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旧作(2009〜2018年完結) 「TOKIの世界書」 世界と宇宙を知る物語  作者: ごぼうかえる
三部「ゆめみ時…」霊界と忍と時神の話
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ゆめみ時…2夜に隠れるもの達3

 「うーん……ここにいると時間がわからないわ。」

 芸術神、絵括神ライは神々の図書館で暇を持て余していた。この神々の空間は弐の世界にあるが魂達は入って来る事ができない世界になっている。ライはここに隠れる事でセイの笛を守っていた。

 「なんか気分転換にいい小説でもおすすめしましょうか?」

 ライがぼうっとしていると男が紅茶を運んできた。男は頭に星型の帽子を被り、紫色の着物を着ている奇妙な格好の男だ。男だが物腰は女である。つまり心は女の神だ。

 彼の名は天記神。この図書館の館長だ。

 「そうですね……じゃあ、恋愛ものとかありますか?」

 ライは控えめに天記神に声を発した。

 「あるわよー。たっくさん。」

 天記神はやたらと喜びながら沢山の本をライの前に置いた。

 「こ、こんなにあるんですか?」

 「ええ。お好きなのをどうぞ。」

 天記神に薦められるまま、ライはてきとうに一冊の本を手に取った。

 「ふっ!?」

 少し概要を読んだライは不思議な声を上げて顔を真っ赤にした。

 「あら?どうしたの?」

 「あの……天記神さん……これ……官能小説……。」

 「一応、恋愛小説だけど……。」

 「ふ、普通のにしてください!」

 きょとんとしている天記神にライはワタワタと本を横にずらす。

 「……ん?」

 慌てて官能小説を積み上げていたライが一冊の本に目を向けた。

 「ああ、それは平敦盛たいらのあつもりの小説よ。少ししか恋愛要素がないけど小説だからやっぱりおもしろいわよね。」

 天記神は大きく頷きながら言葉を発した。

 「平敦盛って平家の人ですよね?あの笛がうまかったっていう……。」

 「そうそう。」

 「笛……。」

 ライはこないだ甲賀の忍達から奪った笛を眺めた。笛は金色に輝いており、とてもきれいだった。

 ……これをセイちゃんに早く返さないと……。

 「あの……やっぱりここにいていいんでしょうか?」

 ライは天記神を見上げ、言葉を発した。

 「……いいんじゃないかしら?あなたはその笛を魂達から守っているんでしょう?ここには私もいるし安心よ。」

 天記神はふふっと微笑むと机に常備してあるクッキーを口に入れた。

 天記神に習い、ライもクッキーに手を伸ばす。バターの香りがほのかにするおいしいクッキーだった。

 とりあえずクッキーを口に入れていると図書館の重たいドアがゆっくりと開いた。

 「?」

 ライがドアの方に目を向けた時、天記神は中に入って来た者を誘導する体勢になっていた。

 「いらっしゃい……」

 天記神はそこまで言って口を閉ざした。

 「!」

 ライは驚いてクッキーを飲み込んでしまった。ドアを開けて入って来たのはライの妹、笛の主である音括神セイだった。

 「お姉様。笛を返してください……。見つけて下さって感謝しています。」

 セイの様子は普段と全く違い、目に光はなく、身体中から禍々しい神力が出ていた。

 「セイちゃん!やっと会えた!……セイちゃん……その神力どうしたの?」

 「……。笛を返してください……。」

 戸惑うライにセイは平然と答えた。

 「ふ、笛?あ、ああ、これ?ごめんね。い、今返す。」

 ライはセイの神力に怯えながら震える手で笛を差し出した。刹那、セイの横にいた天記神がライの手から笛を奪い取った。

 「え?天記神さん!?」

 天記神はそのままライの手を引き、セイと一時距離を取った。

 「今、あの子に笛を渡してはダメ。」

 天記神はセイを睨みつけながらライに小さくつぶやいた。

 「どうしてですか?これはセイちゃんの笛なのに……。」

 「あの子の神力、おかしいわ。あんな状態で笛を持てるわけがない。」

 天記神はライを背に回しセイの動きをじっと見つめていた。

 「でもこれはセイちゃんの……。」

 「音括神セイ……あなた、厄神に落ちたのね。」

 「厄神!?」

 ライの言葉を遮った天記神はセイに向かい言葉を発した。ライは目を見開き驚いた。

 「とにかくその笛を返してください。」

 セイは表情なくつぶやき、手を伸ばした。

 「!」

 セイが手を伸ばした時、ライが持っていた笛が勝手に音を奏で始めた。

 「うう……。」

 笛から流れる音は頭が痛くなるような音楽だった。ライと天記神は頭を押さえ膝をついた。

 「笛……返してください……。」

 セイは動けなくなった二神に近づいてきた。セイに表情はない。

 天記神は素早く右手を広げ一冊の本を出現させた。

 「ざ、残念だけど……ま、マナー違反者は帰ってもらいます。」

 天記神が出現させた本は『図書館のマナー』と書いてある本だった。天記神は本を呪文のように読み始めた。

 「……か、館内での騒音はお控えください。ま、守れなければ追い出します。」

 「!?」

 天記神が本の一文を読んだ時、セイの身体が光りだし、その場から溶けるように消えた。セイが消えた直後、笛の音も鳴りやんだ。

 「はあ……はあ……せ、セイちゃん……?」

 ライは笛を抱えたまま天記神を仰いだ。

 「弐の世界へ飛ばしたわ。ここの本は私が読むと現実になるの。弐の世界だからなんでもありのようだけど。それに弐の世界なら常に変動しているからこの図書館を見つけるのも苦労するでしょう。行きと同じルートだとここにはたどり着けない。」

 天記神は腰が抜けてしまったライをゆっくり立たせてやると『図書館のマナー』と書いてある本を元の場所に戻した。

 「セイちゃんに笛返せなかった……。」

 「ごめんね。ライちゃん。あの子はもう芸術神じゃない。あの少年少女達と弐に入ってから何があったか知らないけど彼女は厄神に落ちてしまったようね。芸術神は人の心に影響を受ける神、人の心の浮き沈みで深く変動する。だから芸術神は人間と関わっちゃいけないのよ。人間の心だけに関わる……それが芸術神。人間に関わった芸術神が厄神に落ちる事はけっこうあるの。あんな状態のセイちゃんに笛を渡してしまったら……酷い言い方だけど沢山の人間、神を不幸にする。」

 天記神の言葉にライは笛を握りしめ、うつむいた。

 「セイちゃんを……助ける方法は……?」

 「……ないとは言わないけど何か弐の世界で問題が起きた場合、私が始末するかもしれない。私は弐の世界を守っている神だから……。」

 「……っ。」

 天記神は言いにくそうだったがはっきりとライに向かって言葉を発した。ライは一緒に助けてくれないのかと思ったがセイはもう犯罪者だ。ある意味どうしようもない。

 天記神は色々制約を抱えてこの図書館にいる高天原東の軍に属する神である。その軍の長、東のワイズと呼ばれる思兼神に図書館外に出る事を禁じられていた。

 「ただ、私はワイズにこの事を報告していない。導きの神である天狗……天ちゃんに口止めされているから。……私はあなたにできるだけ協力するつもり。ここから出られないけどね。」

 「……は、はい。お願いします。私、ちょっとお姉ちゃんの所に行ってきます……。」

 天記神の言葉に軽く頷いたライは現在、罪を犯して捕まっている姉に頼る事にした。

 「お姉さんって……語括神マイちゃんの事かしら?彼女は東で捕まっているのでしょう?」

 「面会者という感じで会えないか聞いてみます。私も一応、高天原東に属する神ですから。」

 ライは懐にセイの笛をしまうとドアの方向へと歩いて行った。

 「あっ、高天原に行くのはいいけどちゃんとここへ帰って来なさいよ。」

 「はい。」

 心配そうな顔でライを見る天記神にライはなるべく明るく返事をした。

 この図書館は弐の世界にあるが人の精神や夢、妄想の世界の方の弐とは違い、異空間だ。この図書館は壱の世界である現世の図書館に繋がっている。逆に天記神の図書館に来たければ現世の図書館で神々しか入れぬという霊的空間がある部分を探し、そこに置いてある白い本を開けばこの弐の世界にある天記神の図書館に来ることができる。

 弐の世界で迷っても天記神の図書館に出てくる事ができたら現世である壱に間違いなく戻れる。ただし、魂は壱の世界には入れない。弐の世界で実体を持てていてもこの図書館の空間に入ると実態のない魂になってしまう。故に弐の世界の住人達が壱の世界、現世に入る事はできないのだ。

 ライは元々壱の世界の神。弐の世界の住人とは違い、現世に帰る事ができる。

 ライは天記神の図書館のドアを開けると盆栽が並んでいる道をただ歩いた。あたりは霧で覆われている。しばらく歩くと霧で前が完全に見えなくなった。一瞬、目の前が真っ白になったかと思ったらライは壱の世界、現世の図書館に立っていた。

 「……戻ってきたの?」

 ライはあたりを見回す。目の前には古い本棚が置かれており、その本棚には真っ白な本が一冊しか入っていなかった。ライの後ろは壁で行き止まりのようだ。ライは行き止まりとは反対の方向へ歩き出す。

 「!」

 ふと何か空間を抜けた気がした。世界が歪んだような錯覚を覚えた刹那、子供達の笑う声が聞こえた。

 よく見ると絵本コーナーと書いてあった。ライが今来た道は今も確かにあるのにこの図書館の利用者はその空間がまるで壁に見えているかのように目も向けない。

 ……現世の人にはあの空間が見えないんだね。神とそれに仕える霊的動物にしかあの空間は見えない。……。

 ライは絵本を読んでいる子供達の横をすり抜けながら図書館の外を目指した。

 ライがたどり着いた図書館はかなり大きな図書館だった。図書館を出て建物を見上げるとどこか都会の図書館らしい事がわかった。外は柔らかい風が吹いており、桜が舞っている。

 「あったかい……。もう桜の季節なのね。」

 ライは暖かい日差しの中、ひとりつぶやいた。

 ……さあ、高天原に行こう……。

 ライは満開の桜を眺めながら神々の使いである鶴を呼んだ。


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