ゆめみ時…4夜は動かぬもの達8
「おい。」
一体どれだけの時間が過ぎたかわからないが気が付くと更夜がライの顔を覗き込んでいた。
「わっ!」
「音括神、セイを見つけた。セイの方はライ、あなたの説得がいいのではないかと思い、戻ってきたのだが。……ああ、すまん。頭は冷えた。」
更夜はぼうっとしていたライに気まずそうに話しかけた。
「セイちゃん……。わかりました!行きます!」
ライは顔を引き締め、立ち上がった。隣にいたスズもベンチから飛び降りるように立ち上がった。
ライとスズはうなだれているノノカに目を向けた。ノノカは何も話さなかった。
「そいつは放っておけ。独りになりたかったんだろう?……俺達は先にやるべきことをやろう。セイをあの少年達から引き離す。」
更夜はそれだけ言うとさっさと歩き出した。
「ああ!更夜様待ってください……。」
ライはちらりとノノカを見、「すぐに戻ってくるからね。」と一言伝えて慌てながら更夜について行った。スズはその場に残るか一緒に行くか悩んだ末、しばらくノノカを一人にしてあげる事にした。
公園を出てライとスズはノノカが座っているベンチに目を向けた。ノノカは先程と変わらず、両手で顔を覆い、泣いているだけだった。
「更夜、もっとノノカちゃんに優しくしてあげなよ。冷たいし……いつになく厳しくない?」
スズはそっけない態度の更夜に納得のいかない顔で尋ねた。
「……あの子は甘い。甘すぎる。これはあの子の問題で俺達はあの子を救えない。それなのにあの子は俺達が助けてくれると思っている。俺達がなんとかしてくれると思っている。自分で動こうと思わない限りあの子は変わらない。それがわかっていて助けてくれない俺達を恨み、八つ当たりをしている。
俺には全部わかった。ただの八つ当たりで先の事を考えてもいない、死にたいだの殺してくれだの言いだし、終わってしまったことをねちねち悔やみ、結局は何もしたくない、一人にさせてくれ……いやだ、やっぱりやめる……ときた。さすがの俺も腹が立ったのだが……殴ってしまったのは俺がいけなかった。
……俺はただ、自分自身で道を……答えを見つけ出し、後悔を引きずって生きていくしかないことに気が付いてほしいだけだ。……俺はあの時……仕事だったからと割り切り、あふれそうになる感情を押し殺して生きていたというのに。」
あの時とはおそらくスズを殺してしまったときの事だろう。更夜の背中はいまだに後悔に縛られているようだった。
それから何も話さず、更夜は足早に公園外の遊歩道を歩き始めた。
「更夜様、更夜様は今も後悔しているのですか?」
更夜の背中を追いながらライは不安げな顔で問いかけた。
「ライ、あなたは自分の事をまず心配しろ。あなたが来た目的を忘れるな。……やや冷たい言い方だがノノカという小娘もあなたも実際は俺達になんの関係もないんだ。ただ俺はあなた達を助けているだけだ。
死者は生きているものの心に住み、歩くべき道をただ、提示するのみ。ここぞという時は死者の判断ではなく、自分で判断するのだ。」
更夜は振り向くことなく背中越しに語った。
「更夜様……。」
ライは更夜の背中を切なげに見つめながら黙り込んだ。
「ねえ、ライ。わたし、ちょっと考えたんだけど……。」
歩き出した更夜の後ろをゆっくりとついていきながらスズがライにそっとささやいた。
「どうしたの?スズちゃん。」
「ここは陸って世界の弐なんでしょ?つまり、現在、陸の世界で生きている人間は皆夢の世界にいるわけよね。と、いう事はノノカちゃんも夢の中にいる。」
スズはそこで言葉を切り、咳払いをした。
「そうだね……。それがどうしたの?」
「……わたし達、死人はその人が持つ世界に入り込んだらその人が考えた役目通りに動いてしまうの。今のわたし達はノノカの近くにいたらノノカの世界観に染まる。つまり、更夜がいきなり感情を抑えられなくなったのもノノカの心の中で更夜は叱咤する役目を担っているからなんじゃない?って思っただけ。」
「なるほど……。スズちゃんはノノカさんの近くにいて何か感じたの?」
小声で話すスズにライも声をひそめて返す。
「わたしはノノカをしきりに慰めたいと思っていたわよ。だからたぶん、わたしは飴と鞭の飴の方ってわけ。あの子の心が不安定だからわたし達も色々変わるかもしれないね。まあ、ライは関係ないけど。……しかし、更夜が関係のない女の子をあれだけひっぱたくなんて……珍しいものを見たわ。」
スズがライにささやいた時、前を歩く更夜がちらりと後ろを向いた。
「普通の俺ならあんな事はしない……。」
「小さい声で話してたんだけど聞こえたの?」
「ああ。……まる聞こえだ。」
「地獄耳。」
スズが更夜にぼそりとつぶやいた。更夜は何も反論せずにそのまま歩き出した。
「更夜様……。」
ライは更夜の背中がなぜかとても寂しく見え、思わずそっと手を握ってしまった。
「なんだ?」
更夜は立ち止まると鋭い瞳でライを一瞥した。
「あの……更夜様の魂がひどく悲しい色になっていましたので心配です。」
「そうか。あなたは俺の魂の色が見えるのか。だが俺は別に何とも思っていない。あなたは自分の事をとにかく最初に考える事だ。」
更夜はそうライに返すと再び歩き出そうとした。
「待ってください。」
「……。」
更夜の眼光に怯えながらライは更夜を止めた。
「わ、私は更夜様も心配なんです。更夜様、今考えている事違うんじゃないですか?本当は私のお手伝いするの辛いんじゃないですか?ここに来て……更夜様の心が不安定なんです。私にはわかるんです。」
ライの発言で更夜の顔色が曇った。
「更夜……。」
スズも更夜の顔色を窺っていた。
「……問題ない。俺はあなたに助力する。だからあなたは……。」
更夜の言葉を途中で切り、ライが声を被せた。
「お願いです!更夜様が今、何を思っているのか私に教えてくれませんか?このままでは私自身、満足に動けません……。無理やり手伝わせるわけにはいきませんから。」
ライが必死に言い寄るたびに更夜の顔色が暗く沈んでいくのがわかった。
「死んでいなければ俺の心なんて誰も読めないはずなのだがな……。俺ももろくなった。」
「更夜様。弐の世界にいると私は魂の色が見えます。更夜様の心はもう十分強いんです。強すぎるくらいなんです!」
ライは更夜の顔を見上げながら叫んだ。
「……。俺の心なんて知らない方がいいぞ。それよりもセイを……。」
「セイちゃんも大事ですが私、今は更夜様の心と向き合わないといけないんです。」
「なぜだ……。」
「……心が不安定の人のところにいると霊も不安定になってしまうって言っていましたよね。ですが霊が自分の心をさらけ出して自分の心をしっかり保てば不安定な人のそばにいても不安定にならないんじゃないでしょうか?」
ライの言葉に更夜はそっとため息をついた。
「つまり、あなたは俺がセイに干渉したとき、俺の心が不安定だから同じく心が不安定のセイに何をするかわからない……と言いたいのか。」
「それは違います……。私は更夜様がどういう気持ちかがわからないので聞きたいだけです。」
ライが焦って更夜の言葉を否定した。
そんなライを見ながら更夜はため息交じりに一言、
「嫉妬だ。」
とつぶやいた。
「……しっと……?」
「ああ。」
目を丸くしているライに更夜は平然と答えた。
「嫉妬って……。」
「もう一度、やり直せるセイがうらやましいだけだ。自分では手に入らなかった事をあなた達、神は……Kの使いは……普通にやっている。それが悔しくて憎らしい。俺の家族はまったく見向きもされなかったというのに……。
……わかっている。この世界の理が崩れるからセイを助ける……。頭ではわかっている。だが……この力があれば俺達の運命は変わっていたかもしれない。……そういう気持ちがぬぐえない。
言ってもしょうがないことはわかっている……。過去の事だ……。頭と心がまるで別の事を考えているような感覚でこの世界に入ってからこういった感情が抑えきれないんだ。こんなくだらん感情を抱いている自分にも幻滅している。
他人をうらやましがり醜く嫉妬をしている……。こんな感情をあなたやスズに聞かれたくなかった。あなたも聞きたくなかったはずだ。……俺は男として情けないと思う……。」
更夜はライに背を向けるとこぶしを握り締めた。
「更夜様……。情けなくないですよ……。そう思う感情……正しいと思います。私も逆の立場だったらそう考えると思います。」
ライの言葉に更夜は絞り出すように続けた。
「いや……情けないんだ。俺は甲賀望月家の男だぞ……。こんなことで心を乱されるとは……。女相手にこんな女々しい話を聞かせないとならない自分も恥だ。もうこれくらいにしておいてくれ。俺はあなたを救いたい。その感情は嘘ではない。だが俺は真逆の感情でそれを押さえつけている……。そんなところだ。」
更夜は背中越しにそうつぶやくと再び歩き出した。ライは更夜の背中をそっと抱いた。
「更夜様。私のためにいろいろとごめんなさい。話してくださってありがとうございます。更夜様の心を私が少しでも軽くできれば……。」
ライは目に涙を浮かべながら更夜の背中に顔をうずめた。
「……あなたは何を泣いている……。俺は大丈夫だ。……自分の事も大変だというのにあなたは……。」
更夜はライをそっと放すとライに目線を合わせた。ライは涙で濡れた瞳で更夜を見つめた。
「……あなたは泣いている暇はない。俺達の無念のためにもこの件、絶対に成功させろ。これが失敗したら陸にいる者達とあの小娘、そして俺達とあなたも……誰一人幸せになるものはいない。だから俺はあなたに『自分の事を最優先に考えてほしい』と言ったのだ。」
更夜は一言そう付け加えると再びライに背を向け歩き出した。
「更夜様……。更夜様の心……よくわかりました。私、自信ありませんけど頑張ります!」
ライは再び歩き出した更夜の背に決意を込めた声ではっきりと言った。更夜は特に何も言わずに歩き続け、公園から少し離れた交差点にたどり着いた時、足を止めた。
「更夜様?」
「時間の無駄をしたが……実はここがセイがいた場所だ。もういないようだがな。」
更夜は深いため息をついた。
「さっきまでこの辺にいたならまだ近くにいるかもしれないね。」
スズが辺りを見回しながらつぶやいた時、金髪ツインテールの少女が交差点を曲がり更夜達をすり抜けて走って行った。少女の後に続いてショウゴだと思われる男の子もすり抜けて行った。




