律を破れば殺されるから規律を破らずに俺達を守ってくれた。規律さえなければ優しいお方達だ。」
「ですが……怖いです。私は逢夜お兄様が一番怖い。」
憐夜は頭を両手で抑えうずくまった。色々思い出してしまったのだろう。何気なくここまでついてきてしまったため、不安を更夜に言うのをためらっていたようにも見えた。
「……お前はお姉様よりもお兄様のが怖いのか。俺には容赦はなかったがお前にはかなり手加減をしていたみたいだったぞ。……残念ながらお前をここに放置しておくこともできないのだ。才蔵と半蔵がどこにいるのかがわからんからお前が危機にさらされる可能性が高い。」
更夜が顔を曇らせているとトケイが更夜の横をすり抜けて憐夜の元まで歩いていた。
「と、トケイさん?」
憐夜はトケイを見つめ、顔をわずかに紅潮させた。
「ねえ?大丈夫?何があったかよくわからないけど怖いんだね。僕が手をつないでてあげようか?」
トケイは心配そうな声を発しながら憐夜に近寄った。
「……。」
「ああ、ごめんね。僕、表情をうまく作れないんだ。でも君を心配している。すごくつらそうなんだもん。」
トケイは無表情であったが声に感情がこもっていた。トケイが表情を作れないのは昔からであった。まるでロボットのように動く男の子。壱(現世)に住む時神達が関わる事件でしばらく彼は感情を無くしていた。
この話はまた別の話なのでここでは省く。
そのせいで感情が戻った時、表情を作ることが困難になってしまったようだ。
「……。」
憐夜は別にトケイを警戒していたわけではない。憐夜は少し前にトケイに一目ぼれをしてしまい、真面目に顔を見られなくなっただけだった。
「憐夜ちゃん……僕の事は嫌いなのかな?」
トケイは近くにいたスズに不安げな声で問う。
「違う。違う。もっと強引に手を握りなさい。」
スズは不安げなトケイの背中を乱暴に押した。
「うわっとと。ほんとに大丈夫かなあ……。」
トケイは憐夜の顔色を窺いながら再び近づいた。
「憐夜ちゃん、僕が守ってあげる!だから怖くないよ!」
トケイはスズの言葉通り、憐夜の手を強引に握ってみた。憐夜は顔をさらに赤くしただけで特に拒んだりはしなかった。
それを見た更夜は納得の色を見せ、トケイに一言言った。
「憐夜をよろしく頼む。」
「え?う、うん。僕が憐夜ちゃんを守るね。」
トケイの言葉に満足げに頷いた更夜は再び憐夜に目線を合わせた。
「俺もお前を守ってやるがトケイもお前を守ってくれるそうだ。トケイにも遠慮せずに甘えるといい。スズもお前を守ってくれるはずだ。お前は色々な人にもう甘えていいんだ。兄と姉が怖ければ隣の部屋でトケイと遊んでてもいい。」
「……はい。でも皆さんがそう言ってくださるなら頑張ってみようと思います。」
憐夜は小さい声で更夜に返事をした。
「憐夜、トケイにだっこしてもらいなよ。」
スズが憐夜に意地悪な笑みを向けた。
「そんなっ……子供みたいな……。」
「いいよ。僕は意外に力あるし。」
トケイは憐夜に対してはすぐに行動に移せた。戸惑う憐夜をそっと抱きかかえる。
「あ、あのっ……こんな子供みたいな事……ダメです。やだ……近い……ダメ……。」
憐夜はそわそわと落ち着きがなくなったがトケイを拒んではなかった。
「憐夜ってば本当にウブなんだね。トケイもウブだからちょうどいいと言えばいいかもね。」
スズはふふんと不敵に笑うとライに「いこっか!」と声をかけ、歩き出した。
「お前が言うな。お前が……。」
更夜は呆れた顔を向けるとセイを抱え歩き出した。
ライも軽くほほ笑むと後に続いた。
白い花畑の中をライ達は歩き出した。セイを抱いた更夜が先頭を歩き、次に憐夜を抱いたトケイが続く。その後ろをライとスズが歩いていた。
傍から見ると奇妙な集団に見え、とても目立っていた。しかし、どうしようもないのでそのまま歩いた。しばらくゆっくりと歩き、ライ達は白い花畑の真ん中にある一軒家にたどり着いた。
「連れてまいりました。」
更夜は裏の障子戸から中に向かって小さく声をかけた。
「入れ。」
すぐに千夜の声がし、人が通れる分だけ障子戸が開いた。
ライ達は一人ずつ部屋の中に入った。部屋の中には更夜とよく似ている男、逢夜と見知らぬ女が座っていた。女は黙ったまま、更夜達を見つめていた。
「……?」
更夜は少し警戒の色を見せたが千夜の目配せで近くに座った。セイを横に寝かせる。
隣にトケイが腰を下ろした。憐夜はトケイの後ろに隠れ、震える手でトケイの肩に手を置いていた。トケイのさらに横にスズとライが腰を落ち着けた。
「で?そこの寝てんのはセイだな。何とかなったのか?」
銀髪にハチガネをつけている鋭い目の男、逢夜はやや荒っぽく更夜に尋ねた。
「はい。お兄様。セイは元の状態に戻りました。」
更夜は逢夜に頭を下げると冷静に答えた。
「そりゃあ良かったぜ。」
逢夜が軽く笑った。逢夜を横目で見ながら千夜が更夜に質問をした。
「セカイは一緒ではないのか?」
「はい。途中でいなくなりました。」
更夜の答えに千夜は「そうか。」とつぶやいた。そこから千夜が何かを話し始めようとした時、逢夜が声を発した。
「なあ、お前、なんでケガが治ってんだ?ボロボロだったじゃねぇか。」
逢夜が笑みを浮かべながら更夜をなめるように見つめた。
「はい。陸の世界の弐に行きましたら傷が治っておりました。不可解でございます。」
「はあ?確かに全然わかんねぇなあ……。魂って不思議なもんだぜ。まったく。」
静かに答えた更夜に逢夜はやや大げさにため息をついた。
「逢夜、話を中断させられたのだが……私から話を進めても良いか?」
千夜の鋭い視線に逢夜の肩がびくっと上がり、一瞬怯えた表情を浮かべた。
「は、はい。お姉様。中断させてしまい申し訳ありません。お話をお続け下さい。」
逢夜は丁寧に千夜に頭を下げた。逢夜は千夜が何かを話そうとした時に話を被せてしまった。逢夜の頬に汗がつたった。
それを見た憐夜の震えとトケイの肩に置いている手の力が強くなる。憐夜はこういう少しの事でも懲罰が飛ぶ凍夜望月家が心底怖かった。トケイは憐夜の体の震えに気が付き、憐夜の肩をそっと抱いてやっていた。
「逢夜、顔を上げろ。もうよい。話を続ける。」
罰があると思ったのだが千夜は何もしなかった。
「お姉様……。申し訳ありません。」
「よい。」
千夜は逢夜の頭を軽くポンと叩いただけだった。
まだまだ普通の兄弟にはほど遠いが四姉弟は変わりつつあった。
それを見た憐夜は不思議そうな顔をしていたが特に何も言わなかった。
「話を続ける。お前達はそこの女が何者か気になるだろう。それを説明する。」
千夜は獣耳の羽織とパンツ一枚の女を一瞥した。女はやたらと長い前歯を覗かせたまま、黙って座っていた。
「はい。お願いします。」
代表で更夜が千夜に返事をした。
更夜の返事に頷いた千夜は説明をはじめた。




