ゆめみ時…1夜を生きるもの達20
……ここはどこ?
ライはあたりを見回した。黒板が見え、沢山の机と椅子が並んでいる。ここは学校内の教室のようだ。
……教室?
「……っ!?」
ライは自分の身体をみて驚いた。ライの身体は透けている。記憶を見ているものとして扱われているらしく、この記憶に干渉する事はできないようだ。本を読んでいるだけなのだから当然と言えば当然である。
夕陽が差し込む教室の中で一人、帰り支度をしているのはノノカだった。
「ノノカ!何やってんだよ。帰るよ。」
ノノカがのんびり教科書をバックに入れているとショウゴが顔を出した。
「ん?ああ、ショウゴ。ごめん。今行く。」
ノノカはニコリと笑って返事をするとさっさと荷物をまとめてショウゴの元へと急いだ。
ノノカとショウゴは並んで歩き始めた。ライも慌てて廊下に出る。
学校のチャイムが静かに鳴っていた。時刻は午後四時半。二人の制服が冬服だったので秋ごろから冬にかけての時期のようだ。
「タカトとは連絡とれてんの?」
「……とれてない。だって学校違うし、あの人、忙しいから。」
ショウゴの問いかけにノノカは廊下の床に目を落としながら答えた。
「それさ、付き合ってるって言わなくねぇ?」
「ねー、私の方がもう冷めそう。てゆーか、もう冷めてる。今、好きな人いるんだ。隣のクラスだけど歌が超うまい瀬戸内コウタって人。」
ノノカは嬉しいのか恥ずかしいのかよくわからない表情でショウゴを見た。
「ふーん。俺達、幼馴染だったけどタカトだけ遠くに行っちゃったみたいだよな。」
ショウゴはコウタに興味がなかったのかすぐに話を変えた。
「そうだね。あいつなんてもう知らない。連絡しても返って来ないしイライラするんだけど。『今忙しい、ごめんね』とかでもいいからなんか連絡よこせっての。もうイライラしすぎてどうにかなりそう。もう二十日も連絡来ないんだよ!いくらなんでも待てないって!忙しくてもそれくらいできるでしょ?」
ここ最近、ノノカはどこかいらついていた。ショウゴはタカトのせいだとわかっていたのでノノカのイライラを発散させてやろうと相談にのっていた。
「そりゃあ、酷いね。僕だったらそんな事しないけどな。」
「あんたなんてどうでもいいの。友達だし。」
「……。」
ノノカはいらついていたのかショウゴに投げやりな態度をとった。ショウゴはこの一言で少し傷ついた。だが特に反論する事なく、そんなものかと感じたのみだった。
二人は下校する時にいつも通る大通りにさしかかった。あたりは暗くなってきており、学生がちらほら歩いているのみだった。車は絶えずノノカとショウゴの横を通り過ぎて行く。
「なあ、ノノカ。」
「何?」
ショウゴの発言にノノカはそっけなく答えた。
「僕に乗り換えないか?僕ならノノカをイライラさせないようにするよ。僕なら……。」
ショウゴは微笑んでノノカに告白したが途中でノノカに遮られた。
「えー、無理。マジ無理。ていうか嫌。あ、それでさー、今日の音楽でねー……。」
「……むり……か。」
ショウゴは傷ついた表情でため息をつく。ノノカはおかまいなしに違う話をしはじめた。
ショウゴの頑張りもノノカにとってはただの会話だった。ノノカの自分に対する気持ちがよくわかり、ショウゴは落ち込んだ。
やがてノノカとショウゴはそれぞれの道へ分かれて行き、家へ帰って行った。
「ただいまー。」
ノノカは家に帰るとすぐ、自分の部屋を目指して歩いた。姉の部屋のドアは閉め切られていた。何か仕事をしているようだった。ノノカは隣にある自分の部屋に入るとバッグを乱暴に置き、制服姿のまま机に置いてあるパソコンを起動させた。
そのままネットに繋ぎ、動画投稿サイトを開く。
『新曲できました。音質は少し悪いかもしれません。』
と書いてある動画をクリックし、動画を再生する。
「……こんな事やってる暇あったら連絡しろよ。あのクソ男。」
ノノカは動画をみながら悪態をついた。動画は顔出ししておらず、ピアノを演奏している手までしか映っていない。しかし、ノノカはこの動画を投稿した人物がタカトである事を知っていた。
再生回数を見ると投稿したばかりだというのに四十五万再生を記録していた。
コメントも『素晴らしい。次も期待します。』などの日本語のコメントや、英語のコメントなど様々な国の言葉で幅広くコメントが書かれていた。
「そんなにいい?これ……。」
ノノカは軽くあしらったが心では聞き惚れていた。
……なんでこんな心を揺さぶるような曲ができるの……?
……最悪な男の癖に。
ノノカはそんな事を思いながら今度は自分で投稿した動画の再生回数を見る。
……はあ……
思わずため息が出た。再生回数、十。コメントなし。
ノノカもピアノで曲を弾き、動画投稿サイトにアップしていた。しかし、才能がないのか再生回数は底をいっている。
「最悪。……この最悪な気持ちを曲にしたら少しは気分上がるかな。音楽の神でも舞い降りてくればいいのに。」
ノノカは投げやりな気持ちでピアノを弾き始めた。狭い部屋にあるグランドピアノからはきれいな音が出る。ノノカは指を滑らせ、てきとうに曲を作り弾いた。
「あなたがノノカですか?」
すぐ後ろから女の子の声がした。ノノカはぎょっとしたがゆっくり振り向いた。
「誰?」
「私は音楽のひらめきを担当する神、音括神セイです。」
女の子は金髪のツインテールで橙色の着物を着ていた。
……セイちゃん!
ライは慌ててセイの側に寄るがセイに触れる事はできなかった。
「はあ?おと……何?あんた誰?」
ノノカは突然現れたセイに怯えているようだった。幽霊か何かかと思ったらしい。
「あなたの心に眠っている音楽を一緒に弾きましょう?」
セイは笑顔でノノカに話しかけた。
「……何?」
ノノカが困惑している中、セイは笛で演奏を始めた。ノノカは困惑していたがそのうち、ピアノが弾きたくてしょうがなくなった。気がつくとノノカは楽しそうにピアノの鍵盤を叩いていた。
……何これ……すっごい良い曲!
「これがあなたの中に眠っていた曲です。投げやりな気持ちではなく音楽にしっかり向き合えばあなたはこれほどの力を持っています。」
「凄い……夢みたい。」
ノノカはセイを興奮した表情で見つめた。セイは軽く微笑むと一言追加でつぶやいた。
「……タカトはあなたを想う曲をずっと作り続けています。溢れ出ているのはあなたへの想い。お手伝いは本当に楽しいです。曲作りに没頭してしまうのがたまにキズですが。」
「!」
セイの一言にノノカは驚いた。
「あんた、タカトにも同じことをやったの?」
「はい。心から引き出したのは一度だけですけど。」
「そ、そう……。」
「あ、また来てもいいですか?あなたの作った曲をもっと聞いてみたいんです。」
セイの無邪気な笑みにノノカも微笑んだ。
「……いいよ。」
ノノカの返答にセイは喜ぶと窓から外へと消えて行った。
……夢……じゃない。で、タカトにも同じことをした……と。
ノノカの中で何かの歯車が狂い始めた。
場面はセイを追う形となり、ライも窓から飛び降りていた。ノノカの家は一軒家なので窓から降りても問題はない。セイは月明かり照らす路地裏を楽しそうに歩いていた。
「セイ……これ以上、人と直接関わるでない。」
セイの前に一羽のカラスがいた。
「天様、大丈夫です。人に直接関わっていますがやっている事は業務です。」
セイは楽しそうにカラスに声を発した。天と呼ばれたカラスは深いため息をついた。
「人の心の奥底にあるモノを出すキッカケをあげるのがお前さんの仕事である。対象は心であって現世を生きる人間ではない。いい加減わかるのである。」
天は必死で説明をしていた。
「天様、あの子達は喜んでくれました。私達、人を喜ばせる神は喜んでくれているのを近くで見るのが一番の幸せです。これも業務に入れた方が良いと思います。」
セイはふふっと微笑むと天を通り過ぎ、暗い路地に消えて行った。
「……セイ……。」
天は消えてしまったセイに頭を抱えた。




